風の竜編・エピローグ
本日31日は2回分の更新となります。
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泣き続けるヴァリマリアをオリジンが抱きしめ、よろよろとその場に戻ってきたアウストルは拳を握って地を殴った。
「クソがッ!!」
アウストルの血まみれの拳がさらに裂け、血に濡れる。また地面を殴ろうとしたので、それをエレンが止めた。
「アウストル、落ち着いてください……」
「チッ……」
エレンも泣いているのに気付いたのか、アウストルは舌打ちだけして地面を殴るのを止めた。
「む……この状況……我は一体どうしたらいいのだ……?」
ヴィントに呼ばれてこの場に来たものの、エレンに持って行かれてしまったので行き場がなくなってしまったようだ。
「ヴェントスの断罪だけで済むと思いました……?」
涙を拭いたエレンが、そう静かにウィンを見るとウィンは引きつった声を上げそうになった。
しかし、今になって傍観していた他の面々が顔を上げてくる気配がした。
ようやく静かになったので、顔を上げて周囲を見回して確認していたようだ。
『うう……何が何やら……』
『一体何が起きたというのかね……』
アウストルの祖父母が身体を上げ、のろのろとやって来る。身を伏せて嵐が過ぎ去るのを待っていたせいか、あまり状況がよく分かっていないらしい。
しかしその声を聞いたヴァリマリアが、ハッと顔を上げて泣き止んだ。
声の主を探してキョロキョロと周囲を見回している。
「その声……! どこじゃ!? どこじゃ!?」
ヴァリマリアの声を聞いて、白虎達もハッと我に返った。
『その声……ヴァリマリア様かの?』
「お主ら……!」
オリジンの胸元から走り出したヴァリマリアは、途中転びそうになりながらも白虎達の下へ駈け寄った。
「まだ生きておったか……!」
『勝手に殺すでないわ!』
『相変わらずお転婆じゃのう』
『懐かしいのう』
『髪が長いままじゃないか。酷いなりじゃ!』
そのまま四人の毛の中にばふんと埋もれるヴァリマリア。そして「うわああああん」とまた声を上げて泣き出した。
今度の泣き方は、どこか子供らしい一面が見えた。昔を思い出して共にあったあの頃へ、一気に戻ってしまったかのようだ。
『なんじゃなんじゃ。まだまだ泣き虫か』
『また泣いておるのか』
そう言いながら、白虎の声もどこか涙声だった。
静かに見守っていた面々だったが、ふと違和感に気付いたロヴェルが声を上げた。
「……すまん。こんな時だが、なんだかさっきから引っかかっているんだが」
ロヴェルが首を傾げている。
「どうしたんですか?」
「あの様子……もしかして、ヴァリマリアは白虎を探していたのか?」
エレンが笑って答えた。
「はい。ヴァリマリアは、最初からずっと白虎達に会いたかったんです」
「会いに行けたんじゃないのか? 情報を集める時には自由に外に出れていたはずだが……」
「ヴェントスに睨まれていたのにですか? 自分が会いに行ったとしれたら、白虎の巣が焼き払われてしまう可能性もあります。とにかく怖くて、なかなか会いにいけなかったのではないでしょうか……」
事実、アウストルの友人も『風の竜のせいで』と言って命を狙ったと聞いている。
自分のせいで白虎がと、己を責めていたのかもしれない。
だから自分を押し殺してでも、ヴェントスに従っていたのだろう。
「ああ……なるほど……」
エレンの言葉に思い当たる節があったのか、ロヴェルは頷いた。もしかすると昔の自分と重ねているのかもしれない。
「恐らくではありますが……風の噂でもう彼らが長くないことを知っていたのでしょう。会いたくても会いに行けない、逃げたら逃げたで気がかりが残る……そんな中で、ヴァリマリアはずっと我慢していたんです」
それを知った火の竜が同情して隙を作り、風の竜が昔の同胞に会いに行く時間を稼ごうとした……そう考えるのが今は自然なのかもしれない。
ヴァリマリアと火の竜の真意は分からないが、それはこれから明かしていければと思っている。
さらに白虎達は地下の洞の中にいた。
声を拾いたくとも拾えなくて、きっとやきもきしていたに違いない。
ふとエレンがウィンに目をやると、ウィンに纏わり付く小さな竜がいた。
ウィンはどこか鬱陶しそうにその竜の相手をしていたが、エレンがこちらを見ていると気付いたようだ。
「ウィン、貴方もご覚悟くださいね?」
「んん……?」
戸惑うウィンの声に、エレンはにっこりと微笑んだのだった。
*
精霊城へと戻ってきたエレン達は、事の顛末を話し合う。
「エレン様、よくウィン様の手綱を握れましたね」
ヴィントの言葉に、エレンはう~んと首を捻った。
「握れたでしょうか……? もしそうなら、少しはウィンにも良心の呵責があったのかもしれませんね」
一所に留まることを嫌うような性質ならば、いつか爆発してしまうのかもしれない。だが今は、大人しくエレンの命令に従っているようだ。
*
エレンはウィンに、しばらく神殿で待機するように命令した。
『ヴァリマリアは白虎の巣で面倒を見て貰います』
『しかし……』
『ヴァリマリアが神殿にいる必要はありません。この巣だって……洞という壁があるのですから』
『なんと、また我らがヴァリマリア様を世話するのか!』
『このお転婆を? こりゃ大変じゃあ! 死ぬに死ねんぞ!』
『お主ら! 久しぶりに会えたというのに何という言い草か!』
わいわい言い合う姿はとても楽しそうである。そんな様子を見れば、さすがにウィンも何も言えなかったようだった。
『ウィン、あれがヴァリマリアの家族なんですよ』
『…………』
『貴方には貴方の責任があります。途中で放棄したその責任はきちんと取って下さい』
『……御意』
『というわけで、そのヴェントスと共に神殿で竜の精霊の世話をしてくださいね!』
『むむむ……』
美丈夫が眉間に皺を寄せ、然も嫌そうな顔をしている。そんなウィンにエレンは言った。
『私達はこれから他の属性の竜達にも会いに行かなきゃいけません。場合によっては招集をかけますので待機しておいて下さい。ふらりと雲隠れしたりしないで下さいね』
『御意』
『ギョイイイイ』
ヴェントスの鳴き声が、まるでウィンの真似をしているようだった。
まるでウィンに幼子ができたようで、エレンは少し笑ってしまった。
*
「まあ、これであのクソな父とも決別できて幸せです! 本当ならば私の手で八つ裂きにしてやりたかったですが!」
「ヴィント……」
「いや、今からでも遅くないような……?」
「ヴェントスはもう力がありません。ダメですよ、そういう事をしたら、以前のヴェントスと同じになるじゃないですか」
「エッ! それは嫌です」
「では、もう忘れましょうね?」
「うぐぐ……」
まだまだこちらは時間がかかりそうではあるものの、少しずつ各々が己の気持ちの整理をしていた。
怪我もまだ癒えていない者もいるため、精霊界を回るのはしばらくお預けとなったのだった。
*
テンバール王城の薔薇が咲き誇る庭園で青空の下、エレンとガディエルは庭に設置してあるベンチに座って、お互いの肩を寄せ合っていた。
優しい風がエレンの頬をくすぐる度に、リュトのことを思い出す。
「……精霊にも精霊の事情があるんだね」
「うん……そうだね。私の常識とはとっても離れてたみたいだから、ちょっと悲しかったな……」
「そんなに落ち込まないで」
「……落ち込んで見える?」
「うん。だって家族って思ってた人達から自分達は道具だって言われれば、誰だって悲しいと思うよ。俺だってラーベ達にそんなことを言われたら……立ち直れないかもしれない」
素直なガディエルの言葉に、エレンは救われた。
「でも精霊の存在意義は間違ってないから……本当に悪いのはそんな罪深い意識を植え付けてしまった私達じゃないかとも思っちゃって、けっこうぐるぐるしてたの……」
エレンの言葉を聞いて、ガディエルは慰めるようにエレンの頭の上にキスをした。
「俺はね、『物』が造られたなら、そこには造った理由が必ずあるって思っているんだ。だって造るという前提があって、その行動の先にある結果が俺達という存在だと思うから」
「うん」
「でも俺は、造られた理由が俺達の存在意義だとは思えなくてさ……こんなことをオリジン様に知られたら悲しまれるかもしれないのだけど」
「悲しむかな……?」
オリジンは自分と意図しない事でも、そちらが便利だからなんて言われれば、「あらそうなのね~」と軽く終わらせてしまいそうだと思ってしまってエレンは少し笑ってしまった。
ガディエルの言いたいことは、造り手側と造られた側の食い違いだ
確かに造った側の言い分として存在意義はあるって当然だと思う。それはどんな場合でも当てはまるだろう。
「道具だと言うなら、どうして個という人格が備わっているんだ? 俺は俺という自覚がある。その意味と必要性は何? って……考え出したらきりがないんだけど」
「……うん」
「道具に重点が置かれるなら尚のこと個の自覚なんて必要ないだろう? 作り手と使い手の差でしかなくなる。その結果はただ便利な物が、さらに便利になったというだけだ。だったら俺の意思で己の存在意義を決めても良いっていう理屈に通ずる気もして……というか、こういう思想も全てひっくるめてこその存在意義じゃないのかって思ってしまって……」
「うん」
「確かに造られた経緯があるのかもしれない。でも好き勝手するのも、それが社会としての秩序を乱すと分かる思考と理性がある。人として、家族として……そして役割として……お互いを思いやりながらこの世界を支えて行けたら……みんなで楽しめながら、世界を管理できるだろうなって思わずにはいられないんだ」
そう言いながら、ガディエルは苦笑した。
「でもオリジン様を見ていると、エレンの言う通りもっと純粋な意味に見えたんだ。家族が欲しかっただけっていうね」
「ガディエル……」
「ごめん、結局何と言えばいいのか分からないんだけど……」
「ううん。大丈夫だよ。ちゃんと伝わってるよ」
エレンはガディエルに繋がれていた手に、ぎゅっと力を込めた。
「精霊とか、人間とか……そういうものを全部取っ払っても、ガディエルとそんな未来が見れるかもって考えたら、とっても楽しそうだもの!」
「本当に? 嬉しいな」
目の前に広がる薔薇の庭園。青空に白い雲。
時折鳥の群れが空を横切っているのどかな風景と日常。
……幸せとは、きっとこういう当たり前のものに価値を見い出した先にあるのかもしれない。
「そういえば……空に昇って、降りてくる……」
ふと少し前に、アークに言われた事を思い出した。
「空に昇って……? 何が降りてくるんだい?」
「以前、アーク兄さまが言っていた事を思い出したの。この世界の素となっている魔素は、死すと分散して空へと昇り、そしてまっさらになって降りてくる……って」
「魔素がそんな動きを……?」
「母様がリュトに言ってた……また降りてきてくれる? って。あれはきっと、また生まれてきてねって事だと思ったの。そう思ったら、いつか会える日が来るのかもしれないって思って……」
「……そうだね。きっとまたリュトに会えるよ」
「うん!」
エレンとガディエルはそんな未来の期待を胸に仕舞い、優しく吹く風に身を委ねながら空を見上げたのだった。
〈風の竜編・完〉
風の竜編・完となります。ここまでお読みくださいありがとうございました。
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私の不手際で公開が前後してしまって、こちらを先にお読み下さった方には、とある理由から大変ざわつかせてしまったのですが……風の竜編を通して新たな一面が見れますので、もしよろしければどうぞ一読下さいませ。
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次回は地の竜編となりますが、新章更新開始予定は来年1月下旬~2月上旬となります。
更新再開まで少し間が空きますが、次回もどうぞよろしくお願いいたします。
年末にお付き合い下さいましてありがとうございました。
皆様よいお年をお過ごしください!