作戦会議の下準備
精霊城に帰ってから気付いたが、すでに日は沈み、二つの月が精霊城を優しく照らしていた。
帰ってすぐ、オリジンとロヴェルは兄妹の所へ直行した。作戦会議をしようとしたら、二人がぐずったと連絡が入ったのだ。
エレンは先にガディエルを送り届けるためにテンバール王城へと転移した。
転移した場所は朝の集合場所と同じだ。そこにはすでにラーベが待機しており、エレン達にお辞儀した。
「お帰りなさいませ」
「遅くなっちゃってすみません!」
「もったいないお言葉です」
にっこりと笑顔で出迎えてくれるラーベ。
帰る時間が遅くなりそうな時は、シエルに念話で連絡している。
シエルが契約している鷹の精霊であるロクルゥに頼み、伝書鳩のように手紙をラーベに届けてくれるのだ。
「思ってたより遅くなっちゃったね。ガディエル大丈夫?」
「晩餐までに帰ればお咎めはないから気にしないで」
「……お咎めがあるの?」
「母上に……いや、やめよう」
手で顔を覆ってほんのり赤くなるガディエル。
一体何が行われるのかとエレンは興味津々になってしまったが、聞きたいけど聞いちゃいけない何かの予感がしてそわそわした。
エレンがラーベに視線を送ると、それはもう満面の笑みだ。
最近になって、ラーベが状況を楽しんでいる時の笑い方なのだと気付いたエレンは、きっと面白い理由があるのだろうと察した。
覆った手の隙間から、ガディエルがチラリとこちらを見てくる。そして、何か諦めたように息を吐いていた。
「うう……そんな目で見られると弱いな……」
「だって気になるよ~!」
婚約者となったガディエルの家族と交流するようになってから分かったことがある。
エレンは今までラヴィスエル陛下とバッチバチのやり取りを繰り返していたせいもあって、てっきり亭主関白のような家族状況かと思いきや、いざ蓋を開けてみればそんな陛下を手の平で転がす真なる存在がいた。
その人物こそがガディエルの母であるララル王妃だ。
王族という立場である以上、本来ならば一緒に食事などほとんど取れないらしいのだが、このララルは王族の新たなあり方として、環境改善に革命を起こした人物であった。
「朝と夜の食事は家族全員でって決まっているんだ」
「すっごく素敵!」
貴族で位が高ければ高い程、家族と一緒に食事を取れるような環境はなかなか希であるという事実を知った。
特にサウヴェルなんかはその筆頭で、仕事量が多くしばらく家に帰れないということも多かった。
今まではかなり無理をして家から城まで通っていたのだが、最近では転移ができるようになったラフィリアと共に登城していると聞く。
「叔父様も家族と食事を取るのが難しいって常々言ってたの。でもラフィリアが転移を覚えたでしょう? そのお陰で家族とゆっくり食事ができるようになったって聞いて、何だか嬉しくなっちゃった」
家族仲良く過ごしてくれているだけで嬉しくなる。
そんなエレンに、ガディエルもそうだねとにっこり笑った。
「で、一体どんなお咎めがあるの!?」
「うう……話が逸れてくれると思ったのに……」
どうやら怒った王妃に頬を両手で包まれ、怒りのまま頬を揉まれまくるらしい。
「メイドや護衛騎士がいてもお構いなしにものすっごい変な顔をさせられるから、もう恥ずかしくて……」
「そ、それって陛下も!?」
「うん」
「すごい……!」
子供の頃からの習慣ならばただのスキンシップだが、成人を迎えた者がやられると確かに恥ずかしさが勝るだろう。
プライドすらも遙か高みにありそうなラヴィスエルの変顔なんて「見たい」の一択だ。このことをロヴェルに教えたら、とても喜んで食いつくに違いない。
何て強い御方なのだとエレンは尊敬の眼差しを送らずにはいられなかった。
「……エレンのほっぺを揉んでいいなら俺のも揉んでいいけどどうする?」
「うう……! う~~!」
大変魅力的なお誘いで予想外の提案に悩みまくるエレン。
エレンの両手がそわそわ動いているのに気付いたラーベが笑いをこらえている。そんなエレンにガディエルが満面の笑みでたたみ掛けた。
「俺の変な顔が見たいんだよね?」
「うう……考えたらすっごく恥ずかしいね……ごめんなさい」
「ふふっ」
エレンをぎゅっと抱きしめるガディエルは、とても幸せそうな笑顔を振りまいている。
エレンも自分の変顔を想像したらしくとても恥ずかしくなったようで、抱きしめられたままガディエルの胸元でぐりぐりと頭を擦りつけていた。
「あー可愛い。……離したくないな」
「お気持ちは分かりますが、あまり時間をかけますと憤怒のロヴェル殿が参りますよ?」
「わああああ! ラーベさん! すみません!」
真っ赤になったエレンがガディエルをベリッと引き剥がす。どうやらラーベが邪魔をすまいと気配を消していたせいで存在を忘れていたらしい。
「……ラーベ」
「お邪魔をして申し訳ございません」
「いいんです! 気にしないで下さい!!」
人がいたことを忘れていたエレンはガディエルとのやり取りを見られてもう真っ赤だ。
そんな照れるエレンが可愛いとほのぼのと見守られているのだが、本人は気付けていない。
「名残惜しいけど……また明日同じ時間に会おうね」
「うん。今日はありがとう! 詳細とか作戦会議はまた明日集合してからになると思うわ」
「分かった。こちらこそありがとう」
エレンのおでこにチュッとキスをするガディエル、身長差があるのでエレンはふわりと浮いて、ガディエルの頬にキスをした。
「おやすみなさい!」
「ああ。おやすみ」
エレンは手を振りながら転移で帰る。その魔法陣がフッと消えるまで、ガディエルは見送った。
「……んふふ」
「おい、その気持ち悪い笑みをやめろ」
「申し訳ございません~。いや~~幸せっていいなぁ~~」
ニヤニヤしたラーベの肩をパシンと叩くガディエルの耳は真っ赤だった。
*
精霊城へと帰ったエレンは、すぐに兄弟達の部屋へと向かう。そこにはすでに帰ってきていたヴァンもいた。
「遅くなってごめんなさい!」
「ギリギリよエレンちゃん。とーさまがギリギリして大変だったわぁ~」
どうやら帰りの遅いエレンを心配して、ロヴェルが迎えに行こうとしていたらしい。
危なかったと内心焦ったエレンだったが、すぐに兄妹達の催促に見舞われた。
「ねーしゃ!」
「ねー!!」
「ヴェルク、サティアただいま!」
ぎゅっと抱きしめればきゃっきゃっと笑顔で迎えてくれる二人。ぐずっていたと聞いていたが、オリジン達が抱きしめたらすぐに収まってくれたらしい。
帰る時間が遅くなったので、恐らく心細くなっていたのだろう。
「ヴァン君もありがとうございました!」
「もったいないお言葉ですぞ」
エレンの労いに嬉しそうなヴァンを見て、エレンはホッとした。
あんな場所で情報収集をお願いしたのは確かにエレンだが、心ないことを言われていないかと心配していたのだ。
「で、なんか分かったのか?」
アウストルに促され、ヴァンは「はい」と返事をする。
見たままを説明したヴァンは、最後に黎明の間で泣いていた精霊をどうするか聞いた。
「う~ん。その場で何が起きたか彼女に聞くしかないと思っているんですが……なんだかずっと泣いてませんか? 一体何が起きたんでしょう?」
「ああ、まあ……いつまでもめそめそしておりますな」
「竜の奴らはめんどくせー奴ばっかだなぁ」
「もうアウストル。ダメですよ」
「ちぇ。事実じゃねーかよ」
エレンに怒られてちょっぴりふて腐れるアウストル。
アウストルの言う面倒くさい者達がまさにヴィントでありヴェントスだと思われるので、エレンは少し同情していた。
「竜達が捕らえようとしているのなら話が聞きづらくなるので精霊城に保護したいですね……」
「あ、えっと……姫様、申し訳ございませぬ」
「どうしたんですか?」
「すでに……客間の一室に監禁しておりますぞ」
「え……」
「なんだ、もう捕まえてきていたのか」
ロヴェルが少し驚いて言った。
「なんでぇ。お前もやるじゃねーか」
ニヤニヤと笑うアウストルに、ヴァンはむすっとした顔で言う。
「そういう意味ではございませぬ。あの男が捕らえろと命令しておったので……」
「あのクソ野郎に一泡吹かせてやろうってか!」
ゲラゲラと笑うアウストルに気をよくしたのか、ヴァンもニヤリと笑った。
エレンはただただヴァンの行動力に驚いた。
「彼女は今客間に一人でいるんですか?」
転移で逃げないかと心配してみれば、予想外の人物が登場した。
「父上に監視して頂いております」
「やるじゃないか」
「ありがたきお言葉」
立っている者は親でも使えという意気込みのヴァンの態度にロヴェルが笑う。
確かにヴェントスの息子に睨まれたら畏縮して逃げるのは難しいだろう。
(それで余計に泣いてないといいんだけど……)
なんとも急展開ではあるが、ヴェルクとサティアを寝かしつけてから話を聞こうという流れになった。
「あ! 母様、その前に一つお願いがあるんです」
「あら、なあに?」
「創世の竜に制約をかけた忘却の精霊とお会いしたくて……」
「あら」
エレンの言葉にオリジンは驚いたものの、すぐに連絡を取ってくれた。
忘却の精霊は双女神ヴォールの眷属なのだそう。
(これで明日までに問題が一つ片付きそうかな?)
しかし、泣いてばかりの精霊に果たして話ができるのだろうかと少し心配になるエレンだった。