オ・ハ・ナ・シ!?
オリジンから念話で呼ばれ、エレンとガディエルは水鏡の間へと急いだ。
水鏡の間へと一緒に転移してみれば、すでにオリジンとロヴェルの他に、ヴァンとヴィント、そしてアウストルがいた。
「一体どうしたんですか?」
人間界でガディエルと一緒に空を飛ぶ練習をしていたエレン達は、何かあったのかと二人して首を傾げている。
「急に呼んじゃってごめんなさいねぇ。ちょっと困ったことになっているのよ」
「困ったことですか?」
「エレンちゃん達には余計な心配をかけたくなくて黙っていたのだけど、実は精霊達の暴動……? っていうの? が起きているのよ」
「えっ、暴動!? だ、大丈夫なのですか?」
驚き慌てるエレンを見て、「だから教えたくなかったんだ…」とロヴェルがぼそりと言うと、ガディエルが進み出た。
「ロヴェル殿、エレンが心配なのは分かりますが、上に立つ者としてエレンに情報を規制するのは間違っています」
「ぐっ……」
「正論だわぁ~」
「父様、母様。皆の事を教えて貰えないのは悲しいです」
悲しい顔をしたエレンからの追撃にロヴェルは撃沈した。
「うう……ごめんよエレン!」
「むぎゅ!」
勢いよくエレンに抱きついて、エレンの頭に頬をぐりぐりなすりつけているロヴェルに、エレンはまた始まった…と迷惑そうな顔をしている。
「ごめんなさいね。またエレンちゃんが無理して倒れるんじゃないかって気が気じゃなかったのよ」
「ご、ごめんなさい……父様達は私の体調を気遣ってくれていたんですね」
これはもう今までの自分の行いのせいだ。つい無理をして倒れるという流れを繰り返してしまったせいで、双女神から忠告されていたロヴェルは余計にエレンに知らせたくなかったのだろう。
「でも、なぜ精霊達が暴動を?」
至極まっとうな疑問をガディエルが言うと、ロヴェルとオリジンが顔を見合わせた。
「う~ん……発端は精霊達にエレンちゃんのお披露目をしていなかったのが原因……なのかしら?」
「えっ? 私ですか?」
「お披露目を……していない?」
ガディエルは人間界の王族だ。大体ある程度の年齢になったら貴族揃ってのお披露目会が開かれるのだが、エレンがしていないとは思わなかった。
しかし相手は精霊だ。自分達と常識が違うことくらい、身に染みて分かっている。
「精霊界でもお披露目が行われるのですね」
「お披露目自体はわたくし達にとっても初めてになるわ。でも女神に覚醒してもお披露目しないまま、あなたと婚約しちゃったでしょう?」
「……私とエレンが婚約した事が暴動の原因だと?」
「まあ、そうだな。お前は精霊を虐殺した親玉の子孫だから、確かに文句を言う奴はいる」
「それは理解できますが、今エレンのお披露目が発端だと女王様は仰っておりましたが、それとどう繋がるのです?」
「女神として覚醒したエレンちゃんをお披露目しなかったのは、エレンちゃんの体調がまだ万全じゃなかったからよ。だって、外に出たら追いかけ回されちゃうもの」
「追いかけ……回される?」
「お外でね、エレンちゃんと婚約したいってブーブー文句を言われているのよ。今までお披露目しなかったのは、精霊達がエレンちゃんをつがいにすると言って追いかけたり、最悪攫われるかもしれなかったからなの」
「ロヴェル殿、外の奴らは粛清しましょう」
「ガ、ガディエル!?」
「なんだ、珍しく意見が合うじゃないか」
ガディエルとロヴェルがグッと握手をしている。取り締まるという意味の「粛正」が、処刑の「粛清」に聞こえたエレンが青ざめて慌てた。
「ま、待って下さい! 私はもうガディエルと婚約したと触れ回ったはずですよね!?」
「そうなんだけど、精霊からしたら人間なんてあっという間に死んじゃうでしょう? 次の候補にってお外でうるさくって、あーちゃんに怒ってもらっていたんだけど……」
オリジンがちらりとアウストルの方を見ると、アウストルも疲れ切った溜息とともに肩をすくめていた。
「アイツらきめぇ。殴っても放り出しても這い出てきやがる」
まるでゾンビだとエレンが青ざめていると、ヴァンもその時の光景を思い出したようで青ざめていた。
厳ついおっさんの大精霊達が「エレン様とワシを婚約させろ!」と叫んでいたのだ。
アウストルは「生まれ変わって出直してこいや!」と右ストレートの拳を容赦なくお見舞いしていた。
それを聞いたエレンは絶句していた。無意識にガディエルの側へ身を寄せると、ガディエルがエレンを慰めるように抱きしめる。
大丈夫だよとガディエルが優しくささやくと、エレンは泣きそうな顔をしてガディエルを見上げた。
「やはり粛清しましょう」
「ガ、ガディエル!?」
慌てるエレンと真面目な顔をして怖いことを言い出すガディエルを見てアウストルが笑った。
「あー、今はアークが大暴れしてるから、とりあえず大丈夫だろ」
「アーク兄さまが?」
「アークにね、『エレンちゃんの婚約者になるってお外で暴れている子がいるの』って教えたら……」
『……は?』と言う、低い声とともに転移して消えたアークにオリジンは目を瞬いた。
慌てて水鏡で行方を追ってみれば、精霊達の悲鳴が水鏡から木霊した。
『エレンの……次の、婚、約者…は、わ、たし……!』と言いながら、高濃度の魔素に精霊達を飲み込んでいた光景が広がり、精霊城の外は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「あいつは別の意味でモンスターテンペストそのものだな」
「確かにそうね」
たまには役に立ったな、とロヴェルが辛らつな言葉を放つ。
とんでもない会話が飛び交っているが、話について行けないエレンはもう青ざめたままだった。
「ということは、もう粛清済みなのですか?」
エレンの背中を優しくさすりながらガディエルがまた恐ろしいことを言う。アウストルが「とりあえずいったん落ち着いたって感じか?」とヴィントに投げかけた。
「表にいた者達はアーク様に恐れをなして皆逃げ出したのでしばらくは大丈夫でしょう。ですが、この騒ぎに便乗したのか、それとも誘導だったのか……別の問題が浮上してまして……」
表にいた者達は逃げ出したと聞いてほんの少しだけホッとするエレンだったが、また別の問題と聞いて落ち着かない。
「大精霊を補佐する役目を担っている竜が暴れております」
「竜?」
ガディエルがいち早く反応した。その目はキラキラと輝いている。
精霊に対して憧れの強いガディエルは、精霊界にある見えるもの全てに興味を示す。
竜も人間界ではおとぎ話の中にしか出てこないので、そわそわしているのが見て取れた。
「竜? それって……」
エレンが思わずヴィントを見る。ヴィントは竜の大精霊で、その中でも別格だと聞いている。だからこそ、精霊城の宰相を務めているのだ。
エレンに振られてその場にいる全員がヴィントへと目を向けた。ヴィントは眼鏡の縁をくいっと上げ、「不本意ながら私も竜ですね」と重苦しい返事をした。
「だったらお前がなんとかしろ」
アウストルがヴィントの頭をガシリと片手で摑み、ギリギリギリと締め上げている。
「わわわわわ……! 愛しのアウストルの握力が痛い! けど愛おしい!」
「うぜえしきめえ」
相変わらずの二人の様子に、オリジンが「あらあら~」と微笑ましそうに見ていた。
「あーちゃん、その辺にしておいてちょうだい。ヴィントの説明がまだ終わってないの」
「チッ」
アウストルは舌打ちしてヴィントを放り出す。そんな両親の姿を見て、ヴァンが遠い目をしていた。
「うう……愛しのアウストルの愛が身に染みる……あ、いえなんでもありませんよ!」
睨むアウストルにヴィントをは背筋を伸ばして咳払いを一つした。
「竜は竜でも、私達大精霊とはまた違う種族の竜でして……この竜達はこの世界の創世から大精霊達を補佐している竜なのです」
初めて聞く話にエレンとガディエルはぽかんとしていた。
「エレンちゃんにも初めて話すわね。わたくしが初めて産んだ子がアーク達のような人の形をした精霊達なの。その次に世界の状態を知るために産まれたのが……」
「竜……なのですか?」
「そう。世界を造ったばかりは失敗ばかりで、弱い子達では世界の魔素に耐えられなかったの。調整して行く中で、世界の『状態』を調べるのに適した子を造るのが必要だと思ったのね。そうしてアーク達の次に産まれたのが、今暴れている子達なの」
「ふわああ」
あまりに壮大な話にエレンとガディエルが釘付けになっていた。
「竜種の中でも拾ってきた情報を整理し、各々の大精霊に伝達をする細やかな動作が必要となったために、人型へと進化するように新たな竜が創造されました。それが私の種族です」
「じゃあ、その初代の竜達から産まれたのがヴィント達なのですか?」
「いえ、オリジン様が属性は別にして二種の竜を造ったと考えて頂けたらよろしいかと。私は最初に産まれた竜とは別種という事になります」
「すごい話ですね……」
感嘆の声をもらすガディエルに、エレンもうんうんと頷く。
「環境に耐えられるほどに頑丈な身体、世界を回りながら情報を集めるのに適した巨体、そして不測の事態に対応できるよう、知能と知性を兼ね備えたの。……でもね、精霊達が暴動を起こしている間に、あの子達に何かが起きてしまったようなの」
困ったわぁ、と溜息を吐きながらオリジンは続けた。
「世界がある程度落ち着いて年月が経った今、この子達は人間界や精霊界をゆったり漂いながら、時折情報を集めていたくらいに穏やかな子達なのに。だけど……」
オリジンの言葉を引き継いだヴィントが言った。
「私の下に暴動の知らせが来たと同時に、我が種族の者達から竜が暴れていると連絡が来たのです。そして……その暴れている竜の一頭がこう叫んだと……」
『新たな女神を我らの手に』
「…………」
呆然としているエレンの肩を、いち早くガディエルが強く抱きしめる。
震えているエレンを落ち着かせるように、ロヴェルもまたエレンの頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよ、とーさま達が付いているからね」
「父様……」
「そうだよ、エレン。俺も頼って欲しいな」
「ガディエル……」
「そう、だからね、エレンちゃん」
「え?」
急に声色を変えたオリジンが明るく言った。
「家族みんなでその子達に、オ・ハ・ナ・シ、しに行きましょう~?」
「…………え?」
「……オーリ?」
「あ、サティアとヴェルクはお留守番だけどぉ、わたくし達みんなで出かけるのは初めてじゃないかしら~? うふふ、楽しみねぇ!」
産まれたばかりの双子達には乳母もついている。それに不測の事態が起きてもすぐに転移できるのでその点は安心だ。
人間界では見守るだけだったオリジンも、今度は一緒に行動できると聞いて全員が呆気にとられていた。
急に話がとんでもない所に飛んでいった気がするが、エレンはどこかピンときた。
「まさか双女神……お姉様達ですか?」
「あらやだバレちゃった! ついさっき念話で言われたのよ~。ついでにエレンちゃん達のお披露目と修行を兼ねてみんなで行きなさいって!」
「あ、ん、の、駄女神がぁ!!」
ロヴェルが空に向かって叫ぶが、ノリノリになったオリジンは止まらない。
「久しぶりにロヴェルとエレンちゃんとおでかけできるなんてうれしいわぁ! そうよね、用事は全部まとめちゃえば手っ取り早くて良いわよね!」
満面の笑顔で世界の女王に言われてしまえば、エレンは怖くなっていた気持ちがほぐれているのに気付いた。
「あ~……心配だからアタシも行くわ」
「ちょっと待って下さい! アウストルが行くなんて私も行きたいです!」
「父上は駄目でしょう……」
「ヴィンたんまでそんなつれない事を言う……!」
「我も姫様と一緒に行きますぞ!」
「アアアアア! 私だけお留守番とかヒドイ!!」
気付けばいつも通りで、重たかった空気が一気に明るくなる。
家族も側にいて、隣にいたガディエルがエレンの手をきゅっと優しく握ってくれた。
「俺も側にいるよ」
笑顔でそう言われれば、もう怖くないと思えた。
「分かりました……。オハナシしに行きます!」
「そうこなくっちゃぁ~!」
かくして家族総出で『オハナシ』しに、精霊界を回ることになったのであった。
週に2回。月・金を目安に(投稿時間不定)更新していく予定です。どうぞよろしくお願いいたします。