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そのバイクは異様な姿をしていた。それはゴツゴツとした装甲板で覆われたオフロードバイクを改造したような車体だった。前輪は通常の倍以上の大きさ。後部には鋭い棘が生えたような排気管が複数伸び、黒煙を吐き出している。ハンドル部分には人間の頭蓋骨が飾られ、サイドには錆びた鎖や鉄パイプが取り付けられていた。ライダーは全身を皮製の防具で覆い、顔にはガスマスクを着用している。モヒカンでとげとげ肩パットをしていたら、あの漫画に出てくるアレになっていたのだが。
バイクの集団の一番後ろからバギーが現れた、車体の大部分が露出した鉄骨フレームで構成され、至る所に鋭い突起物が溶接されている。サスペンションが異常なまでに高く持ち上げられている。あれは実用性からか? かっこよさからか? 一際目を引くのは黒地に金の刺繍の立派で巨大な旗を掲げていることだった。『醍御鬼神』と記されている。漢字のようだが、何と読むのだろうか?
「……醍御鬼神(dioxin)の奴らだ!」
ダイオキシン。思わず眩暈がするセンスだ。連中の風貌にまさにピッタリな呼び名だった。トガリが大声を上げる。
「単車10台に四輪1台か……、アンタ、轢かれて助かったってのに、結局運が悪かったな! アンタが乗った車は地獄への直行便かもしれねぇぜ!」
こっちもワイルドだなぁ。
改造バイクの一台が車両の集団から凄まじい速度で飛び出してきた。瓦礫を器用に避けながら、時にはスタントのように巧みなバイク捌きで車体をバンの横にピタリと着ける。そのバイクの乗り手は被っているガスマスクを脱いで放り投げた。ガスマスクの下から現れたのは蛍光ピンクに染められた見事なモヒカンだった。
モヒカンだって? まさか、アレを言うんじゃないだろうな。
俺は半分期待しながらモヒカンの発言を待った。
モヒカンは釘バットを振りかぶり歯をむき出しにして叫んだ。
「ヒャー!! ぶっ殺してやるぜ!!」
惜しい。あと一声足りない。
「お前が死ね!!」
トガリがハンドルをきり、バンの車体をバイクにぶつける。バイクはバランスを崩し瓦礫に派手に激突し、運転手は宙を舞った。
「ノイ! オルガンでこいつら蹴散らせねぇのか!」
「こんなガタガタの道で外に出れるわけないだろ!」
追いついたバイクの群れがバンの車体に発砲し、銃弾が雨あられと降り注ぐ。まるで獲物に食らいつく狼の群れだ。金属を打ち抜く乾いた音が車内に響き渡り、ボディには無数の凹みが刻まれていく。後部の窓ガラスに弾丸が命中すると、クモの巣状のひび割れが広がるが、貫通はしない。それでも、ガラスの向こう側に見える追手たちの狂気じみた表情が、徐々に鮮明になっていくのが分かる。
「ねぇ、撃たれてるよ」
「防弾だ! 豆鉄砲じゃ抜けねえよ! おい、オルガンは車内から使えないのか!」
「ギャング共より先に焦げたトーストが2枚焼けるけど? それでもやる?」
「……くそっ、じゃあ、そこの小銃で援護しろよ!」
ノイは銃撃でガラスに弾痕がつくのを後目に、首を横に振ると再び肩を竦めて言った。
「長物持つのはボクの信仰に反するね」
「お祈りでもしてろお前は!」
トガリは額に血管が浮かべながら唾を飛ばして叫んだ。
襲撃者達の攻撃は防弾の窓ガラスを砕き、トガリに砕けたガラスが振り注ぐ。
「防弾じゃなかったの!? 安物なんか使うから!」
ノイは銃弾に当たらないよう頭を抱えて助手席で蹲った。
攻撃の嵐の中、俺は扉に身を隠すように隠れたり、時たま割れた窓から銃を構えて敵に向けたりして賑やかしに参加していた。銃口を向けられた相手は、焦ったように速度を落とし、射線から逃れようとする。少し楽しい。
「やれやれ……、やっぱり零細傭兵とつるむのは駄目だな……。ボクの能力を十全に生かすには、もっと優れたチームのサポートが必要だよ。これは今回の教訓だな……やれやれ」
「うるせーなこいつは!」
トガリは右手の短機関銃で襲いくる襲撃者に発砲しながら、左手でハンドルを握る。襲撃者が発砲した際には銃撃にさらされないよう頭を下げ、しかしすぐ頭を上げ目線を前に向ける。進路上の瓦礫や廃棄された車両を避けなければいけない。トガリは片手でハンドルを握り、もう片手の短機関銃で窓際の襲撃者を撃ち落とした。鉄パイプを振り上げていた男はバイクごと道路へ転落し、後方へ消えていった。
トガリは敵の攻撃が止んだ隙に、一瞬ハンドルから手を離し、素早い手さばきでマガジンを外すと、またハンドルを握り障害物を避け、タクティカルベストから小指と手のひらで替えのマガジン放り投げ口に咥え、咥えたマガジンを銃に装着し車のハンドルにコッキングレバーを押し付けて装弾した。
なんというマルチタスクだ。とても真似できるものではない。
窓から「くたばりやがれ! この阿婆擦れ共が!」と、バイクに乗った襲撃者が手榴弾をトガリの運転席へ放り投げる。
トガリはすかさず「お前がくたばれ!! 雑魚が!!」と叫びながら、短機関銃を卓球のラケットめいて動かし、手榴弾を叩き落とした。叩き落された手榴弾は、慣性の法則に従いバンとバイクに付き従うように地面ではねると、不規則な動きを見せ、少し離れた別のバイクのあたりで炸裂し、バイクの運転手を宙に舞わせる。運転手は地面に転がり後続のバギーの車輪の下に消えていった。トガリは「敗北を噛み締めろ!!」と、窓から中指を立てた。
「ねぇ! 道が塞がってるよ!!」
ノイの叫びとともに視界の先に現れたのは、巨大な瓦礫の壁。即席のバリケードが、逃走路を完全に遮断していた。
行き止り(Dead end)の文字が脳裏に走る。
「掴まってろ!」
トガリはブレーキを踏むのではなく、むしろアクセルを踏み込んだ。ノイの悲鳴が社内に響く。トガリは丁度ジャンプ台のようになっている傾斜を利用し空中に車を飛び出させ、瓦礫を巧みに回避した。ビューティフル。まるで映画の1シーンだ。映画だったらスローモーションの演出が使われたに違いない。
タイヤが地面を踏み、車体が跳ねる。サスペンションの悲鳴が聞こえた。しかし、車は転覆せず、四輪でしっかりと着地した。
衝撃で頭を天井に打ち付けたノイが呻く中、トガリは両手でステアリングを握りしめ、逃走のため、再びアクセルを踏み込んだ。
……急なアクセルでシートに背中に押し付けられながら、ある考えが浮かんだ。
この逃避行のなかで働いているのはどう見てもトガリだけではないか。
トガリの隣に座る黒髪の女性――ノイは助手席に身を縮め、頑なに顔を上げようとしない。『当てにしてないから、邪魔はしないでよね』などと、どの口が言ったのだろうか。