第5話 出発
翌日、五課のデスクに着きレッドセクターを視察する前に情報を整理する。
レッドセクター、第五ブロックに根を張るテロ組織。
国から見捨てられたその場所は、今では貧困層が住み着く場所となっており、住人らは度々問題を起こしている。
「でも、今までは暴力や窃盗など、アナログな犯罪ばかりだったのに、どうして急にハッキングなんて始めたのかしら」
空きデスクに座るゲンに話しかける。
彼は実働部隊として何度も第五ブロックに訪れている。
「おいおい、あいつらを舐めちゃいけないぜ。あそこは人間の業の坩堝だ。今や科学の発展から除かれた非合法なものから非倫理的なものまで流れ着いている」
「どうして、そんな危険なものを放置しているのかしら」
「そこが俺も謎なんだよ。ボヤ騒ぎを収めるだけで本格的な対処は何もしない。第五ブロックは国に見捨てられた場所だ、いざとなればミサイル数発で解決するが、それにしたって上層部の腰が重すぎる。局長の話を聞いて余計に怪しくなってきたぜ」
確かに、他ブロックに影響が及ぶまで私たちに情報すら入ってきていない。
レッドセクターだけでなく包括的に対応しなければならないようだ。
「で、ゲン、あのメッセージに聞き覚えがあるということだったわね」
「ああ。第五ブロックは原存主義者が多いだろ?特に、レッドセクターの連中は如何なる人体改造も受け付けていない」
原存主義とは記憶転写等の技術を否定し自然のままに生きることを主張している人々だ。
「で、俺らみたいな人間が仕事で訪れると親の仇のように睨まれながら、こう言われるんだ。痛みを思い出せと。お前たちは痛みを忘れたからこそ、人間の尊厳を捨て効率化のための奴隷になり記憶に縋る人形になったと」
「なるほど。元々は医療区だったから、その名残りかもね。長い歴史をかけて築き上げた医療をあっさりと切り捨てられたもの、反発するのも無理はないわ」
「時代に適応できなかった奴らの遠吠えさ。国に見捨てられ長い時間が経っているのに、いつまでしがみついているんだか。それにな、真に原存主義を訴えるの奴はそんなにいないんだ。大概、自分の人生が上手くいかないから、それを利用して鬱憤を晴らそうってパターンばかりだ」
「同情の余地はあるんじゃない?」
「対外アピールのための救済措置があるだろ。あんなでも、普通になれる道は残されてるんだが、奴らは秩序ある素敵な社会より無法が気に入っているんだ。好き勝手やりたいのさ。ま、これから嫌でもそいつらと関わることになるんだ、今にわかるさ」
情報を整理していると部屋の外から騒々しい音が近づいてくる。
「センパイ、持ってきましたよ!」
瑠璃が台車を引いて来る。
「ごめんなさいね、雑用ばかりで」
「大丈夫です!」
運ばれてきたのは黒い箱に入った装備一式。
これから始まる非日常の出来事に瑠璃も興奮しているようだ。
箱のパネル部分からパスワードを入力し指紋認証。
自動で蓋が開き、中から台座が展開される。
その上には様々な物がならんでいる。
TRACEの機能を備えD- Irisとリンク可能なゴーグル型の視覚型追跡端末、TRACE-V。
ナノセラミックス製の折りたたみ式ナイフ。
そして、拳銃が二丁。
「CALIBANは使わないのか?」
「当たり前でしょ。人殺しに行くんじゃないもの」
「それにしても、そんな豆鉄砲じゃ不安だぜ。武装集団に急襲されたらどうするんだ」
「これで十分よ」
治安省より標準支給される拳銃、LCP-V9。
非致死性制圧を目的に弾丸は9×18mm、マガジンはダブルカラムで装填数は三十発、予備マガジンを含め九十発。
継戦能力が高く、弾丸には生体神経に作用する微振動弾頭コーティングが施されており、義体・非義体の両方に効果を発揮する。
「もう一つは何ですか?」
瑠璃が目を輝かせながら質問をする。
「こっちは信号弾や粘着して発信機となる弾、閃光弾や煙幕弾、その他諸々、特殊な弾を使える銃よ」
名称はKARMA-6。
状況に応じて特殊弾を使い分けることができるリボルバーだ。
「へぇ〜。これでドンパチやるんですね。ところで、さっき言ってたカリバンって何です?」
「それは……」
「朝霧が処刑人と呼ばれてた頃に使ってた銃だな。その銃口を向けられた者は生きて帰れない。犯罪が錯綜する中で暗躍する処刑人朝霧とはコイツのことよ。今はこんなだが、昔はもう凄かったんだぜ」
「すご〜い!センパイにそんな過去があったんですね!そして前線を退いたけど再び事件に身を投じるなんて、ドラマだなぁ〜」
「その銃口をあなたたちに向けてもいいのよ」
勢いよく両手を上げる二人。
案外、この二人は相性がいいコンビになるかもしれない。
「そういえば、ゲンさんは武装しないんですか?」
「必要だと思うか?」
そう言いながら筋肉を強調したポーズをとるゲン。
「まさか」
「そう、この肉体が最高の武器ってわけよ」
「その分厚い体の中に色々と仕込んでるだけよ。さ、無駄話はそれくらいにして。そろそろ出発するわよ」
「あの〜」
突然、申し訳なさそうに瑠璃が声を上げる。
「私はどうすればいいですか?」
「あなたには当初の予定通り後方支援をしてもらうわ。心配しないで、優秀なサポートも一緒よ。もうそろそろ来る頃だと思うけど」
「お待たせしました」
噂をすれば入り口から現れるスーツ姿の女性。
銀髪に青白い瞳、褐色肌、昔見た姿のままだ。
「お久しぶりです、朝霧様」
「ええ、会えて嬉しいわ。瑠璃、あなたはこの子と一緒に指揮車両に乗って第五ブロックの外から支援してもらうわ」
「えっと、どちら様ですか?」
「人型アンドロイドRAI-07、私たちは彼女をレイナと呼んでいるわ。今回、オペレーターとして協力してもらえることになったの」
訝しげな顔をする瑠璃。
「人じゃないんですね。……何が出来るんです?」
「戦闘支援、通信探知、状況分析、命令伝達、ドローン管制、記録管理。とにかく、何でも出来るわ。あなたは見習いとして、彼女のサポートをしてちょうだい」
しかし、今度は不服そうな顔をする瑠璃。
「センパイと一緒じゃないと不安なんですけど」
「レイナは単純な体術だけなら私より上よ。彼女には瑠璃の身の安全を最優先事項にするよう命令しているから大丈夫」
「そうじゃなくて、私だって五課の職員なのに割れ物みたいな扱いじゃないですか。もっと役に立ちたいのに」
彼女がそう思っていることには気付いていた。
しかし、瑠璃はそれだけ特別なのだ。
玖堂局長が今回の仕事から瑠璃を外さなかったことも納得できていない。
「お嬢ちゃん、五課の職員だからこそ失敗は許されない。逆探されて脳を焼かれる心配のない体ってのは物凄い強みなんだ。重要な後方支援を任せるのは当然、だろ?」
「そ、そうですね。わがまま言ってすみませんでした。精一杯、支援を頑張ります」
「頼りにしてるわよ。それじゃあ、行きましょうか。あ、烏丸はどうする?」
部屋の隅で無口を貫いていた烏丸に声をかける。
「俺は別行動をする」
「そう、いつも通りね」
彼は優秀で単独行動させた方がいい結果を出すタイプだ、自身の裁量に任せて問題ないだろう。
「目的地は不正アクセスから割り出した場所、第五ブロック三区、旧葦原病院。ここにはレッドセクターが待ち構えていると思われる。気を引き締めて仕事にあたるように」
「了解」