ゴーレム頌(夜歩く)
〈お點前や茶席に氷菓子の出る 涙次〉
【ⅰ】
永田はうんざりしてゐた。何なんだこの駄文の山積は。誰と誰がくつ付いたゞの、別れたゞの。勝手にしやがれ。今の彼の氣分を、そんなに如實に云ひ表せる言葉はない。『カンテラ』に賭ける彼の氣持ちは萎み、死に行かうとしてゐた。
金尾のゴーレムは、前シリーズ第101話以來、活躍してゐない? 俺そんなに記憶力良くないよ。それから何話書いたと思つてるの? 兎に角、ゴーレムは忘れ去られやうとしてゐる。大事なキャラなのに。俺の書いて來たキャラクターを無駄死にさせる? 嫌だね。彼が天國に行くか地獄に墜ちるかは知らないけれども。許婚者である遷姫には惡いが、物語を牛耳つてゐるのは、作者である俺以外に、ない。
【ⅱ】
金尾が、* 結城輪に惚れられる、つてのはだうだらう。またキャラ同士結び付けて、1話でつち上げるのか。とほゝ。
で、結城輪のヤマハ トリシティ125の後ろに、金尾が乘つかつてゐる。場面は夕暮れ迫る町だ。早く手を打たないと、金尾は泥と化す。そしてゴーレム... 二段變身だ。輪は紳士、ビジネスマンである金尾が、「趣味」かね? 實は魔物なんだから、「假想お兄さん」である杵塚より、危険なお相手だぞ。
さうかう云つてゐる内に、夜の帷は下りてしまふ。キスするんだ、輪。氣持ちを傳へろ。もう宿舎に帰る時刻だ。でも... ぢやね、金尾さん。來週までお別れ。案外賢明な判断を、輪はする。金尾がノンケであるかだうかなんて、関係ない話だ。ほんのお遊び、手慰み。或ひは作者の氣紛れ。
* 前シリーズ第191話參照。
【ⅲ】
ゴーレムと化した金尾。俺の頭、諸惡の根源にパンチを喰らはせてくれ。最早自暴自棄な作者から見たあんた、あんたは着實に、虛實の合はいを行く。輪の事はほんの冗談なんだ... 赦して慾しい。兎に角暴虐の限りを盡くさうとする作者に鉄槌を。あんたが土くれに戻る前に。
あんたは誠實な魔物だ。傍観者nullにも鰐革男にも「虐殺の天使」サン=ジュストにも決して使ひ熟せなかつたあんたを、永田は愛して已まぬ。あんたは今やカンテラ事務所には無くてはならない存在なのだ。あんた以外に誰が金庫を開ける? 給料の計算は? いやいや、俺が描きたいのは、金尾より寧ろゴーレムだらう。夜、街をのし歩く砂の巨人。
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〈洒落たればグリーンティーにソーダ水甘みなき分潤ほへるかな 平手みき〉
【ⅳ】
東歐ユダヤの傳承。民衆の願ひ。‐今、ユダヤ人の國イスラエルは、かつてない程の難しい岐路に立つてゐる。世界のケーサツカンの手下に成り下がらうとしてゐる。ロスチャイルド家の当主たちにも、讀めなかつた事だらう。金尾の手製「弁当」、ベーグル・サンド。そしてノーベル文學賞を獲つた唯一の歌手である、ボビー・ディランこと、ロバート・ジマーマン。ラビの長髭に誓つて云ふが、アメリカ人が祈りを捧げるのは、法廷で宣誓するのは、新約聖書なんだぞ。マホメット教徒の零細民たちを恐れ慄かせるのは、ミサイル攻撃であつて、ゴーレムの鉄腕ではない。
行くのだ巨人よ。不安の時代、現代を突き拔けて。飽くまで黙示録ふうである偽善を廢し、眞の預言を生きなくてはならないのだよ、あんたは。
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〈汗掻いて一入思ふ火の精よ 涙次〉
【ⅴ】
ケンタよりセヴン‐イレヴンより下に、あんたの煉獄はある。いゝ氣分なんてまやかしだ。それがあんた流の「非・ニッチ」=特定出來ぬ日常(本当は「ニッチ」と云ふ言葉が上手く使へない。駄目な物書きだ)。恍けたつて無駄なのさ。神の榮光あれ、我が民の下僕、ゴーレムよ。タランチュラを食ふ大蜥蜴のやうに。
【ⅵ】
つてところ迄夢見、私の目は醒めた。汗びつしよりだ。なーんだ夢オチか。私・永田の懼れるものが、拝跪するものが、一杯詰まつた『カンテラ』物語。ゴーレムに替はりに語つて貰つた、と云ふ譯だ。【魔】とは何ぞや、即ち‐
夢見させるものだ。ゴーレムも夢を見る? 夜歩く者も。
變てこなエピソオドこそ愛しい。これが私の夢の構造。埼玉のアルチュール・ランボオより。お仕舞ひ。