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評価してくれた人ありがとう
今日は一日ニコニコできそうです
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「はぁぁぁぁっ」
肺を思いっきり空気で満たす。美味い。
深呼吸する。空気だ。自由に吸える空気だ。何て美味なんだ。
地表との衝突から数時間後、俺はクレーターの中で飽きることなく空気を吸えるという幸福を満喫していた。
青い空と白い雲。何かが焼け焦げた刺激臭。なんて世界は美しいのか。胸が高鳴る。ここに寝転んでいるだけで、生きる喜びが全身に満ちていく。
「……」
身体に張り付いた土と黒い固まりを払い落としながら、熱でガラス化した地面から這い上がる。
足の下に大地があるというのが堪らなく心地よい。
クレーターの外はどこかで見たような光景だった。
砂利とタールを混ぜて道として地面を黒く舗装したもの……。アスファルトだ。アスファルトの道路のど真ん中。俺は交差点の中心部に墜落していたのだ。
割れたアスファルトの上に立ち、両側を見渡す。朽ちたビルが歯抜けのように並び、錆びた車が点々と道を塞ぐ。風に舞う紙切れ。看板は剥がれ落ちている。人の気配は皆無で、静寂だけが支配する。
……人工の建造物だ。明らかに現代文明の存在を感じさせるが、人がいない。
「だれかーー!!」
あらんかぎりの力で声を上げる。喉に痛みが走る。大気圏突入しても怪我一つなかったのだから、叫んだ程度で喉は怪我しないだろう。
「だれかーーーーー!!」
だれかーーー
だれかーー……。
崩れかけたビルに反響した俺自身の山彦以外に返答は返ってこない。よく見ればビルには爆撃の跡と思わしき穴、焦げ跡がいくつも残っている。まるで世界大戦、大破壊後の世界のようだ。
どこかに人間がいないだろうか。
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「いいね」
近くを探索していると、丁度『しまぬら』という衣料量販店があった。そこから調達した服を着て店をあとにする。裸のまま宇宙空間に放りだされていたので、服は着ていなかった。もしかしたら着ていたのかもしれないが、来ていたとしても大気圏突入で燃え尽きただろう。まぁどちらでもよい。これでストリーキングしなくても済む。
選んだジーパンは経年で少し生地が痛んで大分黴臭かったが、ジャストフィットしてよくなじむ。上に着ているのは黒いシャツはやたらと装飾されたフォントで英語の文字がプリントされている。
『☨☨ METEOR ☨☨
POSITIVE VIBES ONLY LIFE
DREAM CATCHER SOUL FREEDOM
ADVENTURE SPIRIT ALWAYS』
意味はよく分からないがデザインがかっこいい。気に入った。
ジーパンと英語があるということは、この世界は俺がいた世界と同じ世界なのか、それともパラレルワールドのようなものかもしれない。
近くの瓦礫に腰かけ、『賞味期限Ⅲ88.08.06』と書かれた缶詰を開ける。
「これ……いつのだ」
服を調達したときについでに見つけたものだ。この世界では、今が何年かわからないから、賞味期限が過ぎているのか間に合っているのかわからない。缶詰のラベルには『ドド肉』と書かれている。ドド肉。知らん肉だ。パラレルワールド説が信憑性を帯びる。
プルタブを引っ張り缶詰を開けると、甘酸っぱい臭いが鼻を突く。中には黄土色の肉が表面に浮かんでいた。中身は見た目だけでは何だったか判別できない。食べるべきか迷う。
正直食欲は無い。というのも、この体は食事をしなくてもよいからだ。漂流している期間も、飢えや渇きといった衝動がまるでなかった。しかし、あえて食事をしようと思ったのは、人間らしさを取り戻したかったからだ。宇宙で過ごした得体の知れない時間。そこでは呼吸も、飢えも、渇きも感じなかった。生きているのか死んでいるのか、自分が何者なのかさえ曖昧になる。
プラスチックのフォークを肉に突きさし、スープが滴る肉を口に放り込む。匂い通りの甘酸っぱい味が口に広がる。肉を咀嚼すると、ボソボソとした肉が口の中で崩れていく。まるでミイラか、カビの塊を食べているかのような味だ。
「うまい」
涙が出るかと思った。それがどれだけ古い食料であれ、どれだけ劣化しているとはいえ、それは人間のために作られた食事だ。味は関係ない。
宇宙の視点からみた地球や命というものは、荒れ狂う嵐の海の中で偶然生まれて一瞬で壊れるシャボン玉のようなものなのだろうか。俺もシャボン玉と共に消えてなくなることができればよいのだが。
感傷に浸っていると、俺の鼓膜がかすかな音を捉えた。
この重量のある音は風や自然の音ではない。明らかに人工物による音だ。
生きた人間がいる。その事実に俺は嬉しくなり、俺は道路に飛び出した。後先考えず飛び出したのは失敗だったといえる。突如、瓦礫の陰から車が姿を現した。
「おおおおい!」
車は通行人がいるのを予期していなかったのか、減速することなく直進してきた。運転席の人物と目が合う。そいつは驚いた顔で急ブレーキを踏むが間に合わない。
車両の前に飛び出した俺は当然のように車両の下に巻き込まれ、タイヤとシャフトにもみくちゃにされた後、地面に転がっていた。
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