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父は英雄、母は精霊、娘の私は転生者。~精霊界編~  作者: 松浦
風の竜編

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13/20

鍵を握る少女

 薄暮(はくぼ)の間で雲海に沈む夕日を眺めながら、ヴェントスは内に燻る苛立ちを抑えようとしていた。


 元々ヴェントス達は、創世の竜を補佐する片割れとして生み出された存在である。

 それを初代の風の大精霊が、竜の精霊の許可を取らずに勝手に白虎に宛がったという事実があった。

 忌々しいこの事態は何も風の竜だけに当てはまらない。水の大精霊も同じように竜に任せず、勝手に別の精霊に宛がったのだ。


 自分達の存在意義を揺るがすこの事態に竜達は声を上げた。

 何度も風の大精霊に抗議をしていれば、急に旅に出るなどと言い出し逃げられる始末。

 ふと気付いて振り返ってみれば、竜達が抗議している間に風の竜と白虎は親交を深め、仲良くしていたなどと誰が思うだろうか。


 白虎達を追い出し、ようやく自分達に還ってきたこの立場だったが、当の風の竜は何が気に食わないのかヴェントス達に冷たく当たった。

 名も言わず、ただ己の役割のみを淡々とこなす日々。

 白虎はその身に牙を剥いたというのに、どうしてそれを赦しているのかも理解できなかった。



 思い通りに進まない現状に、段々と苛立ちだけが募っていく。

 そんな中に産まれた希有な大精霊という存在。この珍事に周囲は自分達を見てくれると思っていた。

 むしろ初代の大精霊と同列だと言わんばかりの快挙のはずだった。


 この大精霊の子は器用に何でもこなしていった。竜になれないはずなのに竜になれた瞬間、本当に誇らしかったというのに。


「獣なんぞにうつつを抜かしおって……!」


 ヴェントスの周囲に鋭い風が舞う。募った苛立ちが隠しきれず、二つの角と牙がむき出しになっているのを、己を映すガラスで気付いた。

 目の前のガラスは己の力に振動し、ガタガタと悲鳴を上げている。これ以上は割れてしまうだろう。

 足元の絨毯とカーテンはすでにズタズタに切り裂かれてしまったが、取り替えればいいだけだ。

 深呼吸をして、全身に滾る力を抜いたつもりだった。

 ふと、目の前に現れた無表情の孫を思い出し、抜くはずの力が増してしまった。


「せめて竜の姿で産まれれば良かったものを……」


 新たな女神の護衛として役に立っていると噂を聞くが、我らが母の娘は白虎の姿を殊の外気に入っているらしい。


「新しい女神の目は節穴とみえる」


 ふんっと鼻で笑うヴェントスだったが、女神すら自分達の味方ではないという事実がさらに許せなかった。


 バリンッ! という音と共に、砕けたガラスがキラキラと舞った。ヴェントスの溢れる怒りが周囲に影響を及ぼしてしまったようだ。


 ガラスが割れた音を聞きつけ、バタバタと走ってくる眷属の足音がした。


「ヴェントス様!? 何事ですか!」


「大事ない。気にするな」


「さ、さようでございますか……? てっきりあの白い獣が襲ってきたのかと……」


「フン、そんな度胸など彼奴等にあるまい」


 粛清された白虎の精霊を目の当たりにした奴らは戦うのを止め、その場に崩れ落ちた瞬間を今でも思い出す。

 勝利の追い風に促され、ヴェントスは声高に叫んだ。「白虎が風上様に牙を向けたぞ!」と。

 トントン拍子に風の竜の管理は白虎から竜の精霊へと移り、そして現在に至るまで、不抜けた白虎は光が届かぬ森へと逃げたまま。

 時折、感情にまかせた痴れ者が紛れ込むが、所詮口だけだと分かっている。


「風上様はまだ見つからないのか?」


「も、申し訳ございませぬ……お姿をお隠しになられたまま、何の情報も得られず……」


「チッ」


 ヴェントスの舌打ちに竜の精霊達は怯え、ガラスが散らばっているのにも拘わらずその場にひれ伏した。


「まあいい、何か動きがあれば報せよ。それと風上様を逃した者を捕らえておけ」


「御意」


 そう言うとヴェントスは薄暮の間から転移で消える。


 ヴェントスがいなくなったことで、ようやくその場の空気が軽くなる。それにホッと胸をなで下ろした精霊達は、割れて散らばったガラスの片づけと修理の手配をした。



 日が沈み、辺りが薄闇に包まれるまで、鋭い眼差しでその場を見ていた者がいたことに誰も気付かなかった。




          *



 ほぼ同時刻。別の場所で白虎から一部始終を聞き終えたエレンは、事の重大さに思わずオリジンを振り返った。


「母様……こんな大切な事を放置なさったんですか?」


「え…ええっとぉ……その辺の管理はね? ウィンに任せてたの……」


 もじもじと小声になるオリジンは、エレンが怖いらしくロヴェルの背中に隠れたままだ。


「ウィン?」


 初めて聞く名に、エレンは誰だろう? と首を傾げた。


「ああ、序列で言えば……アタシ達の上の奴って言えば分かりやすいか? 元々風の竜を管理していた大精霊だ」


 序列を簡単に言うと、オリジン→アーク→ウィン→風の竜→アウストルのような順になるらしい。

 この世界の基礎となる精霊達は「初代」、その次が「次代」と呼ばれているのだが、いわば次代の大精霊は創世の竜を除き、アウストル達のような精霊同士で生まれた存在の事を指している。

 ウィンはまだ初代の精霊といえるが、序列はアークとリヒトよりも低いとのこと。

 それに竜の精霊や白虎は、ウィンの眷属として生まれた存在だった。


 ただ、このウィンが風を司る中でも一際曲者で、一所に留まることを嫌がるらしい。


「世界の調節があらかた終わった頃に、急に旅に出るって言いだして勝手に白虎に風の子を押し付けて行方を眩ませちゃったの」


「えぇ……」


「造られていく世界を見て、色々見て回りたいってうずうずしてたのは知っていたのだけど……」


 まさかこんな暴挙に及ぶとは思わなかったのだろう。


「……あれ? ヴィントが竜の精霊は風の竜の補佐のために生まれた存在だって言ってませんでしたっけ?」


「そうよぉ」


「じゃあ、どうしてウィンは白虎にその役目を任せたのですか?」


「そういえば何か言ってたわね。なんだったかしら……」


 当時の記憶を思い出そうとするが、思い出せなくてオリジンは「う~んう~ん」と唸っていた。


「忘れちゃったぁ☆」


「母様……お菓子ぼっ」


「没収はいや~ん!! ごめんなさぁぁぁい!!」


 食い気味に嫌がるオリジンに、エレンは溜息がこぼれた。


(風の竜が竜の精霊を嫌がっているのは分かったけれど、逃げたという理由がいまいち分からない……)


 自分が嫌っている精霊達と己の責務だと我慢して付き合っていたと仮定する。

 何か世界でのっぴきならない状況が起きたとすれば、それこそ連絡を通してオリジンに報告が入るだろう。


 自分が逃げ出すほど嫌な事に出くわさない限り、暴れて逃げたりなど……と、そこまで考えていたエレンはハッと顔を上げた。


「まさか……」


 黎明の間で泣いていた精霊を思い出す。

 風の竜は『新たな女王を我が手に』と言い残し、去った姿を目撃したのがあの精霊だと言っているかのような流れだったが、そういえば尾でなぎ倒された精霊達がいるとヴェントスは言っていなかっただろうか?


(あの場には他の精霊もいたのに、あの泣いている精霊だけに責任を押しつけようとしていた?)


 その前に何かが起きたからこそ、精霊をなぎ倒すような事態に陥っていたとしたら?

 何か嫌なことをされたから、尾でなぎ払ったのだと考えるのが妥当だろう。


 その原因があの泣いている精霊だったとしたら?

 さらに、その状況を打破するためにエレンの力が必要だと言っているのだとしたら。

 今の今まで行動に移さなかったのは、長年の経験から現状は何も変わらないと思っていたから。

 エレンの覚醒を情報として知り、これならばと行動に移したとしたら。


 ようやく一本に繋がったような気がした。


「何か分かったのかい?」


「まだ不明瞭な所はあるんですが……黎明の間で泣いていた精霊がいましたよね? あの子が鍵を握っている気がします」


「ふむ。ヴァンに知らせよう」


『姫さんは何か分かったのかい?』


「はい! 色々お話して下さってありがとうございました」


『よいよい、姫さんの力になれれば我らも嬉しいが、さすがに姿を消しているヴァリマリア様を見つけるのは難しいじゃろう? 無理はするんじゃないぞ』


「大丈夫です! そっちは何とかなると思います」


「え? エレン、風の竜を見つけられるの?」


「ふふふ……」


 意味深く笑うエレンに、ロヴェル達が驚愕した。


「風の竜はどこにいるんだい!?」


「父様、ここで言ったら聞かれてしまいます。風の竜は耳が良すぎるみたいですので、シー、です!」


「そ、そうだったな」


「そしてなにより……そろそろ門限なんです……」


「え?」


 この白虎の森に来た時にはすでに夕刻にさしかかっていたのを思い出す。あれから話し込んでいたので、もしかするともう日が暮れているかもしれない。

 ガディエルも「そういえば……」と呟いた。


「あ~……もしかしてもう日が沈む頃か?」


『そうじゃのう。鳥達が巣に戻ろうとしておるようじゃ。辺りはもう暗いだろうよ』


「暗いっつってもこの森、元々暗いじゃねーか」


『それもそうじゃのぉ』


 アウストルの指摘に、クアッ、クアッ、クアッと独特の笑い方をする白虎を見て、エレンは少し胸をなで下ろす。

 過去の悲しい記憶を話させてしまった罪悪感でいっぱいだったが、少しでも話をそらせられたようだ。


(すぐに話をそらしちゃったけど……不自然じゃなかったかな?)


 思わずちらりとガディエルを見ると、なぜか目が合ってしまった。


「エレンは優しいね」


「えっ!?」


 見透かされていたような物言いに、エレンの心臓は跳ねた。

 ガディエルはその場で言うことはせず、ただ微笑んでエレンの頭を撫でている。

 されるがままのエレンだったが、次第に痺れを切らせたロヴェルにガディエルの手は弾かれた。


「痛っ」


「父様! ガディエル、大丈夫!?」


「だ、大丈夫だよ」


「いつまでエレンを撫でているんだ! 帰るぞ! お前を帰すぞ! 二度と来んな!!」


「父様!!」


 エレンは呆れずにはいられないが、ロヴェルのお陰でいつもの調子が戻ってきた気もした。


「とりあえず、今日はこの辺でお開きにしましょう。いったん城に帰って作戦会議をして、今日は解散します!」


「分かった」


「じゃあ、白虎のおじいちゃん達、お話ししてくれてありがとうございました!」


『よいよい。また来て下さいまし』


「はい! 次はヴァン君と来ますね!」


『クアッ、クアッ、クアッ、楽しみにしとりますぞ』



 エレン達は白虎達に手を振って別れ、転移で精霊城へと戻るのだった。




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