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第2話 失踪事件

辿り着いたのは集合住宅が並ぶ、陽の当たらない息苦しい場所だった。

妙に静かで人の気配もない。


「部屋は確か、B4棟の四百五号室ね」


「なんだか不穏ですよね。応援とか呼ばなくていいんですか?」


「平気よ。私を誰だと思っているの」


これは過信ではない。

この先、命に関わるような事態になっても最低限の装備だけで対応できる。

それだけの身体の造りと経験がある。


SHELLの上に黒のコートを羽織り準備を整え、不安そうにする瑠璃を連れ車外へ。

住宅地というのに人の声を物音もせず冷たい空気が流れている。

そして、目的の棟に足を踏み入れ無機質なコンクリートの階段を上がっていく。


「エレベーターは使わないんですか?」


「念の為ね。何か起きたら逃げ場がないもの」


「なんだ、やっぱりセンパイも不安なんじゃないですか」


「何言ってるの、これも全部、あなたを思ってのことなのに」


そう発言すると何故か頬を赤らめる瑠璃。


「ほら、仕事なんだから真面目にして。もうすぐ着くから気を抜かないで」


「はい」


遂に依頼者の部屋の前に到着し、インターホンを押す。


少しの間の後、扉の向こうからドタバタした音が響き、勢いよく扉が開かれる。

顔を出したのは痩せこけ無精髭を伸ばした薄汚い男だった。


「中央治安省、第五電脳犯罪調査課の朝霧です。ご家族の失踪調査依頼を行ったのはあなたですね」


「あ、ああ!そうなんだ、急に娘がいなくなったんだ!早く見つけてくれ!」


今にもこちらに掴み掛からんとする勢いで、剥き出しの目をギョロギョロさせながら大声をあげる男。

明らかに正常ではない。


「落ち着いてください。ササキ・カズサさんで間違いないですね?」


「あ、ああ」


「それでは、まずはどういう状況かを──」


「急にいなくなったんだ!昨日までは居たのに、どこにも!なんでもいいから早く見つけてくれ!」


これは、まともに話ができる状態じゃなさそうだ。


「わかりました。それでは、部屋の中を調べさせてください。手掛かりを探しますから」


「急いでくれ、こうしている間に、アキナがどうなっているのかわからないんだ!」


「瑠璃、入りましょう」


「は、はい」


男の様子に、すっかり意気消沈した瑠璃を連れ入室する。

そして、一番初めに感じたのは、匂い。

腐敗臭のような不快な匂い。

その瞬間、最悪の事態を予想したが、その匂いの正体は玄関から廊下を抜けた先のリビングキッチンのシンクに積まれた完全栄養食の空きパックの山だった。

長らく放置されているようで、残りカスが腐っているのだろう。

到底、娘がいる世帯とは思えない。


「瑠璃、とりあえずこの辺りを調べてちょうだい。ササキさん、娘さんの部屋はどこですか?」


「こっちだ」


廊下に面した一室に案内され、早速中を覗く。

異質だ。

学習机やベッド、クローゼットなど、内装におかしいところはないが、人が生活した残り香をまったく感じない。

学習机に乱れなく並べられた本やシワひとつないベッドシーツ、その上に並べられたぬいぐるみたち。

そのどれもが、大人が如何にもな子供部屋を想像して作った環境のようで、子供が生活していた場所には見えない。


「ここに、娘さんはいたんですか?」


「そうだ!それなのに、朝、目覚めたらどこにも居なくなっていたんだ!」


さて、どうしたものか。

考えを巡らせていると、部屋の外から恐る恐る瑠璃が声をかける。


「センパイ、ちょっといいですか?」


「何が見つかった?」


「はい、こっちです」


彼女に連れられて部屋を出ると、今度は別の部屋へ。

開けっ放しのその部屋の室内は、見るも無惨に散らかっていた。

辛うじて物が散らかっていないベッドの枕元には一際目立つ、ヘッドギア型の神経遮断型仮想頭帯(SILENT: Sensory Isolation Link for Extended Neural Transfer)が鎮座している。


「ここは、あなたの部屋ですか?」


「ああ、俺の寝室だ。ここはどうでもいいだろ」


「瑠璃、気になるものはあれ?」


「そうですね。でも、一応TRACEで調べたんですけど、あれもヘリオス社の一般に出回っている端末で異常はありませんでした」


それならと、再度、辺りを見回るが調査に役立つようなものは見つからない。

残された手段は一つしかなさそうだ。


「ササキさん、赤間は失踪に関する手掛かりを少しでも手に入れたい状況です。そのために一つ試したいことがあります。協力してくれますか?」


「もちろんだ!娘を見つけるためならなんでもするさ!」


「わかりました。それでは、今からあなたの脳をスキャンします」


「は?」


私の瞳には記憶干渉視覚子(D-Iris)というユニットが仕込んである。

相手の瞳を覗き脳をスキャンし記憶コードを読むことができるのだ。

この機能は治安省でもごく一部の、倫理制限付き例外観測権限を持つものしか使用できない。


「あなたの記憶コードから何か手掛かりが掴めるかもしれない。もちろん、PNVには干渉しません」


途端に、絶望と焦燥で豊かな表情をしていた彼は無表情になる。


「国家機関であっても、当人の明示的同意または精神的不能と診断された場合の特例許可がなければ記憶構造への干渉は認められない。私はPNM法第十二条に基づき、記憶構造の開示を拒否します」


悪寒が走る。

抑揚が一切ない、明らかに異常な言葉。

到底、彼自身が発したものとは思えない。


「セ、センパイ」


その様子に瑠璃も怯えている。

これは、一番疑わしかったVRSDSではなく、外部干渉があったと見ていいだろう。

そうであれば四の五の言っている場合ではない。


「瑠璃、今からスキャンを開始する。彼に怪しい動きがあればすぐにNERVEを撃ち込んで」


「は、はい!」


あたふたする瑠璃を尻目にD-Irisを起動する。


「明示的同意なく視覚・電脳装置を用いた記憶解析を行った場合、重大な人権侵害と認定されます」


「うるさいわね。特例よ」


──D-Iris起動。

脳波スキャンモード、レイヤー展開。

対象の脳波と視覚情報を読み取り、同期。

そのまま人工脳にアクセスする。

瞬き、視界は電脳世界へ。


思った通り、現実と仮想の記憶コードが混在している。

しかし、不可解な点がいくつもある。

VRSDSの場合、現実と仮想の記憶が重なる不具合を起こした人工脳が吐き出すエラーコードが散見され、全体で整合性を失う。

しかし、これはどうだ。

現実と仮想が初めから同一であったかのように、エラーの一つもなく並ぶ記憶コードたち。


「ん?これは……」


直近のコードにエラーあり。

海馬、後部帯状皮質などの記憶に関わる部位の異常を吐き出している。

そして、異様なコードがもう一つ。

── 'Recall the ache.


エラーの記録を残そうとした瞬間、視界が現実に戻ってしまう。

弾かれたのか。

こんな技術、一般人が所持しているわけがない。


「センパイ、大丈夫ですか」


「ええ。それよりも、あなた、一体何者なの?」


目の前の男に質問するも、彼は糸が切れた人形のように、その場で何も言わずに倒れてしまう。


「えぇ!?どうしちゃったんですか?」


「落ち着いて、命に別状はないわ。おそらく彼は外部干渉を受けていたようね。応援を呼びましょう」



応援を要請し、騒ぎにならないようササキ・カズサは回収部隊に連れて行かれた。

この後、中央治安省技術情報開発局で精査されるだろう。


「あの、こんなことをしてもいいんですか?」


「それだけの事件だと判断したの。詳しくは帰りながら話すわ」


SILENTを回収した後、車に戻り走行しながら事態の内容を瑠璃に説明する。


「人工脳には現実と仮想の記憶が混ざらないように、それぞれR領域とV領域に分かれている、これは知っているわね」


「はい」


「今回は、その二つの領域が混在、いえ、一体化していた」


「それって、VRSDSだったってことですか?」


「いいえ。その場合はあちこちに不整合が現れ矛盾が生まれる。でも、今回はそれがなく、現実と仮想の記憶が綺麗に整列していた。最初から、そうなるように作られていたかの如く、ね」


それに、記憶に関係なく刻まれたあのメッセージも気になる。


「おそらく、失踪した娘も仮想の存在ね。そして今日、誰かがそれを正常に書き換えた。現実に居ると思い込んでいた家族が急にいなくなったのはそのせいだと思うわ」


「でも、戸籍もあるし、近所の人も娘さんの姿を見たって言っているんですよね」


「そう、そこが問題ね。それに、監視を掻い潜って高度な技術で一般市民の記憶を書き換えるなんて、どんな目的があるのか想像もつかない。これは、私たちが考えているより大きな事件なのかもしれないわ」


雷を孕んだ暗雲が迫るような、気味の悪い予感が背中を撫でる。

久しぶりに忙しくなりそうだ。

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