白虎の住まう森
案内された白虎の巣と呼ばれている場所は、鬱蒼とした森の中だった。
その中でも一際大きな樹木が中央にそびえ立ち、空に向かってに野太い枝を伸ばしている。
(この木は……ケヤキかなぁ? でも何か光っているような……?)
鬱蒼と茂る葉が光を遮っているため、近付くにつれ薄暗くなっていくのだが所々に光源が見えた。
枝に等間隔に並ぶ小さな実のようなものが沢山光っているのに気付く。
光る森。そう言っても過言ではない幻想的な光景に、エレン達は目が奪われた。
しだいに巨木に近付くにつれ、中央のケヤキの巨木は幅が百メートル近くありそうなことに気付いた。
周辺の木々も一本の幅が数十メートルと、ビルほどの大きさを誇っており、エレンは興味深そうにキョロキョロと周囲を見回した。
太い幹や枝の所々に樹洞と呼ばれる木の洞があった。大きさは、大人が二人通れそうなほどの大きさだ。
よくよくその樹洞を見ると扉が付いている。その樹洞一つ一つが、白虎一族の住居となっているらしい。
「すごーい!」
まるでおとぎ話に出てくるような光景にエレンは夢中になった。
「何だか……絵本の世界みたいだね」
「ガディエルもそう思った? 可愛いよね!」
「うん」
『あの中央のデカい木が白虎の長……うちのクソ親父達が住んでる家さ』
「えー!」
あのゲイルが白虎の長だったという事実にエレンが驚く。
「あのふざけたじじいが白虎の長とか……大丈夫か?」
ロヴェルの辛辣な評価にエレンが「父様!」と注意した。
なんでも以前、ここにロヴェル達が挨拶に来た時は別の者が長をしていたらしい。それはアウストルの祖父だったようだ。
ここ数年で代替わりしていたようでロヴェルも知らなかった。
『姫さん、クソ親父は本当にふざけた奴だから気にすんな』
「アウストルまで辛辣……」
そんな会話を挟みながら、アウストルが白虎の事を少し教えてくれた。
『あの木一つ一つが別の白虎の一族でよ、一族一塊で住んでんだよ。上の穴に行くほど親の家だな』
「へええ~」
精霊達はバラバラで暮らす種族もいれば、こうやって一塊で住む一族もいるらしい。
白虎と竜の一族はどちらも固まって暮らす種族のようだ。
『あそこにクソ親父がいるぞ』
アウストルの前方にはぽっかりと広場のような場所があり、その中央に大きな樹木の切り株があった。
その切り株の大きさも五十メートルほどある大きさだ。その切り株の上から、ゲイルがこちらに向かって手を振っているのが分かった。
ゲイルを中心に、精霊達がちらほらと集まっている。先触れでオリジン達が来ると通達してくれたのだろう。
「お~い、こっちじゃ! こっちじゃ!」
両手をぶんぶんと左右に振るゲイルに促されるまま、皆が切り株の上へと降り立つ。
アウストルの背からエレン達が降りると、アウストルも人型へと戻った。
「皆の衆! 女王が来て下さったぞ!」
おお~! と歓声が上がる。
「うふふ、久しぶりねぇ」
右手をヒラヒラと振るオリジンとその腰を抱いて横にいるロヴェル。
オリジンに手招きされてエレンがオリジンの隣に移動すると、オリジンが紹介してくれた。
「娘のエレンよ。こっちがガディエル。エレンちゃんの婚約者ね」
「娘のエレンです」
「ガディエル・ラル・テンバールと申します」
エレンとガディエルが挨拶をすると、その場はし~んと静寂に包まれた。
(……あれ?)
エレンがカーテシーから顔を上げると、ゲイル達が驚愕の顔をしているのが分かった。
「姫さんの婚約者じゃと~~!?」
ざわつく周囲に、エレンはにっこりと笑った。
「そうです」
「なんでじゃ!? てっきりワシのヴァンたんと……」
そこまで言って、ようやくこの場にヴァンがいないことに気付いたらしい。
「ワシのヴァンたんがいないーーーー!?」
ヴァンがいないだけで大騒ぎになるのだった。
*
叫んだゲイルをげんこつ一発で伸したアウストルが、フンッと吐き捨てて両腕を組んだ。
「チビがいないだけで大騒ぎすんじゃねぇ」
「なんでじゃあああ! ヴァンたんと久しぶりに会えると皆も楽しみにしとったのに!」
「チビは別の任務に行ったんだよ。暇なクソ親父と一緒にすんな」
「は~~ん!? ワシ暇じゃないんじゃが! これからあの陰険竜メガネ野郎とドンパチするんじゃあ!」
唾を飛ばしながら叫ぶゲイルを見て、「あいつも大変そうだな……」とロヴェルに同情されていた。
「それに姫さんの護衛に抜擢されたから、てっきり姫さんとねんごろになって帰ってきてくれると信じてたのに!」
「うわぁ……」
「めんどくせぇクソ親父だぜ……」
ドン引きしているエレンとアウストル。怒りを滲ませるロヴェルとガディエルと忙しい。
「というか、ヴァン君はそんなことをする人じゃありません!」
エレンの側にいてくれるヴァンは護衛であり、兄であり、友である。
そしてエレンがくじけそうな時も迷える時も、側にいて勇気づけてくれる頼もしい存在だ。
そんな邪な態度でエレンに接してくるような人じゃないとエレンが怒ると、ガディエルが嬉しそうに頷いた。
「あいつは姫さんの護衛であることに誇りを持ってんだよ。余計な事考えてんじゃねーよクソ親父。だからチビに嫌がられんだよ」
「そんなぁぁぁぁ!」
「っていうか、そんな態度を取った瞬間に俺が殺すが?」
不穏な事を言うロヴェルにゲイルがギョッとする。当然だと言わんばかりのロヴェルに、ゲイルは助けを求めるようにオリジンを見た。
「エレンちゃんを守って欲しいのにそんな事をされちゃね? おしおきしなきゃいけなくなるわぁ~」
顎に人差し指を当て、首をこてんと傾げるオリジンもロヴェルに同意している。
絶望の顔をしたゲイルに、ロヴェルは肩をすくめた。
「挨拶は済んだことですし、風の竜を管理していた者と会わせて欲しいんですけど……」
おいおい泣いて悲しむゲイルを放ってエレンがアウストルに聞くと、こっちだと案内してくれた。
*
ゲイルの住む巨木の裏側まで全員が空を飛んで移動する。まだ慣れないガディエルはエレンと手を繋いでゆっくり飛んでいた。
「まだ慣れてなくて……エレン、ありがとう」
「でもガディエルは上手くなるのとっても早いよ!」
「そうかな? ただ、全然高く飛べないんだ。まだ怖くて……情けないよね」
「そんなことないよ。私も高い所を飛ぶのとっても怖かったもの。慣れるのに三年くらいかかってた気がする。今だって兄様達に抱っこされることが多いもの」
どこか高い場所を飛ぼうとすると、心配したロヴェルやリヒトやアークに抱っこされることが多い。
最近でもヴァンの背に乗るのがしょっちゅうだ。
「エレンでもそんなに?」
修行に出たのが八歳くらいだったので、恐らくそれくらいかかっただろう。ロヴェルと少しずつ練習したのを覚えている。
「ああ、こっちだ」
中央の広場から裏手に当たる根の近くに、大きな洞が現れた。中を覗くと、地下へと続く階段があった。
「じーさんとばーさんはこっちだ」
「風の竜を管理していたのはアウストルの祖父母なのですか?」
「ああ。それと……アタシのダチの祖父母……だな」
アウストルが背負った剣をちらりと見る。
確かに風の竜の住処の神殿はかなりの広さがあった。お世話係が大勢いたのだろう。
そんなことを思いながら、アウストルを先頭にエレン達は階段を降りていった。