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第1話 始まり

現場へと車両を走らせると、見飽きた風景が視界に広がる。

綺麗に舗装された道路、流線型の滑らかな建物たち。

体裁を保つために植えられた窮屈そうな緑。

一見すると何一つ問題のない街並みだが、ここを抜ければ様相は一変する。


「私、実際に第四ブロックに行くのは初めてなんですけど、センパイは行ったことあります?」


「私も昔、何度か行ったきりね。その時は、取り立てて話すような場所ではなかったのだけれど」


現在、東京は大きく六つの区域に分かれている。

私たちがいる第一ブロックの中央行政区、大手企業や研究施設が集まる第二ブロックの経済・研究開発区を中心に市民が暮らす居住区や巨大な工場地帯など、全六ブロックで構成されている。

今から向かう第四ブロックは第三ブロックの上層民居住区と第五ブロックのスラム区域の間に位置する場所だ。

そして、そこへ移動するにはブロック間にある厳重に管理された数本の高速道路や橋を通る必要がある。


「でも、住んでる場所でレッテルを貼られている時代だもの、実際は大したこともないでしょう。そう心配する必要はないわ」


「でも、第五ブロックだって、元々は医療や介護が盛んな場所だったんでしょ?それがああなったんだから、もしかしたら第四ブロックも……」


「滅多なことを言わないの」


第五ブロックは医療分野が盛んな区域だったが、義体化が当たり前になりヒトにとっての医療は急速に廃れてしまった。

その際に政府は支援を行わずに早々に第五ブロックを切り捨てた。

何故か。

答えは単純、日本のような医療の形は金食い虫だからだ。

誰も見捨てない医療は福祉国家を謳う日本にとって常に悩みの種だった。

だから、記憶転写と義体化が当たり前の技術になった途端、それらが医療を切り捨てる正当な理由を与えたため、政治家らは医療界の著名人たちの制止も張り切って大手を振って第五ブロックを切り捨てた。


煌びやかに見えて、蓋を開けてみれば科学の発展とともに何もかもが効率化されたロマンに欠けた世界。

車は空を走ることもなく、空に憧れを抱くこともなく、人々はヒトの身体を捨て地上に偽の楽園を築き上げたのだ。


「ほら、今から第一ブロックを抜けるから、気を引き締めて」


「は〜い」


第一ブロックと第四ブロックを繋ぐ高速道路に差し掛かる。

これから、何事もなければいいのだけれど。



それは、驚きの光景だった。


「あの、ここって、本当に第四ブロックなんですか?」


「そのはずだけど」


空を隠すように乱雑に建てられたビル群は老朽化が進んでいるだけで大きな変化はないが、そこら中にゴミが散らかっている。

そして何より、人々の様子がおかしい。


幽鬼のように歩く者、床に座り込みピクリとも動かない者。

皆、例外なくVERISを装着している。

まるで、一昔前にいくつか点在していたドラッグに溺れた街の姿を見ているようだ。

その間を車両でゆっくりと進むと、この光景を前に助手席の瑠璃もいつもの明るさを失っている。


「瑠璃、TRACEの準備をして」


「え、今ですか?」


「彼ら、VRSDS(Virtual-Reality Separation Disorder Syndrome:仮想現実遊離障害症)の可能性があるわ。VERISに異常がないか調べてちょうだい」


「わかりました」


彼女は手袋を装着し、手の甲の部分にある薄型のプレート端末を操作する。

そして、ホログラムUIが起動する。


「……特に異常はなさそうですね。皆使っているヘリオス社の端末みたいですし、無認可のものじゃなさそうです」


「……そう」


仮想空間に入り浸り現実に戻って来れなくなる仮想現実遊離障害症はVR技術が未熟な時に起こっていた症状であり、今でも自ら違法の端末を用い仮想空間に引き篭もる事件も起きている。


「もう少し調べます?」


「いえ、とりあえず、現場に行きましょう」


車両を路肩に停め、VORXを起動させ信号を飛ばす。


「こちら、中央治安省第五電脳犯罪調査課、朝霧芙蓉。四十三区担当の監査局、応答せよ」


しかし、少し待っても応答はない。

これは明らかな職務怠慢だ。


「繰り返す、こちら、中央治安省──」


『はい、こちら、第四管理ブロック街域監査局、ワタナベです。何用でしょうか』


ようやく反応があったものの、聞こえてきたのは気の抜けた男の声。


「何用って、そちらから依頼したのではないの?」


『あ、ああ。あの件ですか。いやぁ、最近は何でもAI任せでして。その方が確実ですし。失踪事件の報告自体もAIがしたんじゃないですかね』


頭が痛い。

まさか、ここまで腐敗していたなんて。


「それより、この異常事態は何なの?皆、VRSDSに罹患しているんじゃないの?失踪の件もそうだけど、杜撰すぎるのではなくて?」


『そう言われましても、あたしらの仕事は街を観測したり警護ドローンを制御したりするAIがちゃんと動いているか確認するだけですし』


「……はぁ。もういいわ。失踪の件について、詳細を教えてちょうだい」


『いやね、依頼者のササキさんに話を聞きはしたんですが、話にならんのですよ。娘がいなくなったと喚くだけでね』


「それは、VRSDSの症状じゃないの?」


実はその娘は仮想の中の存在で、何かしらの不具合で消えてしまったとの推察ができる。


『それがね、近所の人らに聞いたら娘さんと生活している姿を何度も見たって言うんですよ。現に、各所の監視カメラにも映っていますし』


「それなら、その映像を送ってちょうだい」


『いやぁ、あたしみたいな下っ端にそんな技術はありませんよ。じゃあ、調査の方、お願いしますね』


途絶えてしまう通信。


「まったく、どういうつもりかしら」


「なんだか、色々と問題がありそうですね」


「そうね」


一番の問題は、街の状況が中央治安省に届いてないことだ。

本来、こういった情報は逐一、私の耳にも入るはず。

そうでなければ私たちが働く理由もない。

何かしらの機械的な問題ならいい、最悪なのは治安省に、意図的に情報を握り潰している者がいることだ。


悩みの種は増すだけだが、切り替えて、まずは目の前の時間にあたらなければ。

再び、目的地へ向け車を走らせた。

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