それは恋なんかじゃなくて ①
学校一のイケメン、島純也と同じクラスになった私、篠田亜紀。一筋縄ではいかない恋のトライアングルが始まっていく?
高2になってクラス替えがあり、島純也と一緒のクラスになった。
彼は有名人だ。何でも学校一のイケメンでファンクラブがあるとかないとか。
同じ学年だし、何度か彼を見かけたことはあったけど、どうしてみんながそれほど騒ぐのか私には理解できなかった。
確かにスラリと背は高く、はっきりとした二重瞼の目は大きく、肌はそこいらの女子よりも綺麗かもしれない。
「笑顔がたまらないんだよね」
と友達の由利がサッカーの合間にグラウンドのベンチに腰を下ろしている純也を見て、ハートの目をしながらそう言ったときだって
よく顔の筋肉が動くヤツだな、そう思っただけだった。
でもクラス分けの用紙が貼り出されて純也の名前を見たときは正直嬉しかった。
誰だってそう思うだろう。学校のアイドル的な男子が同じクラスになるなんて。
自分の手には入らないけど宝石が傍にあるようなそんな感じ?
横で一緒にクラス分けの用紙を見ていた由利は私とは大違いで、「もう死んでもいい」なんて今にも失神しそうだった。
あちこちで歓声があがる。新しいクラスには由利のようなコがたくさんいるのだろう。
やれやれ。クラスがしばらく落ち着かなさそうで、それが面倒だと思った。
最初の席決めでなんと純也が隣の席になった。
私は篠田亜紀だから「あいうえお順で男女二人ずつのペアね」という意味がわからない担任の方針でそうなった。
純也の隣になることを願っていたクラスのほとんどの女子からの矢のような視線が痛かった。
ああ、メンドクサイ。
でも純也が先に「隣だね、よろしく」と挨拶してくれたことで私の気分がすぐにもちなおした。そしてその笑顔にちょっとドキッとした。
私も
「こっちこそよろしく」
と返す。
気さくではあるよね。
島純也が一緒のクラスになったことで最初は浮足立っていたクラスもすぐに落ち着いた。
彼は別に謎めいたスターなわけじゃなく、どこにでもいる普通の高校生だとわかったからだ。
教師から指名された問題が解けないこともあるし、日直でゴミを捨てに行くし、昼食にはお母さん手作りの弁当を食べる。
私たちも何ら変わるところがない。
そして純也は気配りが効いて優しく、誰とでもよくしゃべるヤツだった。
だからすぐにクラスメートの純也を見る目はアイドルを見る目からクラスメートの一人として見る目に変わっていった。
何かで純也に話しかけなければならないとき、ちょっと緊張して顔が赤らんでいた女子も全くそんなことはなくなって軽口をたたくようなった。
そんな風にクラスはすぐに落ち着いたが、クラスの外ではそうではなく、廊下の窓から純也の顔を見にくる女子生徒が後をたたない。
ある時、
「何?」
純也が隣の席で不思議そうに私にそう聞いた。
気がつくと私は純也の顔をじっと眺めていた。
まさか、正直に、あんたの魅力がわからなくて、つい顔を見てしまう、なんて言えないから、
「あっ、ごめん。喉乾いたから牛乳買ってきてくれないかな、なんて無理だよね」
とごまかす。
「いいよ」
別にそんな義理はないのに、純也は自動販売機から牛乳を買ってきてくれるのだった。
彼は学年一人気があるとか、そんなことはぜんぜん気にしてないようだった。
「篠田さーん」
中間試験も近づいたある日、大きな声で後ろから呼ぶ声がした。
振り返ると純也が大きく手を振っていた。
強さを増してきた6月の日差しを背中に受けてちょっとまぶしく見えた。
「何? 光をしょって」
「えっ?」
純也は意味がわからないという顔をしたけど、すぐに
「今日は一人? 一緒に帰ろうよ」と言いながら横に並んで歩き出した
「今日、サッカーは?」
「テスト前で休み。あれ、今日は矢口さんは?」
矢口由利が私の友達と知ってもらっているのが何だか嬉しかった。
「クラブの用事でちょっとね」
もし由利が一緒に帰ってい たら純也とたくさんしゃべれたのにツイていないコだなと思った。クラスのみんなが純也に対する熱というか興味はだいぶ薄れたというのに由利はまだまだで、同じ手芸部で刺繍をする手を休めて毎日のように
「今日の純也君どお?」
なんて聞いてくる。
その都度、
「いたって普通」
と答える。
由利は不満そうな顔を見せるが仕方がない。
隣の席だからって、プライベートな話しなんてしないんだから。
「今日は雨だいじょうかな」とか「5時間目の物理なんて最悪だね」なんていうどうでもいい話題だけだ。
本当は「どうしてそんなにモテるの?」と聞きたいところだけど、本人だってわからないに違いない。
マジマジ顔を眺めるのも悪いと思って最近は止めにしている。
ほんと軽い”お隣りさん”て感じ。
そんな純也との関係?を何となく思っていると急に純也は
「隣の席なのにあまりしゃべれないよね」
と言ってきた。
ドキ!
純也は私ともっと話したいってこと? それとも単に現状を言ったまで?
そんな思いが頭の中を駆け巡るが
「そーだね」
と言うのが精いっぱいだった。
「篠田さんて他の女子と何か違うというか浮足立ってないというか」
やっぱり純也をクラス内では言わないようなことを言ってくる。
「そーかな」
とごまかす私。多かれ少なかれ女子であれば純也に好意の目を向けるのに、ごめん、私はあなたのことはあまりタイプじゃないかも、という本心を見透かされたようでどぎまぎしたけど、すぐに人が好きになるタイプはいろいろなんだかいいじゃん、みたいな気持ちになる。
もちろん純也のことは嫌いではなくて、むしろいいヤツだと思っている。
好意とかタイプとかいう気持、つまり好きプラスαの気持ちがないだけだ。
「背、高いんだね」
私も身長は165センチと女子にしては高い方だけど、純也の肩までもなかった。
「うん、あと少しで180センチに届くかな。なんとまだ伸びてる。父さんに感謝かな」
「お父さんも背、高いんだ」
「いや、父さんは160ぐらいしかない。父さんは学生時代も大人になってからもずっと背は低くて、それがコンプレックスだったんだって。子供には絶対そんな思いはさせたくないと思って、奥さんにする人の第一条件が背の高い人だったらしい。で、うまいこと175センチの母さんと結婚して、僕が生まれたんだけど、父さんの願いが叶うかのように中学からどんどん背が伸び出したっていうわけ」
へぇーそんな男性がいるんだな。自分が160センチの身長だったら150センチくらいの女性を奥さんにしたいと思うのが普通なのに、と私は感心した。
「うまいことお母さんの方を受け継いでよかったねぇ」
「ほんとだよね」
そう言って純也は優しく笑った。
きっとちょっと変わっているけど大らかなお父さんなんだ。そして自分よりも10センチ以上も背の低い男性と結婚するお母さんも大らかな人なのだと思った。
私は同じ会社の役員をしていていつも忙しくしている自分の両親を思った。
同じ家に住んでいるのに不思議と顔がよく思い出せない。
ときどき純也の顔を見る女子生徒がいた。
そして、キャッと恥ずかしそうな声を上げて隣を歩く友達と何やらささやく。
進学率のよく、付近では行儀のよい高校として通っているのに、生徒が1000人近くもいればミーハーなコ達がいるのも不思議ではない。
「そうだねー。めんどうな事がいろいろ増えて嫌になるけど、僕は関係ない、勝手にやるさ、って思うようにしている」
「そういや島君ぜんぜんかっこつけないよね。私に牛乳まで買ってくれてさ」
「あのときの牛乳うまかったよね。テトラパックって高校の自動販売機で初めて見た」
「私も」
冷えたテトラパックのコーヒー牛乳は私の人生で一番おいしかったコーヒー牛乳だった。
「芸能界とかは興味ないの?島くんだったら人気出そう」
「ないけどさ、一度ね」
そこまで言って純也は楽しいことでも思い出したかのように笑った。
「中二のときにね、原宿駅で友達と待ち合わせしていたら、芸能事務所の人が声かけてきたの。大学生くらいの男のコで、バイトだったのかもしれないけど、ぜんぜん興味ないから名刺も要りませんて言って逃げ出したんだけど、30分ぐらい追いかけられた。明治通りから竹下通りを一気に走って。こっちは途中からおかしくなって。すごい根性のあるバイトだったなぁ」
やれやれ、イケメンも大変だ。
私は並みの容姿でよかった。
「なんか大変な人生だねぇ」
私は心底気の毒に思って言った。
「いや、小6まではぽっちゃりして背も高くなかったから、まわりの目もぜんぜん普通で。中学になって痩せて背も伸びたら様子が変わった。一緒に写真撮ってくさだいって知らない人に声かけられるし、それを断るのもストレスだし」
イケメンが愚痴るのはなんか可愛い。
「何かあったら言ってよ。お姉さんが助けに行くからさ。誘拐されそうになったときとかさ」
「はぁ? 僕ら何歳だと思ってんの? 確か篠崎さん5月生まれだよね。僕は4月。何が姉さんだよ」
確かに私の誕生日は5月5日のこどもの日だ。でもどうして純也は知っているのだろう。ああ、そうかGWの前に由利が私の席に来て誕生日プレセントを渡してくれたのだ。
純也が覚えてくれていたのが少し嬉しかった。
「誕生日のプレゼントはまだ受付可能だよ」
私は冗談で言ってみる。
「そう? 何がいい?」
本気にしてそう聞いてくる純也にちょっと驚く。そして
「やっぱ来年の誕生日前がいいかな」
と訂正した。
友達ともいえない関係の純也から誕生日プレゼントをもらうなんて気が重い。
そして、来年になったらこんな約束をしたことなんて忘れているに違いないと思った。
校門から続くダラダラ坂を下り、住宅街を抜け、商店街にさしかかると私たちが別れる交差点だ。
「島君と一緒に帰ったなんて全校の女子から恨まれるかなぁ。ちょっと怖いんだけど」
私は思ってもいないことを言った。
何かあったら私が純也を守るとさっき言ったのは結構本気だったのだ。
「何もないって。ドラマじゃないんだから」
もちろん純也も何も心配はしていなかった。
そして私たちは「また明日ね」と笑顔を別れた。
でも翌日、私がそのとき冗談で言ったことが現実になろうとはそのときは思いもしないでいた。
ーーーつづくーーー




