第4話 再会
職場の五課に戻ると、これまた懐かしい面子が待ち構えていた。
「久しぶりだな」
「うわっ」
入り口付近で待ち構えていた二メートル近い身長で黒のタンクトップに迷彩のカーゴパンツを着た巨躯の男に瑠璃が驚く。
この男は、真柴玄馬。
中央治安省第二武装機動課所属で電脳ではないテロ犯罪など武力介入が必要な場合に対応する仕事を担っている。
彫りが深い髭面で機能性を無視した筋肉隆々の体をしており、義体の趣味が悪い。
「ゲン、あなたも来ていたのね」
「それだけじゃないぜ、ほら」
示された方に視線を向けると、玖堂局長の隣に黒髪で目元を布で隠したスーツ姿の小柄な男が立っている。
彼は確か、烏丸忍。
忍者に憧れ偽名を名乗り諜報部隊で活動していた幼稚な男だ。
「あら、あなた、治安省は離れたんじゃなかったの?」
「ふん、そこのジジイに呼ばれたんだよ」
ジジイとは玖堂局長のことだ。
義体は自分が若い時の姿に造形することが一般的だが、局長はわざわざ皺だらけに白髪、白髭を生やした年老いた姿にしている。
「おほん。皆を集めたのは他でもない、第四ブロックで起きている件だ。開発局から報告はあったが、是非とも、現場にいた朝霧の話を聞きたいと思ってな」
痺れを切らした局長が咳払いを一つ、報告を求められる。
やはり、あれには納得がいっていなかったのだろう。
「ええ、そうね。単刀直入に言うと、開発局の報告は間違いね」
その言葉で空気が一変、引き締まる。
「報告にあった、不正アクセスによるV領域への記憶コードの逆流は真っ赤な嘘。あそこの住人は皆、元々、R領域とV領域の記憶コードが整然と並んでエラーすら起こしていなかった。おそらく、被害者にとってオーバーレインした状態が日常だったはず」
それなら、皆の様子が虚だったことにも納得がいく。
「失踪した娘とやらも仮想だったという訳か?」
「そう。そして今回、新たに誰かがV領域に介入し特異コードを送信している。狙いは、記憶領域分離機能を起動させること。そうなれば、過去に記憶した仮想の人間や経験は残ったまま、目の前の現在からは消えて無くなる。そして、人々は狂ったように様々な事件を起こすようになった」
記憶領域分離機能は人工脳に備わったVRSDSを防ぐためのセーフティ機能だ。
V領域からR領域へと不正な干渉、があった場合、二つの領域は即遮断されロールバックが起こる。
「目的は?」
「わからない。ただ、一つだけ、奇怪なメッセージが残されていた。Recall the ache、痛みを思い出せ、と」
「そいつは、レッドセクターの連中の主張に似ているな」
レッドセクター。
第五ブロックのスラム化区域で活動する組織だったか。
「最近、奴らの行動が過激になっていて俺もよく駆り出されるんだが、捉えた奴らが口を揃えて、痛みを思い出せ、って言いやがるんだ」
それなら、不正アクセスした犯人はレッドセクターと考えるのは早計か。
「なるほど。しかし、それよりも朝霧の話が本当なら先に考えなければならぬことがある」
そう、局長の言う通り。
「最重要事項は人工脳が移植された時点で現実と仮想が混ざるように仕組んだ、誰かの介入があった、ということね。そして、そんな重罪を見逃していたなんてことはありえない。裏で手を引く人間がいる」
「そうだ。人工精神保護法に抵触する行為を揉み消せるほどの大物が。ここまで話せば、君らを集めた理由はわかるな?」
「おいおい、冗談キツイぜ。ベテラン揃いの一個小隊ぐらい用意してくれないと、あっという間にお陀仏だぜ」
「馬鹿者、そんな大所帯で動けるか。心配するな、この面子なら問題ない。それに、他にも協力者はいるんだ」
局長がそう言うなら問題ないだろう。
「それで、これからどうするの?」
「名目上は第四ブロックの捜査として、君らには第五電脳犯罪調査課として朝霧を筆頭に動いてもらう。今はまだ、本件の手がかりは少ない。とりあえずはレッドセクターへ赴き調査をしてもらうことになるだろう」
「やれやれ、いつもながら強引だ」
唐突な話だが、このスピード感こそ彼を出世に導いた要因だ。
こちらとしても、その方がやりやすい。
「でも、この子は、どうしようかしら」
「しばらくは後方支援をしてもらう」
「ちょっと待ってくださいよ。いきなりすぎて何が何だかわかりませんが、面白そうなことになりそうなのに後ろでじっとはしてられませんよ!私も前線で戦いますよ!」
今まで静かにしていた瑠璃が大声を出す。
日々のつまらない仕事ばかりで溜まった鬱憤が爆発したのだろう。
しかし、生身の彼女を前線に連れていくわけにはいかない。
「駄目よ。危険だもの」
「いやいやいや、私だって五課の一員なんですよ!」
駄々をこねる瑠璃を諭すように丁寧に言葉を発する。
「いい?私たちは体を失って電脳戦で脳を破壊されても、最悪、バックアップがある。でも、あなたは違う。脳にクラッキングされる恐れがなく後方支援に向いているの。派手さはないけど、それも立派な役目よ」
「で、でも」
「わかってちょうだい。あなたは物理的な攻撃で簡単に死んでしまう。それだけは避けないといけないの。それだけ、瑠璃のことが大切なの」
「え、えへへぇ。そ、そこまで言われちゃ諦めるしかないですね。不肖、東雲、全力でセンパイの支援をします!」
瑠璃の説得には成功したが、二人は何か言いたげだ。
「やっぱ不安だぜ。せめて、強力な武器の一つや二つ──」
「無論、武装の一切を許可する。強化外骨格スーツも特殊銃器も、なんでもだ」
途端にゲンの表情が明るくなる。
「おいおい、それを早く言ってくれよ。俄然やる気が出てきたぜ。それに、武装した朝霧が味方なら大船に乗った気分だ」
「能天気なことを言わないで。それだけ危険な仕事だということでしょう」
そして、失敗も許されない。
「──朝霧、CALIBANの使用も許可する」
その瞬間、ゲンは水を打ったように静かに、烏丸も少しだけ動揺を見せる。
「……本気?」
「ああ。これは私の予感だが、日本社会の未来にとって、ここが分水嶺になると睨んでいる。得体の知れない事態、一斉に巻き起こる事件。初動が遅すぎたが、出来る限りのことはしなければならない」
局長は私たちが知らない何かの情報を握っている。
しかし、確証がないのだろう。
彼は余計な推測を与えないようにしているのだ。
「……ここまで話しておいてなんだが、本件から辞退しても構わん。君らの意思を尊重する」
「おいおい、俺らの性格をわかって言ってるだろ」
「そうね。私としても、そもそもやるべきことは変わらないもの」
皆の覚悟が決まる。
「よし。それでは本日をもって人工脳干渉事案に関する包括的特別対応任務を発令する。案件識別名は統合記憶同期障害群、IMSD。中央治安省は、これを潜在的危機と見做し実働部隊の即時展開を要請。当任務、機密区分三等。以後、本案件の全記録は封鎖され、報告は上申ルートA-01に限る」
私たちは局長に体を向け姿勢を正し敬礼する。
「了解。中央治安省第五電脳犯罪調査課、朝霧芙蓉他三名、IMSD対応部隊として即応体制へ移行いたします」
「頼んだぞ」