それは恋なんかじゃなくて ⑭
通勤時間帯の電車は混んでいた。夏休みで学生は休みとはいえ,
私たちの乗っている電車の私鉄沿線には人気の住宅地が広がっているせいかもしれない。みんな一様に疲れたようなほてった顔をしている。デスクワークをしている人も、そうでない人も毎日の暑さで少しずつ疲れがたまっているかのようだ。
長期の夏休みがない社会人生活を考えてみる。でもそれははるか未来のことのようで今の私には想像ができなかった。
空いている席はなく、私たち二人はドアにもたれて立っていた。私は小柄なシルクとギターをまわりの人から庇うような姿勢になる。
「しまったな、やはりもう少し早く乗るべきだった」
「何で遅くなったの?」
と私。
「塾で居残りさせられて、家でも親に説教くらった」
シルクは平然と言う。塾? 説教する親。見た目と違い普通なんだな、と思う。結構家を出てくるのに苦労したんだね。
「で、どこまで行くんだっけ?」
「OO駅。あそこの駅前はライブやりやすいから。駅前広場が綺麗で広くて、半地下のところが全天候型で」
私は駅名を聞いて唖然とした。OO駅はターミナル駅まで出て、また私鉄に乗り換えてゆうに1時間半はかかる。こんな若くて華奢な女のコが路上ライブやるというからにはどうせ近所の駅、とたかをくくっていたのだ。でもここで行かないとは言えない。
「学校にバレたらマズイから遠くまで行くとか?」
「いや、ただ駅前の広場がいい感じで。学校はどうかなぁ。校則にはライブ禁止なんて書いていないけどね。バレたら何か言われるかなぁ。そのときはそのときだ」
シルクは男のコが話すような話し方をする。その話し方が中性的な外見とよく似合っていると思った。
さらに私を惹き付けたのはその小さな体から発せられるエネルギーだ。どんどん未来を切り開いていけそうな強い生きる力みたいな。横にいると、どうもすみませんて萎縮してしまうけど惹き付けられないではいられない魅力があった。
初対面のシルクに路上ライブに誘われてついてきたのも、相手が女子高生で、しかも俊と同じ私立高校に通うコというのもあったけど、そんなシルクが発する魅力のせいでもあった。声量もある。歌うとどんな感じなのだろう。すごく興味があった。
電車の中よりさらに混雑が激しいターミナル駅の構内を抜け、私鉄に乗り換えた。始発ということもあり今度は席に座ることができた。やれやれゆっくり話せるぞ。
と思いきや、シルクはお互いのことをもっと知ろうなんて気持ちはないらしく、自分たちが映る正面の窓をじっと見つめている。力のある大きな目。
私としては黙ったまま座っているのは気まずいので質問してみる。一番に気になっている純也のことを聞いた
「ところで純也とはどういう知り合い?」
「小4で同じクラスだった。ライブやっているところ1回見つかった。その駅の近くでサッカーの試合があったらしい」
シルクの答えは簡潔だ。
「純也はどんな小学生だった?今はアイドル並みに人気があるけど」
「そうらしいねー。風の便りに、っていうか知り合いが言ってた。小学校の頃は人気とかぜんぜんだったよ。ふとっちょだったし。でも人への当たりはよかったかな」
「今も誰にでも優しいよ。普通人は自分があまり好きじゃない人には自分に好意をもって欲しくないじゃない。でも彼は違うんだよね、誰でもwelcome」
「そういう人いるよね」
「いるんだよ、そこが問題なんだ」
シルクは不思議そうな顔をする。
「小学生の純也をどう思った? 同じクラスだったらあなたにも優しかったかな?」
私は突っ込んで聞いてみる。
「全然覚えてないよ。もし何かあったとしても小4の純也と今の彼は別の人間で私もそうだと思う」
そんなもんかな。そうだよね、私も小4の私なんてどんなだったかほとんど覚えてないし、その頃あったことだって小4のときだったか小3のときだったか区別するのは難しい。
私はここで自分の悩みを相談したらどうなるだろうか?と考えてみた。
純也をとても好きなんだが、学校のアイドル的な彼に告白してつき合うなんてとても考えられないこと、でも多くの時間を純也を思うことに費やしてしまう自分を持て余していること、もしかしたら純也と野口は相思相愛かもしれないと気になって仕方がないことなどを。
でもシルクの言うことは容易に想像できた。私が「どうすればいいだろう?」って聞いても
「わからん」
そう言うに決まっている。
わかっているけど言ったら少しは楽になれそうだった。急な誘いに乗ったんだから、愚痴みたいにさ、言ってもいいんじゃないかって思ったけどやめた。クールで意志の強そうなシルクに(正直私のあこがれのタイプ)に、そんな恋愛能真っただ中の私を知られたくなかったんである。
それで私は別の質問をした。
「シルクって、将来歌手になったときの芸名か何か?」
「本名だよ。佐藤シルク。小学校2年生のときにさ、家族でタイに旅行したんだ。バンコクの街全体が子供の目にもすごくエネルギーの固まりに思えて好きになってさ、タイシルクを作った人の家が残されているんだけど、そこの売店で売られていたキラキラしたブルーのシルクのスカーフがすごく素敵で、子供には贅沢って言われたけど、ねだって買ってもらった。タイの魅力とシルクの美しさにメロメロになった。で、親に手続きしてもらって戸籍の名前も変えた」
はい?
シルクは本名だということと、戸籍上の名前は変えられることに私はWで驚いた。もちろんだけど、世の中、私の知らないことがまだまだあるらしい。
「ご両親もすぐにOKしたの?」
「そうね。母親はすぐに、素敵ね、いいんじゃないって言ってくれた。父親は私のやりたいことは何でもOKだったしね」
「それにしても小2でよく戸籍の名前が変えてもいいこと知っていたね」
「叔母さんが占い師で、娘に幸せになるように、って名前を途中で変えたからね。ゆきちゃんだったのがゆきえちゃんに変えてた。一文字違うだけで幸せになれるのかな?って話よ」
戸籍の名前を変えることをすぐ承諾する両親に占い師の叔母。私の両親とは人種が違うような気がする。でもうらやましい。
で、最後の質問。
「どうして初対面の私をライブに誘ってくれたの?」
正直、往復の時間が長いから道連れが欲しかった、ぐらいかなと思っていたんだ。
でもシルクはきっぱりと言った。
「タイプだったから」




