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それは恋なんかじゃなくて ⑬

 純也の家からの帰り道、私は自分が情けなくなった。

 今の自分は相当カッコ悪い。

 野口と電話で嬉しそうに話す純也を見ては落ち込むし、花火大会の誘われ方がもう一押し足りないからって「行けないかも」なんてごねるし。おまけに人のキッチンにスイカを冷やしたまま出てきてしまうし。


「急な用事を思い出した」なんて言い訳したけど、純也は変に思ったかな。人に「面倒なやつ」と思われないこと。これが私のポリシーだったはず。

 これが恋愛能というやつか?男のことばかり考えて、ささいなことで一喜一憂するし、自分のいじわるで嫌なとこもいっぱい見えてくる。


 人を好きになっているときは毎日が楽しくて、嫌なことも忘れていられる。私の場合は家族関係の不遇とか? でもいいことばかりじゃない。 こんなバカみたいな行動もとってしまう。


 そんなことを思いながら私はどんどん歩いた。タクシーも電車もバスも使わずに家まで歩いてやろうと決めていた。かなりの距離だったが歩きたい気分だった。


 歩き始めたのは太陽が金色の光を残しながら遠くのビルの陰に隠れようとしている時間で、雲もだんだんと茜色を帯びてくる頃だった。日中は高かった気温もだいぶ下がりしのぎやすくなっていた。地図アプリを見ると、家までの到着時間が1時間半となっている。散歩の最長時間更新かも。

 景色と共に空の色も急速に変わっていく。


 大通りにかかる歩道橋を渡り、くねくねした住宅街の路地を抜け、川沿いの遊歩道を歩き、またトラックや乗用車の交通量が激しい道に出た。まわりの様子も普段生活している住宅街の風景とは雰囲気が違っていた。


 戸建ての住宅はほとんどなく、工場や倉庫、高層マンションが立ち並んでいる地域に出た。どこもかしこも整備され未来都市って感じ。

 駅もバス停も遠くにあるためか人影もない。見慣れたコンビニの緑と白の看板のネオンがいくらかほっとした気持ちがさせてくれるが、さすがに心細い気持ちになる。


 今歩いているのは石畳も真新しい幅の広い道の歩道だ。大きな交差点に差しかかる。

「デンジャラス!」

 心の中で叫んだ。二車線同士が交差するその交差点は、両方の道がゆるくカーブしてぶつかっており、しかも一方の道は上り坂になってまた下り坂になっていた。そして今はトワイライトゾーン。交通量は激しく他に横断歩道を渡る人はいない。いかにも事故が起こりそうな場所と時間帯だった。普段あまり人が渡らない交差点なのか、右折車も結構なスピードで曲がってくる。


「事故らないよね。この場所で交通事故とか聞いたことないし」

 と自分に言い聞かせて渡ろうとするが怖かった。


 信号が赤から青に変わり、3秒ぐらい経ったときだった。後ろからギュッと腕を掴まれた。その人影は「行こ」と言って駆け出す。私もつられて走る。

 私の腕を掴んで前を走るのは身長が私の肩ぐらいで髪の長い華奢な女の子だった。肩にギターケースを担いでいる。

 なんて細い指なんだ、ついさっきまで命の危険を感じた横断歩道の上で私はそんなことを思った。


 道路の向こう側に渡ってからやっとそのコは振り向いた。そして

「やったね、無事到着」

 と彼女はニコッと笑った。街灯や車のライトで女のコの顔ははっきり見える。一重で大きな目が印象的だ。人によっては美人という人もいるだろう。しかし、小柄で伸ばしっぱなしの髪や洗いざらした白のTシャツにジーンズ短パンといった服装のせいかどこか中性的な生物を連想させた。年齢は私より少し下といったところか。


「あっ、ありがとう。一人で横断歩道を渡るのが怖いと思っていたから助かった」

「そうだと思った。すぐに渡らないから。ここの横断歩道変だよね。渡る人の事考えていないというかさ」

「めっちゃ、怖いよね。この時間だし」

「みんな、もう少し先の地下道を行くかな。でも私は急いでいたんで」

「そうなの?急いでいるところをゴメンネ」

「いいのよ、誰に迷惑をかけるわけでもないし。ただ家を出るのが遅くなっただけで」

 二人の手と腕はまだ繋がったままだった。ふりほどくにも悪い気がして私はそのままにしていた。

 華奢な手だなぁ、と私は再び思った。


 女のコはグイッと手を引いて

「私はシルク。ねぇ、これから路上ライブやるんだけど一緒に来ない?」

 と言った。

「私、歌なんか歌えないよ」

 驚いてそう答える私。

 シルクは笑いながら

「まさか歌を歌ってくれなんて言わないよ、ただ聞いてくれるだけでいいんだ」

「それならいいよ」

 私はOKする。このまま家に帰っても変な落ち込みは続くと思ったし、それにこの人懐っこくて小動物のような女のコの歌を聞いてみたいと思った。

「本当!?嬉しい」


 私たちは駅まで15分の距離を並んで歩く。

「私はS学院の高2。あなたは?」

 私と同じ学年であることに意外な気がした。それに従弟も通っているS学院は偏差値が私たちの高校と同じくらいだけど、親の所得と意気込みがかなり上の上品な学校だった。こちらも意外。


「私はM高2年で篠田亜紀」

「ああ、島純也と同じ学校ね」

「知っているの?」

 私は驚く。こんなところで彼の知り合いに会うなんて複雑な気分だった。

「小学校のとき同じクラスで、中学では一緒にならなかったけど。彼、有名人だからねー」

 純也の中学のときの事件を言っているのかと思ったけど、知り合ったばかりで聞く気にはなれない。

「純也も野口もカッコよくなったよね。一度ライブしてるの見つかった」

 呼び捨て? 彼らとどういう関係なんだろう。

 純也と野口の?マークを忘れたくて、一緒に路上ライブに行くのをOKしたのに、また新たに?マークが見つかってしまった。


「実は彼らと同じクラスでよく話すんだけど、彼らってちょっと謎じゃない?」

 私は遠回しに尋ねる。私の一番知りたいことを言ってくれるかくれないか?どうせなら言って欲しい真実を。しかしシルクは

「そうかなぁ」

 と答えただけだった。

 見かけによらずこのコは口が堅いのか?それとも本当に知らないのか?


 私は増えてしまった?を抱えたままシルクと一緒に駅に向かって歩いて言った。二人の手と腕はもう繋がれていなかったけど、シルクは私のすぐ横を歩くものだからときどきぶつかった。

 でもやっぱり私は「近い」とは言えなかった。

 

 



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