優しい風
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エレンはリュトを抱きしめながら、その背をさすって落ち着かせようとする。
周囲の者達はどういう事だと怪訝そうな顔をしていた。
「エレン……」
「父様、恐らくではありますが……リュトはあの中で冷遇されていたのだと思います」
人間と比べて精霊は孤高の存在だと思われがちではるが、序列の強い精霊は弱い精霊に対してあれこれ言う精霊も大勢いるのが事実だった。
それらはより本能に従っていると過言でもない。初代と呼ばれる精霊こそ淡泊にみえるものの、ただ沸点が高いというだけで怒った時は天変地異が起きることもある。
「まさか……ただそれだけで? 我々を忌み嫌う創世の竜がこの娘を庇ったと?」
驚愕するヴィントに、エレンは言った。
「忌み嫌っていたとしても、自分に嫌なことをするわけじゃない。淡々としていながらもその中に優しさを感じることがあれば、少しだろうと情が移ってもおかしくないと思います」
「…………」
「竜の中でもこの子の境遇が気がかりだったんじゃないかと思うんです。だって白虎の子が大好きで、儚くなった時に正気を失うほどなんですよ? 元々風の竜は優しい子なんじゃないのかな?」
「エレンちゃん……」
「でもエレン、風の竜は逃げる時にエレンを我々の手にという言葉を残していると聞いたが?」
「竜と白虎が争っている時に何の対処もしてくれなかったのに、新しく産まれた私が、人間界での動きを知ったらどう思いますか?」
「それは……」
風の竜は人間界と精霊界、両方で情報を集めていると聞く。精霊達の囁きからエレンの事を聞いてもおかしくないだろう。
「精霊達は人を助けようとする私に対して、「人間なんぞにうつつを抜かしている」って、よく言ってたじゃないですか。それなら自分の時も助けて欲しかったって思っても不思議じゃありません」
「…………」
「こちらはまだ仮定の話ですが、風の竜が言っていた「我々の手」とは、恐らく竜達の事を指すのかもしれません。彼らは彼らで何か問題を抱え、情報として裏で何か共有している……だから双女神も修行と称して私を後押しした」
「お姉様が……」
そこまで言った所でロヴェルが何かに気付いたようで、ハッと息を呑んだ。
「まさか、それで火の竜が同時に暴走を?」
「はい。風の竜が逃げられるようにわざと陽動したのではないかと思っています」
「なんだって……」
オリジンとロヴェルが顔を見合わせる。エレンの話を聞いたオリジンは落ち込んでいた。
「子供達に任せっきりにしていたわたくしが悪いのね……」
「母様、そうじゃありません。精霊達は母様のお役に立てることを何よりも喜びと感じる存在です。だからこそ、その喜びを他を蹴散らしてでも自分が欲しいって思うのが普通なんです」
「エレンちゃん……」
「正直な所、事態を収拾すべき存在がその仕事を放棄した事で起きた問題だと思っていますが……まあ、これはこれで別でお話しを聞く必要があると考えています」
「ウィン様が捕まればよいですが……」
ヴィントが骨が折れそうだと溜息を吐く。
この頃になってようやく落ち着いてきたのか、リュトが顔を上げた。
「も、もうしわけ……」
「いいの。貴女は言いたくとも言えない制約に縛られていたんだから気にしないで」
エレンに頭を撫でられたリュトは、また泣きそうになっている。
これほどまでに泣いてしまうのも、吐き出すことができないゆえなのだろう。
「わた、わたくし、は……力が……弱くて、」
「うん」
「ようやく、大、精霊になれたのに……あの場にいるのも、おこ、がましいのです……」
「誰がそんな事を言ったの?」
「…………」
「黙ることで誰が言ったか分かるのはある意味便利だな」
「確かに。我が父ながら爪が甘い」
ロヴェルの皮肉にヴィントが笑う。
生まれた時から身体があまり丈夫ではなかったリュトは、できそこないだと陰口を言われ続けていた。
ようやく大精霊になれたと思っても、やっとかと鼻で笑われてしまう。名前もそよ風を意味していて、大した力も無いくせにと笑われていた。
ただひょんな出来事が重なり、小間使いとして風の竜の世話をすることになったのだが、今ではそれすらも疎まれる始末。
細かく質問していて分かった事だったが、どうやら小言を言われている現場にたまたま風の竜が帰還したらしい。
邪魔よ、と勢いよく押しのけられたせいでリュトが倒れ、あの事件へと発展してしまったようだ。
ふと、ヴァンの様子がおかしいことに気付いた。
「ヴァン君? どうしました?」
「我は、その者を監視しておったのですが……」
「はい」
「確かに、他の者に「お前のせいで風上様がお逃げになられた」と言われておりました」
「ということは……エレンの言っていることが概ね当たっているということか?」
「責任転嫁して逃れようとする所は我が一族ながら本当に情けない」
「わた、わたくしの、せいで……?」
「リュト、それは違うわ。過去にいざこざがあって、風の竜は竜の精霊に対してあまり良い感情は持っていなかったみたいなの」
「それ、は……」
「恐らくリュトが生まれる前だと思うわ。リュトは関係ないけれど、風の竜は悲しみが強くて、貴女と関係ないって分かってるけれど、未だに折り合いが付いていないの……」
「折り、合い……」
「竜の精霊の傲慢な部分を見てしまって、昔の気持ちを思い出しちゃったとかかしら……? だから、ただ貴女を助けて飛び出してしまっただけだと思うわ」
「…………」
ヴァンの言うとおり、自分のせいで風の竜が逃げたと言われ続けていたのだろう。
自分のせいではないと分かったためか、リュトはただただ困惑しているように見えた。
「それはそうと、こいつはどうするんだい? もう、あのクソ野郎の所には戻せねーだろ」
アウストルの言葉に、エレンも頷いた。
「はい。彼女はこのまま精霊城にいさせようと思います」
エレンの言葉を聞いて、リュトは驚愕の表情をして顔を上げた。
「わた、わたくし、が、……! そん、な、力も、ない、のに」
「……リュト、世界にはバタフライエフェクトっていう現象があるの」
「ばた……?」
「小さな出来事がきっかけで、やがて大きな出来事へ変貌するって意味なんだけれど、貴女の力は小さい物なんかじゃないわ」
「姫、様……」
「きっかけはどうあれ、私達は貴女がいてくれたお陰でこの問題の解決の糸口が見えたの。だからそう悲観しないで。それに貴女のお陰で、風の竜は今まで飛び出さなかったかもしれないじゃない?」
「え……?」
「貴女、力が弱いとかではなくて、とっても優しいんじゃないかしら? 疲れて帰ってきた寝床にそよ風が吹いているなんて、心地よくてよく眠れそうだもの」
「姫、さま……」
エレンがそうにっこり笑うと、くしゃくしゃの顔をしたリュトがまた涙を流す。
その泣き方は今までの痛々しい泣き方ではなく、嬉しそうな泣き方だった。
*
すっかり夜も更けた所で、一端解散となった。また明日ガディエルを加えての作戦会議となる。
「母様、ヴィント、実はお願いが……」
そんなやり取りをしている最中、問題が一つだけ起きてしまった。リュトがすっかりエレンに懐いてしまったのだ。
「ギリギリ!」
「ひ、姫様……」
「ごめんね……さすがに私は寝室を一緒にはできないかな……。もう、ヴィントも今日くらい多めに見て下さい」
「ギリギリギリギリギリ!」
「おい、アタシじゃ不満とでも言うのかよ」
リュトを信じるにはまだ日が浅すぎる。それにリュトを狙ってヴェントス達がやってくる可能性もあるため、今晩はアウストルが護衛としてリュトと客間で滞在することになったのだ。
それに嫉妬するヴィントと信用されてないと呆れるアウストルとで場は混沌と化していた。
「アンタもいい加減にしろ。おいチビ、こいつを連れて行け!」
「……父上、あまりしつこいと母上に嫌われますぞ」
「ひぃん!」
涙目のヴィントを連れて転移して消えたヴァン達を見送り、エレンはリュトに笑いかけた。
「大丈夫。アウストルはぶっきらぼうだけど優しい人だから!」
「おい、姫さん……」
「えへへ」
エレンとアウストルを交互に見ていたリュトは、不安そうながらもこくんと頷いた。
「じゃあまた明日! おやすみなさい」
「お、お休みなさいませ……姫様……」
返事をしてくれたリュトに、エレンはバイバイと手を振って転移で消えた。
それを見送り、残されたアウストルとリュトは、お互い目を合わせる。
目が合ったことがわかるとビクッと肩をふるわせたリュトを放って、アウストルは客間に備え付けられたベッドの上に飛び乗った。
ばふん、という音と共に、アウストルは白虎へと獣化した。
アウストルの大きなその白虎の体躯に目を丸くするリュト。その姿をちらりと横目で見たアウストルが、大きな尻尾でリュトの背をトンッと押した。
「きゃっ……!」
リュトは驚くが、飛びついた先はアウストルのふかふかの毛の中だ。
『さっさと寝な。ああ、アイツらが乗り込んできた時にバレると面倒だから、もっと奥にもぐりな』
そう言って大きくてふわふわの尾で、リュトを丸めた己の身体の中に押し込もうとする。
「わ、わわ……」
ふわふわでふかふかの温かい毛に埋もれ、リュトは未知の体験にドキドキと胸が高鳴った。
『アタシの毛は最高だろう?』
ふふんと自信ありげに言うアウストルの態度に、リュトは思わず頷いた。
大きくてふわふわの毛で頭を撫でられているような感覚があったが、こんな優しさは夢であって気のせいかもしれない。
そう思いながらも優しい温もりに包まれてしまえば、泣き疲れていたせいもあってリュトはあっという間に眠りについてしまった。
リュトが眠りにつくまで、アウストルは疲れ果てていた竜の精霊の頭を尾で撫でる。
己の子と同じ年頃の子供が泣き続けていた姿は、アウストルにも思うところがあったようだ。
ふと、優しい風が吹いた気がした。
アウストルの片眼が開いて周囲に気を配るが、どうやら杞憂だったようだ。
(……姫さんの言った通り、か)
アウストルはそんな事を思い、また目を閉じたのだった。




