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「 」
パニックの中にいた。
まるでドライアイスを全身に押し付けられているような、あるいは、バーナーで全身を焼かれているような感覚。熱いのか、寒いのかわからないが、身体中の表皮が激痛に苛まれている。
俺は叫び、助けを呼ぼうとした。だが、声は出ず息ができない。空気を求めて口を大きく開けた。しかし、俺の横隔膜は真空パックでもされたように肺を膨らますことすらできなかった。窒息の恐怖が全身を襲う。
不思議なことに、そんな状況においても意識は明瞭だった。酸素不足で頭がぼんやりするわけでもない。むしろ、かつてないほど冴えわたっている。体が呼吸を必要としていないかのようだ。この矛盾に戸惑いを覚える。
俺の置かれている状況がわからない。何か奇妙な……天使のような何かにそそのかされた気がするが、判然としない。
手足を振り回して何かにつかまろうと試みた。しかし俺の手は何も捉えることなく空をきった。何もない。深海の中にでもいるようだった。
「 」
ここはどこだ。死後の世界、地獄のような場所なのか。
周りを見回す。始め真っ暗のように見えた。しかし、それは見間違いだ。目が慣れると、眩いほどの無数の煌きが俺の網膜を刺し貫くのを感じた。
この無数の光は何だ? 白、青、橙、数えきれない数の鮮やかな光点達。
茫然と光を見つめて、はたと気づく。この光の正体は星だ。かつて見た幻想的な夜空とは比べものにならない圧倒的な光量。その光は攻撃的ですらあった。星々が立体的に、まるで手を伸ばせば触れそうなほど近くに感じる。
「 」
体を動かそうとすると、予想外の動きになる。ちょっとした動きで体が回転し始める。止まろうとするほど、複雑な動きになっていく。そうしていてしばらくして気づいた。重力が喪失している。体が宙に浮いている。でも、「浮いている」という表現すら正確ではない。上も下もない。方向の概念が完全に崩壊していた。
足元、頭上、前と後ろ。
見れば全ての面が星々で埋め尽くされていた。
戦慄が走る。
「誰か、嘘だと言ってくれ」と心の中で叫ぶ。俺は自分が置かれている状況をようやく理解する。
俺は宇宙に放り出されている。
一体何故こんなことに。
星々が俺を恐ろしい目で見つめている。
息が吸えないのは、宇宙が真空だからだ。
手足が虚しく空を切るのは、何もないからだ。
全身を焼かれるような痛みの正体は、宇宙空間が-270.45℃という極寒の冷たさだからだ。
星々が暴力的な眼差しを向けてくるのは、その眼差しから守ってくれる大気がここには存在しないからだ。
この絶望的な状況で、俺が即死しないのは一体何故なのか。
あの珍妙な格好の天使が手の中に掲げていた肉塊が思い出される。
『これはどんな攻撃も効かない無敵の身体です』
「 」
俺は叫びをあげた。
こんなのあんまりだ。誰か助けてくれ。