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竜と白虎の確執

 次の日、エレンは集合前にテンバール王城までガディエルを迎えに行った。


 王家の住居は玉座がある場所とは別の建物で、かなり奥まった場所にある。

 王家の私室に繋がる広間の中央には、少し前に紆余曲折あってエレンがガディエルにあげた、ブルーゾイサイトの大きな原石が飾られていた。

 このブルーゾイサイトの中央には、眠ったままの小さな精霊が鎮座していた。


 ガディエルがエレンをここに招待したとき、真っ先にこのブルーゾイサイトを見せてくれた時は驚いた。

 ただ、これでもかと仰々しく宝飾を施され、まるで何かのモニュメントのようだ。

 それもそのはずで、今では王家の朝晩の祈りの場として定着していると聞いてエレンは驚いた。

 祈らないのはラヴィスエル陛下とラスエル王子だけらしい。祈ると精霊の呪いが解かれるとまで噂になっていると聞いて、ガディエルとともに苦笑した。



 最近エレン達はこの原石の前を集合場所にしている。緊急の時は仕方ないとはいえ、さすがにまだ婚約者になりたてだ。


 王城もどこがどこだか分からないので迷子になっては困る。王族とのやり取りだって始まったばかりで未だに顔と名前が一致していない者だっている。

 ふとした瞬間にエレンが転移で急に現れれば非常に驚かれるし、他の貴族の目に止まってちょっかいをかけられる恐れもあった。


 エレン自身は城マニアと言っても過言ではないのでテンバール城を隅から隅まで探検したいのだが、どこに人の目があるか分からない。

 そういった事情もあって、節度は大事だと考えている。


 それに今はラスエルの王太子教育をガディエルが補佐している状態だ。

 ガディエルは結婚するまでテンバールの王族として籍が残っているので、毎日夕刻になるとお互い別れて各々の城へと帰るのだ。

 これらはラヴィスエルとロヴェルが取り決めた。


(お互い門限あるって何だか不思議!)


 エレンはいつもロヴェルと一緒にいたので、今この時が何もかも新鮮に感じられた。


 ガディエル自身、半精霊になりたてでまだ飛ぶことも転移も慣れていない。

 まだまだ人の感覚のままなので、転移しても壁があると思い込むと、その壁の前で現れてしまうということもしょっちゅうだった。


 だからこうしてエレンが毎度送り迎えをしているのだが、ガディエルはすでに到着していて、エレンを待ち構えているのだった。


「ガディエル、おはよう!」


「おはよう、エレン。今日も可愛いね」


「もう! とーさまの真似をしなくていいんだよ?」


「真似じゃないよ。俺が言いたいから言ってるんだ」


「そ、そう? ありがとう……」


 照れてほんのり赤くなっているエレンの両手を取り、一緒にふわりと一回転。ラフィリアとエレンがこうやって毎回会う度に挨拶していると知って、ガディエルも真似してくれている。

 ラフィリア曰く「あいつは顔に似合わず負けず嫌いなのね」と言っているが、エレンは「そういう挨拶だって思ってるだけじゃない?」と返したら笑われてしまった。


 ガディエルはただ、エレンと他の者が独自のやりとりをしているのが気にくわないだけなのだが、エレンはいつまでも気付かない。


「エレン様、おはようございます」


「ラーベさん、おはようございます! 今日はガディエルをお借りしますね」


「はい。殿下を宜しくお願いいたします」


 腰を折って頭を下げてくれるラーベに、エレンとガディエルは手を振り、転移した。


          *


 精霊城の水鏡の間へと行くと、そこにはすでにオリジンとロヴェル、ヴィント、アウストル、そしてヴァンが待ち構えていた。


「おはようございます。遅くなりまして申し訳ございません」


「あら、まだ時間じゃないからゆっくりしてちょうだい。向こうに出かける前に少し話し合っておくことがあるのよ。ちょっと客間に行きましょうか」


 そう言ってオリジンから次々と転移して消える。エレン達も客間へと移動すると、メイド達が紅茶を準備して待っていた。


「座って頂戴。あ、わたくしのクッキーは多めね!」


 抜かりないオリジンの言葉に、メイドは「畏まりました」と頷く。

 各々が座り、紅茶が並べられるのを待たないまま、オリジンは話し始めた。


「先ず、最初に風の子達に会いに行くのだけど、ちょっとガディエルには大変な場所になるのよ」


「え?」


「あなた、まだ空を飛ぶのも転移も苦手でしょう?」


「は、はい。エレンと練習させて頂いております」


「風の子がいる場所はね、空の上なの」


「空の……上?」


 呆然としているガディエルはエレンを見る。エレンもうんうんと嬉しそうに頷いていた。


「私もさっき聞いたばかりなの。だから楽しみだね!」


 理解が追いつかないガディエルは少し目を瞬せていたが、フッと笑顔になった。


「どんな所なのか楽しみだね」


「うん!」


 ガディエルは空を飛ぶのも転移も苦手だが、エレンがいるなら怖くないと思えた。


「でもね、エレンちゃんに負担をかけるわけにはいかないから、あなたはヴァンの背に乗って欲しいのよ」


「ヴァン様の……背に?」


 ちらりとヴァンを見ると、人型のヴァンがどこか諦めたような顔をしていた。


「我の背に乗れる事を光栄に思うがいい」


「ありがとうございます。大変光栄です」


 にっこりと笑顔でお礼を言うガディエルにヴァンはばつが悪いのか、ふんっとそっぽを向く。


「ほんっとうに……光栄に思って下さいね……?」


 地を這う声でヴィントがギリギリとガディエルを睨み付ける。己の子の背に人間を乗せるなんてと思っているような声だった。


「あらぁ。あーちゃんに頼んでもいいのよ?」


「もっっっとダメに決まっているでしょうッ!!」


 グワッと角が二本生えたヴィントがオリジンに食ってかかる。相手が世界の女王だろうと、アウストルの事となると関係ないらしい。


「アタシはかまわねーけど」


「私が構いますッ! アウストルの背に男が乗るなんて赦せませんッ!!」


「有り難いのですが私も女性の背に乗るのはちょっと……抵抗がありますね」


 苦笑しながらガディエルも辞退した。エレンは小さな頃からヴァンの背に乗り慣れているので首を傾げていた。


(あ、そっか……異性だもんね。全然気にしたことなかったけど、こういうの気をつけた方がいいよね……)


 ヴァンの背中に乗ったりもふもふしたりはこれからは気をつけた方がいいのかもしれない。

 そう思ったらエレンはしゅんとしてしまった。心なしかアホ毛も落ち込んでしまっている。


「あら? エレンちゃんどうしたの?」


 オリジンが気付いて声をかけてくれたのに、ヴァン達はハッとしてエレンを見た。


「ヴァン君ごめんね……私もこれからは気をつけるね」


「ひ、姫様!?」


「当たり前のようにくっついたりもふもふしちゃってたけど……考えてみたら異性だもの。嫌だったよね」


「そ、そんなわけありませんぞ! 我の背は姫様専用なのですぞ!」


「……そうなの? もふもふも迷惑だったかなって思ったんだけど……」


「姫様にもふもふして頂くのは我の特権なのですぞ! 姫様は我の毛を存分にもふもふしてもらっていいのですぞ!!」


 ヴァンが慌ててエレンに言う。その慌てっぷりを見てアウストルが笑った。


「姫さん、こいつは姫さんがもふってくれるから毛の手入れを怠らないんだ。誇りなんだよ。だからむしろもふってやってくれ」


「……本当にいいの?」


「もちろんですぞ!」


「ありがとう! ヴァン君のもふもふ大好き!」


 エレンの笑顔にヴァンはじわじわと顔を赤くしていく。尻尾と耳がぴょこんと出て、尻尾はゆらゆらと嬉しそうに揺れていた。


「半人前がこのチビ野郎」


「なっ、急な悪口はいけませんぞ母上!」


「ああん? じゃあその感情駄々洩れの耳と尻尾をどうにかしやがれってんだ」


 そんな様子をガディエルとロヴェル、ヴィントが黙って見ている。


「……お前、ヴァンには噛みつかないんだな?」


 いつものカイに対する態度と打って変わって、静かに見守るガディエルがいた。意外そうにしたロヴェルがそう振ると、ガディエルはにっこりと笑った。


「ヴァン様の態度は違うと確信しているからですね」


 尊敬……いや、畏敬に近いというか、そういった類いの親愛を感じているだけだ。対するエレンの態度も、異性と言うよりも兄と妹に近い。

 アークやリヒトへの態度と変わらないと気付いたガディエルは何の心配もしていなかった。


「少しくらいこう……間違いがあっても……」


 ぼそりとヴィントが何か言った。


「何だって?」


「何か言われました?」


 耳聡くロヴェルとガディエルが聞き返す。二人の顔は笑顔なのに黒く感じた。


「……お二人が似ているとオリジン様が仰っておられましたが本当ですね」


 溜息交じりでヴィントがそう言うと、二人揃って「んなわけあるか!」「そんなはずは…?」と同時に返事をしている。

 そういう所だとヴィントは言いたくなったが、丁度メイド達が紅茶を並べ始めたので、話を進めて誤魔化そうと思った。


「まあ、そういうわけですのでお嬢様とガディエル様はうちの子の背中に乗って下さい。エレン様と一緒に乗っていないと、恐らく風の民の反感を買います。必ずエレン様と一緒にいて下さいね」


「風の民の反感を買う?」


「うちの子、風の精霊の中で言うなれば王子みたいな存在なので」


「王子……?」


 目を瞬くガディエルと「そうだったの!?」と驚いているエレン。


「やめて下され……」


 うんざりとした顔のヴァンを意外そうに見るロヴェル。


「あ~、ちょっとな。アタシとこいつの種族がほとんどの風を束ねているんだよ。だからかチビのくせに周囲から持ち上げられててさ~」


「母上! 我は持ち上げられてなど……」


「あ~うっさいうっさい」


「私とアウストルの子なので当然ですっ!」


 えっへんと胸を張るヴィントに、アウストルは半目だ。


「こいつも来たらもっとヤベーことになるから、とりあえずこいつは留守番な」


「うう……私もアウストルとヴァンたんと一緒に行動したい……」


「わたくしにも分かるわよ、ヴィントのその気持ち!」


「……オリジン様は今回同行なさるじゃないですか。慰めにもなってませんよ! まあ、私が特殊な生まれなのでそこはもう申し訳ないとしか言いようがないのですが……」


「あら、言っちゃっていいの?」


「この流れで言わなくてどうするんですか……」


「……何のお話ですか?」


 エレンがきょとんとしながら促すと、ヴィントは溜息を吐いた。


「我が竜の一族と白虎の一族には確執があると昨日お話しましたが、事前にそのことを知っておかないと皆様の混乱を招くと思いまして」


「ああ、なるほど」


「そもそも、その確執が生まれたのが、私が原因なのです」


「え……」


 予想外の言葉に、エレンとガディエルはお互いの顔を見合わせた。




ブルーゾイサイトの行は小説6巻(書き下ろし)に収録しております。

この本一冊が丸っと番外編みたいなものなので、読まなくても全く支障ございません。

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