創世の竜
エレンが気合いを入れて返事をしたのを喜んだオリジンだが、今度は「じゃあどこから行こうかしら?」とよく分からない提案をした。
「……どこから、とは? 暴れている竜って複数いるって事ですか? あれ……? そういえば『オハナシ』って、暴れている竜とするんですか?」
困惑するエレン達を横目に、ヴィントがずいっと前に出た。
「ご説明いたします」
ヴィントが眼鏡の縁をクイッと上げ、説明を始めた。
「我々の竜と混同してしまいますので、暴れている竜を『創世の竜』と称しましょう。彼らは四大属性……風の竜、水の竜、地の竜、そして火の竜、計四頭います。暴れていると連絡があったのは風の竜と火の竜です」
「二頭も……」
「各属性を持つ創世の竜達は、各々の属性を束ねる大精霊の長が管理しております。風の竜の管理は、私の父が担っておりました」
ヴィントが「父」と行った瞬間、アウストルとヴァンの顔が少し曇った気がした。それに目ざとくエレンが気付く。
「ヴァン君のお爺さまなんですね」
「……はい」
歯切れの悪いヴァンの言葉に、エレンは首を傾げた。
「エレンちゃん、実はね、ヴィントの所の竜と白虎はと~~っても仲悪いのよぉ。竜は他の種族とも仲悪いけど。その中でも激しいのは風の子と水の子ね。因縁の仲ってやつかしら?」
「えっ……仲悪いんですか?」
エレンは思わずヴィントとアウストルを見た。この二人が因縁の仲だということが非常に…………いや、何というか腑に落ちた。
恐らくだが、端から見ておかしいのはヴィントだけなのかもしれない。
「あんのクソ親父のところか……憂鬱だぜ」
何かあれば拳で解決しそうなアウストルがそう呟く位なので、相当な人物なのがうかがい知れる。
「お察しの通り、頑固で融通の利かない我が父が慌てて連絡してきたのはなかなか痛快でした」
ハッハッハッと笑うヴィントは心から笑っているようで、かなり根が深そうな問題だとエレンは思った。
「現在、風の竜は父の監視を逃れ、抵抗しながら空を逃げ回っているようです」
「逃げている……?」
エレンが険しい顔をした。違和感を感じたのは隣にいたガディエルも同様だったようで、お互い顔を見合わせた。
不測の事態が起きたことは確かだと思われるが、状況がどうにも納得がいかない。
「火の竜は幸いな事に沈静化が無事済んだようで、今は眠らせて一時的に封印したとリヒト様からご連絡がありました」
「リヒト兄様からですか?」
今リヒトは、アークと共に人間界の魔素の調節をしている。二人で出かけていることが多いので、急きょ呼び出されたのかもしれない。
「エレンちゃん、リヒトの眷属に火の子がいるのよ。朱雀というわ。今度会わせてあげるわね」
「朱雀……!」
もしや青龍、白虎、朱雀、玄武と続くのだろうかと、不謹慎ではあるが内心でエレンはわくわくした。
「エレンをどうのこうの言っていたのはどっちだ?」
ロヴェルが険しい顔でヴィントに聞く。
「風の竜がその言葉を残して消えた……と聞いております」
「……ふむ」
「暴れていると聞きましたが、現時点では風の竜はもう逃げているということですか?」
「そのようです。なので、そう急ぐ事もないでしょう」
「え……」
「風の竜がお嬢様を狙っているような発言をしたのです。我々はそちらを警戒して警備を強化させました。風の竜が暴れて逃げたのは父の責任なので、そちらは放っておいて問題ありません。むしろ自分の不始末くらい、ご自身でやって頂きたいので放置しましょうそうしましょう」
「そ、それでいいんですか……?」
「まあどのみち、わたくし達が『オハナシ』するのはヴィントのとーさまになるわね」
「ついでに今回の件で父を管理の座から引きずり下ろしてくださると嬉しいのですが」
「え~? 後任の子が見つかるかしら?」
実の父親に対しての発言にエレンが面食らっていると、ヴァンが謝罪した。
「姫様申し訳ございません……親族がご迷惑を……」
「ううん、こういう問題って自分が思っているよりも根深かったりするから大変だね」
「うう……痛み入りますぞ」
分からないことが多すぎて、どうにも傍観がちになってしまっているエレンとガディエルに気付いたのか、ヴァンが謝罪した。
意図的に外の情報から引き離されていたエレンもそうだが、ガディエル自身、精霊界の事が全く分かっていない。
「ああ、説明不足でしたね、申し訳ありません。元来大精霊は大まかに二つの種類に分かれることはご存じでしょうか? 人の姿で産まれるか、それとも獣の姿で産まれるか……竜も白虎も創世から次の時代に産まれた後者の種族。なのに創世の竜の監視の座を巡って争っているのです」
精霊というのは、純粋な存在であるがゆえにヒエラルキーが絶対である。
上の者から命令されている者がいるのにも関わらず、どうして第三者が前に出て来て争うとするのかエレンには分からなかった。
ただ獣の姿で産まれてきた精霊はどうしても欲に忠実で、各々が衝動的だったりという部分があるので、もしかするとそういった面が関係しているのかもしれない。
「しかし我々こそ元々は創世の竜を補佐するために産まれた存在。それを『管理』など、おこがましいにも程があるのです。創世の竜こそ、アーク様やリヒト様のような初代を補佐するための存在だというのに。世界が安定した後、四大精霊達にその後をお願いしたら……まあ、なぜかそこから同族同士の縄張り争いに発展してドッタンバッタン?」
「ヴィント……途中で面倒になってきました?」
「はい。言っていたらどうでもよくなってきました。本当にくだらないです」
ヴィントは肩をすくめて溜息を吐いた。
ヴィントの言う『縄張り争い』とはそのままの意味だ。
この精霊界は国としての境界がない。オリジンを王として一つの国として成り立っているので、あるのは領土という名の縄張りだった。
自分の縄張りが欲しかったら人間界に行く精霊達が多い。精霊界で縄張り争いになると、それはもう熾烈な戦いとなるからだ。
だが、かといって人間界で好き勝手すれば、その場を仕切る大精霊が出てきて制裁されるという事もあるので、簡単に縄張りを新たに作ることも広げることもできないのだった。
四大元素を各々司っている大精霊達は、世界の管理という名目できっちりと役割が決まっているので縄張りという概念はない。
たとえば風の精霊の縄張りは空。空の縄張り争いを風の精霊同士が行っているということだ。
「竜が暴れた原因の解明……それよりも何だか複雑そうな根っこが絡み合ってる気がします」
「それは間違いありませんね」
エレンの言葉に同意するヴィントにオリジンも「そうなのよ~」と同意している。
「母様が『メッ!』ってしたら終わらないんですか?」
「終わると言えば終わるけど、そうすると新しい子が産まれなくなっちゃうわ」
「新しい子が産まれるとはどういうことですか?」
ガディエルが質問すると、オリジンが説明してくれた。
「精霊っていうのは高濃度の魔素の塊と……いうべきかしら? そういう者達が力をぶつけ合うと、新しい属性の子が産まれることがあるの」
「なんと……」
「別属性の子達が戦うとそれはもう、ぽんぽん産まれるわ。同属性の子が戦っても産まれるけれど、特に風の子がどことも相性が良いせいか、精霊の中では風の子がとても多いの」
例えば風と水で戦えば嵐を司る子が産まれたり、風と風が番えば、アウストルのように強くて荒々しい子が産まれたりする。
「わたくしはもうロヴェルの子しか産むつもりないの。管理するだけの位置にいるとなると、精霊達がぶつかって新しい子が産まれるのはこちらとしても助かるのよ」
人間界では争いごとが起きると魔素濃度の変動に繋がり、モンスターテンペストの発生源になってしまうことがある。
そうなるとその後の管理が大変という理由で人間同士の戦争を回避させようとするのに、精霊界では逆となり、得になるというのが驚いた。
「そうなると縄張り争いは今後もなくなりそうにないな」
オリジンの言葉が嬉しかったロヴェルは、笑顔でオリジンを抱きしめている。
「でも、逃げている風の竜は早く対処した方がよいですよね?」
風の精霊の因縁を聞いてあまり気が進まないが仕方がない。エレンがそう言うと、ロヴェルとオリジンが顔を見合わせた。
「それもそうね。じゃあ風の子から会いに行きましょうか」
「では、次は土の所はどうでしょう? エレン様と相性が良いと思われます。好戦的な性格で言えば……風、火、土、水の順でしょうか? 土と水は、風と火が煽らなければ基本穏やかですし」
「そうね! 火はリヒトがいるけれど……その後の竜も見ておきたいし、先にしようかしら。水は最後でもいいかしら? あの子達は常にわたくしの側にいるから、最後に回して大丈夫だと思うわ」
「母様の側に水……?」
エレンが首を傾げていると、ロヴェルが笑った。
「水鏡があるだろう? 他にも水鏡の間には、噴水や滝みたいな装飾があるじゃないか。あそこから常にオーリと関わっているから意思疎通がたやすいんだろう」
「なるほど~」
「勉強になります」
感心するエレンとガディエルはお互いの顔を見て、笑った。
「私も知らないことばかりでごめんね。基本的なことしか学んでなかったみたい」
「気にしないで。むしろ何でもかんでもエレンに聞かなきゃ分からない情けない男にならなくてホッとしてるんだ」
エレンを気遣ってガディエルがそんなことを言う。
「ごめんなさいね、エレンちゃん。あなたの覚醒が早くて驚いたのよ。体調の事もあったから、世界の管理に関することはゆっくり教えましょうってお姉様達と話していたのに、こんなことになるなんて思わなかったの」
「いいえ、母様大丈夫です。ガディエルと一緒に学びます!」
「ええ。エレンと一緒に学べるなんてとても光栄で喜びです」
仲睦まじい二人の様子に、オリジンも良かったわぁと胸をなで下ろした。
「お姉様が言うには、今回の顔見せで二人の修行も同時に行えるという話だから頑張ってね」
「はい!」
「精進いたします」
「頑張ろうね、ガディエル」
「ああ」
「じゃあ、今日はもうお休みしましょう。明日風の子に会いに行きましょうね。その他の事は、現地で教えてあげるわ。その方が分かりやすいと思うもの」
「はい!」
精霊城からほとんど出たことがないエレンにとって、ようやく知れる精霊界。
未知なる冒険の予感に、ほんの少し不安が払拭されたのだった。




