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空に浮かぶ島

 風の精霊達がいる領域は空だという説明を受けていたエレン達だったが、いざ向かうとそこは空に浮かぶ島だった。

「空に浮かぶ島」と聞いたら某アニメを想像するが、目の前にある島はそんな大きさではない。その全貌は山一つ分どころではなく、数キロどころか数十キロ規模の岩の塊が雲海よりはるか上空に浮かんでいた。


 島は岩ばかりではなく森のようになっている場所もある。領域と表現するよりも、一つの国だと言われても納得できるほど規模だった。

 地表と表現していいのかは分からないが、島に近付くにつれ、人が作った道のようなものや家と思わしき建造物もちらほらと見えてきて、エレンは釘付けになる。


 獣化しているヴァンの背に乗っているエレンとガディエルは、目の前に広がる光景に詠嘆した。


「うわあ~! すごいね、ガディエル!」


「うん。本当にすごいな……こんな光景を目にすることができるなんて……」


 

 風の精霊が好んで住んでいるこの島は、風が吹くまま様々な場所へと浮遊しているらしい。一所に留まらないその姿は、まさしく風の精霊を思わせた。




 霊牙の一人である風の大精霊のホーゼに協力してもらって、上位の大精霊達に向かってこれから順番に精霊界を回ると先触れを出してもらった。

 先ずは事態の収拾もあることから、風の精霊側から回ることも連絡済みだ。白虎側はアウストルが先触れを出し、竜側はヴィントが先触れを出している。

 この先触れというのも、「今から島に女王が来るから騒ぐなよ」という意味だった。その他にも、風の竜の情報を持つ者は女王に報告するように、という旨も全精霊達に通達された。


 どうやら風の竜が暴走し、逃げたことは伏せられていたらしい。アウストルから話を聞いて、どういう事だと白虎が竜を責めようとしていたので、アウストルは先に向かって止めに入ってもらったので、今この場にアウストルはいない。


 オリジンを筆頭にロヴェルとヴァンの背に乗ったエレンとガディエルが、オリジンの向かう先へと進んでいく。


「いきなり転移しちゃったら、エレンちゃんとガディエルは場所が分かってないと今後困る事もあると思うの」


 転移というものは場所が分かっていれば問題ないが、初めて聞いた場所へ簡単に行けるものではない。

 オリジンが島へと向かう場合は前もって水鏡で場所を確認する必要があるようだが、風の精霊は不思議と島の位置が分かるらしい。


「ヴァン君も島の場所って分かるの?」


「我はその島で育っていないのですが、なぜか不思議と分かりますな」


 精霊界にいる風の精霊は大体この島で産まれるらしいが、何とも不思議なものである。

 そういえば、ヴァンは両家の確執から隠れた場所に巣があると言っていたのも思い出して、エレンはそっちが特に気になった。


(そういえば精霊城しか知らないけど、みんなはどんなお家に住んでるんだろう?)


 城のような建築物があるのだから、それなりに「家」があるのだろうと想像できるが、精霊達は自分達の家の事を「巣」と表現するのだ。


(う~~気になるぅ~!)


 長年の疑問がようやく解決するかもしれない。

 頑なに外に出ることを許してもらえなかったが、ようやく実現したのだ。

 エレンは周囲を見回しながら、自身も初めて見る光景にときめきが止まらなかった。


          *


 ヴァンの背から降りてエレンが顔を上げると、目の前には神殿のような大きな建物がそびえ立っていた。周囲の空気は澄み、どこか厳かに感じられた。

 エレン達が立っている玄関前広場のような場所は、庭園のように整われ、植物や花が咲き乱れている。

 まるで何かを祀っているかのような神殿だ。まさかここに風の竜がいたのだろうかとエレンは気になった。


 神殿の玄関前では、風の大精霊達が一列に並んで待っていた。その中心に片眼鏡を付けた壮年の男性が立っていて、その人物は誰かと似ていると気が付いた。


(ヴィントにそっくりー!)


 ヴィントの眉間の皺が増え、不機嫌で神経質そうな顔といえば通じるだろうか?

 ヴィントがさらにあと、二~三十年程の年月を足したらあの顔に近付くのではないだろうかと思われる。


「我が女王よ、ようこそお越し下さいました」


「あら~久しぶりねぇ。ところで貴方のお名前何だったかしら~?」


(母様!)


 あっけらかんと聞くオリジンの態度に、エレンは戦々恐々としてしまう。明らかに相手は気分を害したようで、少し間があった。


「……我はヴィントの父、ヴェントスでございます」


「そうだったわね! ヴィントの家族はヴィとヴェとヴァが多くってぇ。わたくし覚えきれないのよ」


「言われてみれば……」


 恐らくではあるが、風を意味する単語の頭文字が似てしまうからだろう。しかし、それを聞いたロヴェルとガディエルが苦笑した。


「俺の一族も男限定だが「ヴェ」が付けられるな……」


「私の所も王族は全て「エル」が付けられるのでなんとも言えないですね……」


「そういえば人間もややこしかったわねぇ」


 テンバール国では、貴族は名前に決まりがあると聞いたことがある。名前の選択肢が狭まりそうだが、名前を聞いただけでどこの家か分かりやすそうだ。

 だが、王族と似た名前を付けると罰されるとも聞いたことがあった。特に「エル」が付く名前は要注意のようだ。


 それに人間に限らず、精霊の数だけでも数千数万といると聞いている。確かに全て覚えていられるわけもないだろう。


「確かロヴェルは昔紹介した事あったわよね? こっちが娘のエレンよ」


「初めまして。エレンです」


「それで、こっちがエレンちゃんの婚約者のガディエル」


「ガディエル・ラル・テンバールと申します」


「仲良くして頂戴ね」


 エレンはカーテシーをし、ガディエルも旨に片手を当てて頭を下げた。それをちらりと見たヴェントスは軽く頭を下げる程度で、すぐにオリジンに向き直る。


「……おい」


 ヴェントスの態度が気に障ったロヴェルが凄い形相でヴェントスを睨むが、エレンがまあまあと押しとどめた。

 ヴァンもガルルとうなり声を上げていたが、こちらはガディエルがなだめる。

 しかし、誰よりも許さない人物がいた。


「あらぁ~?」


 聞こえてきた声は明るい声なのに、ドッと場の空気が凍り、皆に寒気が襲う。

 オリジンの目が笑っていなかった事に気付けなかったのだ。


「な・か・よ・く・して頂戴ね?」


 少しばかり低い声でオリジンがそう言うと、並んでいた風の精霊達が皆震えていた。


「し、失礼いたしました……」


 ヴェントスはそう言って、今度は深々と頭を下げた。

 さすが女王と言うべきか、前途多難な光景にエレンは苦笑するしかない。


(これは母様以外を格下と見てる感じがしますね……)


 ヴァンにいたってはいない者として扱っている気がする。こんなに露骨な態度をされたのは久しぶりだ。

 事前にある程度事情を聞いていたとはいえ、こんなに分かりやすい態度を取る人物だとは思わなかった。


(ヴィントが度々面白いことになるって言ってたけど、こういう事なのかな?)


 なかなか楽しい事になりそうだとエレンは思ってしまったのが顔に出ていたのか分からないが、その様子を横でじっと見つめている人物がいた。


「エレン、楽しそうだね?」


 ただただ純粋にそう聞かれたのだが、エレンは慌てた。


「え? え? 楽しそうにしてた?」


「うん。ニコニコしてる。何か面白いものでもあったのかい?」


 ガディエルの言葉を聞いて、ロヴェルが「あ~」と言いながら後頭部を軽く掻いた。


「エレンさん、ほどほどにね?」


「ちょっと父様、心外です!」


 いつものやり取りが始まったが、ガディエルが同席するのは初めてのせいか首を傾げている。


「エレンちゃん、存分にやっちゃって構わないわよ!」


「母様まで!」


 ガディエルはオリジンの言葉で何となく予想ができたのか、苦笑しながら言った。


「お手柔らかにお願いしようかな……?」


「ガディエルまで何を言うの!?」


 まさかの言葉にエレンはショックを隠せない。

 ガディエルの父親であるラヴィスエルに「エレンに勝てない」と言わしめた手腕を思い出していたガディエルは、エレンの反応から当たっていたと知って笑った。


「こういう時にエレンが笑うと怖いからな~」


 ロヴェルの追い打ちにエレンの顔が凄いことになっていたのだが、ロヴェルは気付かない。


「我は姫様の笑ったお顔は大好きですぞ!」


 思いがけないヴァンのフォローに、エレンは肩を落として項垂れた。


「お、俺も大好きだよ!?」


 さすがにまずいと気付いたのだろう。ガディエルが慌てた声を出したがもう遅い。


「…………」


 エレンは無言でガディエル達に向き直り、満面の笑顔を向けた。


「ヒッ」


 どこからか小さな悲鳴が聞こえてきたが、聞こえないフリをして案内された先へと進む。


(こうなったらとことんやってやりますか!)


 そう、心の中で拳を握るエレンだった。





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