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父は英雄、母は精霊、娘の私は転生者。~精霊界編~  作者: 松浦
風の竜編

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17/20

忘却の精霊・オブリオ

 次の日、話し合いの前にエレンがガディエルを迎えに行っている間に、オリジン達が話し合いをしていた。


 その傍ら、アウストルの後ろで居心地悪そうにしているリュトを見つけたヴィントが、ガルガルと唸っている。


「はああああん!? 貴女、どういう事ですかこれは!」


 ヴィントの言いがかりにリュトがビクリと肩をすくませた。


「オイ、いい加減にしろ」


「アウストルー! 私がいない間に何があったのです!? たった一晩でどうしてこんなにアウストルに懐いているんですか!?」


 エレンの時と同様、リュトはアウストルの背中にそっと隠れている。その距離が心なしか近いことにヴィントが目ざとく気付いたようだ。

 竜の精霊と白虎は元々仲が悪いので、余計にそう思うのだろう。


「ヴィントってば朝から元気ねぇ~」


「オリジン様! 私の目の下の隈を見て下さい! アウストルが気になって一睡もできていません!」


 のほほんと感想をもらすオリジンにまでヴィントは噛みついている。


「ハッ、そうだ、アウストルは竜に気に入られやすいのでは……!? 私という実例がありますし、今もこうして……」


「あ~~朝っぱらからうるせーな」


「アウストルー! 私はアウストルを心配して……」


「なんもねーよ。一緒に寝たくらいでうるせーな」


 アウストルの発言に、ヴィントがピシッと固まった。他の面々も何事かと目を丸くしている。


「あら~大胆ねぇ。リューちゃん、実際はどうだったの?」


 オリジンにリューちゃんと呼ばれたリュトは驚きつつも、辿々しく感想を述べた。


「す、凄かった(もふもふが)……です……」


 ポッと顔を赤らめたリュトを見たヴィントが声にならない叫びを上げた。


「~~~~~~~ッ!?」


「アタシ(の毛)は最高だったろう?」


「はっ、ハイ!!」


 自慢げなアウストルに同意するリュトが追い打ちをかける。

 真っ白になったヴィントを放って話を進めようとしたところで、エレンがガディエルを連れて帰ってきた。


「皆様、おはようございます」


「みんな、おはようございますっ!」


 腰を折って挨拶をするガディエルとエレンは、顔を上げると同時に首を傾げた。


「……何かあったんですか?」


「あ? なんもねーよ」


 面倒くさそうにアウストルが答えるが、明らかにヴィントの様子がおかしい。そう思いつつも、気にしたらいけないような気もしてエレンはオリジンに声をかけた。


「母様、昨日お願いしていた事なんですけど……」


「大丈夫よ。今呼ぶわね。オブリオ、ちょっと来てちょうだ~い」


 瞬時にオブリオと呼ばれた精霊が転移してやってくる。


「初めまして。オブリオと申します」


 双女神の眷属である忘却の精霊・オブリオ。

 その姿は一言で言うなれば紳士姿の三十代前半に見える精霊であったが、エレンは思わず叫びそうになった。


(ヴァ、ヴァンパイアーー!)


 黒を基調にした貴族服で、襟と袖口のシャツにはレースがふんだんに施されている。

 黒いコートの裏地はベロア生地の赤だ。何よりシルクハットを被っていて本当にそれっぽい。


(あれ……? そういえば……)


 ヴァンクライフトの領地で治療院を手伝ってくれている真実を司るトゥルーもまた双女神の眷属であるが、服のイメージがゴシックで統一されている気がした。逆に夢を司るドリトラはとてもファンシーだ。

 双女神は二人で一つであるが、精霊が司るものによって枝分かれをしているのかもしれない。


「主からお聞きしておりますが、僕を呼んだのは風の竜について……でよろしいでしょうか?」


「ええ、そうなの。エレンちゃん説明してくれる?」


「はい!」


 次期女神としてヴァリマリアの名を言えないのは問題があるとのことで、エレンをその枠から外して欲しいとお願いした。


「ああ、確かに。これでは管理に支障がでましょう。では姫、その可愛らしいお手を少し拝借……」


 オブリオから手を差し出され、エレンはその手の上に手を重ねようとしたところでロヴェルがオブリオの手を叩き落とし、ガデェイルがそっとエレンの手を取った。

 その息の合った行動にエレンが驚く。


「なにしれっとエレンの手を触ろうとしているんだ?」


「魔法を使うのにエレンの手が必要だなんて、そんなわけないでしょう?」


 二人の行動について行けず、エレンは目を瞬いている。

 気付けばガディエルはエレンを自分の背中に隠し、オブリオと対峙していた。


「あらあらいや~ん。ロヴェルが二人に増えたわ。大変」


「ちょ、オーリ! 心外だよ!」


「ええ。全くもってその通りです」


「あ?」


「何か?」


 息が合っているようで険悪そうにも見える仲にオブリオが笑った。


「あっはっはっはっはっ、主から事前に聞いておりましたが本当に面白いですな!」


「あの堕女神め……」


「双女神には大変お世話になった身です。どうぞ宜しくお伝え下さい」


 ガディエルが腰を折って挨拶をすると、その姿勢に感心したのかオブリオの眉が上がり、そしてにっこりと微笑んだ。


「ええ、ええ。貴方が姫のお相手の方なのでしょう? 我が主が仰っておりました」


「おや、なんと?」


「『ロヴェルが二人いるわよ』だそうで。あっはっはっはっは!」


 恐らくヴォールがこうなると見通して先に伝えていたのだろう。

 憤慨するロヴェルと肩を落とすガディエルとでなかなかのカオスな現場となっていた。


「大変申し訳ないのですが忘却の術は世界全土にかけているので、人一人分だけ解除……というのが大変難しくてですな。姫のお手を拝借するのをどうかお許し頂きたいのです」


「む……そういう事なら……しかたないのか?」


「人間界ならともかく、精霊にもそのような習慣があるとは知らず警戒してしまって申し訳ありませんでした」


「いえいえ、こちらこそ」


 はっはっはっ、と笑いながらまたオブリオはエレンに手を差し出す。

 エレンは頷いてオブリオの手にそっと手を乗せると、オブリオは片膝をついて目を閉じ、エレンの手にフッと息をかけた。

 ポウッとエレンの手が光ると、オブリオは目を開けた。


「これで大丈夫でしょう。試しに名を呼んでみて下さい」


「じゃあさっそく……ヴァリマリア! ……言えます!」


「ははは。それは良かった」


「オブリオ、良かったらロヴェルとガディエルも名前を言えるようにしてくれないかしら? これから四属性の子達の所に回るから、竜の子の名前が呼べないのは不便なのよ」


「御意」


 そして今度はロヴェルとガディエルをちらりと見る。

 当の二人も手を差し出すのか? と少し嫌そうな顔をしていたのだが、そんな二人にオブリオは突然ポーズをきめ、投げキッスをした。


「……は?」


 ロヴェルとガディエルが同時に悪寒を感じたらしく、ぞわっと肩をふるわせると、オブリオは笑った。


「もう大丈夫ですぞ!」


「はあ!?」


「さっきのお手をとは一体何だったのですか!?」


「それはそれ、これはこれ。男の手など取りたくはないのですぞ!」


「イラッ」


「ロヴェル殿、この者は粛清した方がよろしいのでは?」


「ああ、そうしよう」


 大笑いしながらオブリオが真相を口にした。


「我が主がロヴェル殿はからかうと面白いと仰るのでついやってしまいました」


「あんの堕女神がーッ!」


 ロヴェルが荒れる横で、ようやく復活したヴィントがオブリオに泣きついた。


「オブリオ様ー!」


「おっと」


「あんの小娘の記憶を……! 小娘の記憶から愛しいアウストルの記憶を消し去って下さいませーー!」


「んん?」


「めんどくせえ奴が復活しやがった」


「おや、彼女は面倒臭いのですかな?」


「こいつよりもそいつの方が面倒だぞ。色々とな」


「ほう。ではでは」


 泣きじゃくってびえびえと何を言っているのか分からないヴィントの言葉を聞かず、オブリオはヴィントのおでこに一発デコピンをお見舞いした。


「あいたっ! ……あれ? 私は……」


「お初にお目にかかります。僕は忘却を司るオブリオと申します」


「ああ、双女神の……そういえば姫様がお呼びしておりましたね」


「ええ。はっはっはっ」


 流れるように問題事を回避するオブリオの手腕に周囲は目を丸くしていた。


「あれ? 皆さんお揃いで……もうそんな時間だったのですか?」


 眼鏡の縁をクイッと上げ、キリッとヴィントがそんなことを言っているが、当人のおでこが赤くなっているのがなんともシュールな光景だ。


「……おい、ガディエル。あいつをやるのは少し骨が折れそうだぞ」


「ええ。作戦会議をいたしましょう」


「んもう……そんな事より、これからヴァリちゃんの作戦会議ではなかったの?」


 真面目な顔で相談し合う二人に、珍しくもオリジンが突っ込んだのだった。


          *


「じゃあエレンちゃん、仕切り直しとして今日のお話し合いをしましょう?」


 両手をパンパンと叩いたオリジンに、エレンは苦笑する。


「作戦会議と申しましても……少ししかないんですよね」


 オブリオの登場がとても濃かったせいで、エレンは苦笑しかできない。


「やることと言えば、これから白虎の巣へと移動して、ヴァリマリアを誘き出すくらいでして……」


「あらまあ! そんなことができるの?」


「誘き出す……というより……恐らく、すでにそこにいると思われます」


「え?」


「どういう事だい?」


「う~ん、それは現地でやってしまった方が早いので……ヴァン君!」


「はい」


「ヴァン君、『音』を、視覚で捉えることはできますか?」


「音を視覚で……でございますか?」


「音って、空気の振動が波のように伝わると思うのですが……」


 エレンは音振動の仕組みをヴァンに話すと、ヴァンは驚いた顔をした。


「我々風の精霊が壁を挟むと音があまり聞こえないのは、そういった理由なのですか!」


「確かに振動して揺れている物を波と表現する必要はないですよね」


 属性を司る精霊達は自然と理解しているものではあるが、言語化ができているとは言いがたい。

 説明したとて他者には伝わりにくいものがあるのはこのせいだった。


 エレンがこれからやることを教えると、風を司るヴァン達は興味津々にエレンの話を聞いていた。


「……で、私が合図したら二人で見て頂きたいのです」


「御意!」


「了解」


「で、ヴィントなのですが……ウィンの足取りは摑めましたか?」


「一応、オリジン様に協力してもらい念話で連絡はつきましたが、一度断られてしまいましたのでこれから迎えに行って参ります」


「じゃあ、捕まえたら白虎の巣まで連れてきて貰っていいですか?」


「畏まりました」


 ガディエルには迎えに行った時に事前に伝えてあったので、ガディエルも大体の作戦は把握している。

 これから全員で白虎の巣へと転移しようと思ったが、リュトがいることを忘れていた。


「あ、リュトは……」


「あの! わたくしも、ぜひ連れて行って頂けません……か?」


「え?」


「わた、くし……風上様に、一言お礼を……申し上げ、たくて」


「ああ、なるほど。でも……白虎の巣ですよ?」


「承知、しており、ます」


 リュトはヴァリマリアに助けて貰っていた。

 どうしてもお礼を言わずにはいられないのだろう。


 アウストルと一晩一緒に過ごして貰っていたが、どうやらアウストルを通じて白虎が怖い存在ではないと思ったようだ。


「わたくし、たち竜が、うと、まれているのも、承知で……ございます。それでも、わたくし、は……」


 なんとか言葉を繋げて、一生懸命に伝えようとしている姿は健気であった。


「分かりました。じゃあ、アウストルの側を離れないようにして下さいね?」


 エレンの言葉に、リュトは嬉しそうにうんうんと何度も頷いた。


「じゃあ、ヴァリマリアを捕獲しに行きましょう!」




 オブリオとヴィントはここで別れ、エレン達は白虎の巣へと転移したのだった。




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