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第6話 第五ブロック

車両から降り、初めに気になったのは匂いだった。

私たちが住む場所にはない、生活の匂い。

廃墟同然のコンクリートの建物が密集したスラム街に生きるナチュラルな人々が生活する様は他ブロックにはない光景だった。

日用品や食材を売る露天商、道を走る古いガソリン車のガスの匂いなど、ただの嗅覚センサーを通った情報なのに、何故か郷愁に駆られてしまう。


しかし、歩みを進め住人の目の前を通るたび、彼らの笑顔は消えていく。

治安省の連中が何用だ、人間もどきが、などバラエティに富んだ罵詈雑言の数々。

テロ組織と関係のない一般人にすら恨まれているなんて思いもしなかった。


『だから言ったじゃねぇか。光学迷彩でも着けて、さっさと奴らの本拠地に行けばよかったのに』


隣を歩くゲンが無声秘匿通信技術、Lync-Syncを通して話しかけてくる。


『私たちは正当な理由で調査に来たのだから、堂々としていればいいのよ。それに、対話でなければ得られない情報もあるでしょうし』


『暴力で主義主張を訴える連中だぜ、まともな対応は奴らをつけ上がらせるだけだ。何が起きても知らないぜ』


『それならそれで、こちらに正義がある状態で実力行使できるじゃない』


『それが通用しないから困っているんだがなぁ』


昔と変わらずまどろっこしいことを嫌う彼らしい発言だ。

こうして治安省の腕章を着けていれば少しは抑止力になるだろうと考えていたが、ここは既に私が知る場所ではなくなっていたようだ。


『最近の報告書は読んだんだろ?』


『どれもレッドセクターとの諍いしか載っていなかったわ。まともな資料は国が第五ブロックを見捨てる前のものしかなかった』


『まぁ、わざわざ見捨てた場所を金かけて調査することもないしな。それか、知られたくない事実でもあるのか』


やはり、現場を離れると平和ボケして重要なことを見落としてしまうようだ。

ここまで筋の通らないことが連続していれば明らかに異常事態であると理解できるはずなのに。


『それにしても、人が多いわね』


『……噂話だがよ、こいつら、新しい国をつくるつもりでいるらしいぜ。産めよ増せよ、ナチュラルな人間だけで生きていくと。そして、人間もどき共に反旗を翻すってな』


『そこまでわかっていながら、どうして何もしないの?』


『言ったろ、上が動かねぇって。ま、これからは自由の身、ようやくうるさい奴らを黙らせられるってもんだ』


私はそう簡単に割り切れない。

彼らは過去に生き、過去に戻ろうとしている憐れな人間だ。

この世界には、彼らが生きるに値する未来がないのだ。


『……どうして、過去に囚われ新たな未来を探そうとしないのかしら』


『そりゃ簡単だ。誰だって、被害者でいたほうが楽だからな。ガキみたいに叫んで暴れて、世界が自分のために動いてくれりゃあ満足。何かを生み出す能力もなければ努力もできない、そんな生き物が欺瞞に浸るには、それしかねぇんだ』


私はゲンのこういった部分が嫌いだ。


『だから、こいつらをわからせるには力しかない。あの時のお前は、理解していたはずだがな』


『その先にあるのは同じ明日よ』


『それでいいじゃねぇか。仕事を終えて酒を飲んで寝る、そんな明日が続けば満足だ』


ああ、こんな話をしている場合ではない。

そろそろ、目的地へ向かうために人通りが少ない道を通らなければならない。


『センパイ!目的地までの道、右手の路地の先に怪しげな熱源反応があります!通信傍受したところ、センパイたちが狙いみたいです!』


丁度いタイミングで瑠璃の声が届く。

彼女らが乗車する車両に積まれた多域反応探査システムによる索敵の結果だ。


『了解。相手の装備はわかる?』


『え〜っと』


『旧型量産拳銃、タイプ-89b。簡易通信端末、Talkie-Vox。他、スクラップから作られた近接武器、簡易装甲。脅威となるものはありません』


『あっ、私が言おうと思っていたのに!』


仲が良いようで何よりだ。


『朝霧、腕は鈍ってないだろうな』


『当然。私を誰だと思っているの』



表の通りと打って変わり静まり返る廃ビルに挟まれた薄暗い路地。

ここを抜けた先に目的地の葦原病院がある。

しかし、耳を澄ますと不自然な金属が擦れる音が聞こえる。


『前方に二人、後方に二人、囲まれています!』


瑠璃の声に辺りを見渡すも、そこら中に転がる廃棄物により肉眼では目視できない。

しかし、そう警戒する必要もないだろう。


『ただのゴロツキだな』


『ええ。レッドセクターの連中なら治安省の人間を襲おうだなんて馬鹿なことは考えないでしょうね』


おそらく、人間もどきの私たちに対する私怨か鬱憤により動いているのだろう。


『で、どうする』


一般人相手に銃を抜く訳にはいかない。


『武器を使わずに片を付けましょう』


『了解。んじゃ、俺は後ろの奴らを懲らしめようか』


早速、二手に分かれ進み相手の出方を窺う。

そして。

唐突に訳のわからないことを叫びながら私の目の前に現れる男二人。

対話をする間もなく彼らは銃を発砲するが、私は怯むことなく彼らの視線、銃口から身を躱し接近する。

慌てた彼らはすぐに接近戦のため鉄パイプを手に振りかぶるも、その隙に一人目の男の顎に掌底を叩き込み、そのままの勢いでもう一人の顔面に蹴りを入れる。


あっけなく、二人の男は地に伏し動かなくなる。

義体である身で体がまともに動くかなんて心配する必要はないのだが、これで一抹の不安を拭うことができた。


『おっ、やっちまったか』


『気絶させただけよ』


涼しい顔をして現れるゲンと再び目的地へと向かう。

ここからが本番だ。

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