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「それで、言ってやったんだよ。……『てめーらのあらびきウィンナー喰ってやるから出せ』ってな。それで奴等が渋々出したのが……」


「ははは……。当ててみようか? ソーセージじゃない……ポークビッツだったんだろ?」


「当たりだ! ハハハ!」


「ハハハハ!」


トガリとの酒宴は今暫く続いた。飲み物はビールから蒸留酒にかわり、いつしか飲むペースもエスカレートしていった。グラスを交わすたびに、笑い声が大きくなり、ジョークも少しずつ荒っぽくなっていく。


ふと気づくと、トガリが押し黙り俺を見つめていた。酒の仕業か、頬がわずかに赤らんでいる。


カラン、と彼女のグラスの中の氷が音を立てて溶けた。


トロンと溶けたような眼差しが俺の視線と合わさる。しばらく不自然な時間、お互いに、まるで何かを探る様に、ただじっと見つめあっていた。


ふと、トガリの視線がゆっくりと下に落ちる。彼女の手が、静かに俺のテーブルに置かれた手の上にそっと触れた。


長い金色の睫毛が、俺の腕に触れそうなほど彼女の顔が近づいてくる。彼女の生暖かい吐息が俺の腕を湿らせる。彼女はまるで贋作のダイヤモンドを見分けるかのように俺の腕に視線を走らせた。


「……いや、マジで傷はおろか、痣一つないっておかしくないか?? あの爆発だぞ??」


トガリは俺の腕を見つめたまま、眉間に軽くシワを寄せた。そのまま俺の皮膚を指でなぞるように触れ、念入りに確かめた。


「やっぱり、変異体ミュータントか……? いや……遺伝子の変質じゃない……微小機械……いや、こんなのは聞いたこともない……」


彼女は「ちょっと見ていいか?」と断ると、返事も聞かずに俺のシャツをまくり、俺の皮膚に指を這わせた。くすぐったい感触が走るが、彼女は気にも留めず、じっと観察している。


「皮膚は硬い訳でもねぇし、むしろヤワな方だな……???」


酒場の客の一人が声を上げた。


「おい、トガリが男と乳繰り合ってんぞ!」


酒場全体にどっと笑いが起こり、トガリは一瞬にして不機嫌そうに振り返る。


「うるせーんだよ、馬鹿!」


トガリは息を付くと、自分の席に戻り、ショットグラスを軽く揺らした。


「悪い、ちょっと夢中になった」


そう言うと彼女は干し肉を齧りながら、ショットを一息に飲み干した。トガリは蒸留酒を口の中で味わいながら、まるで久しぶりの恋人に会ったかのように目を細めた。


「……、で、お前どうするんだ?」


「どうって?」


「お前壁外人アウトランダーだろ? この町にいるのか? ……おっと、グラスが空じゃねぇか。……飲めよ」


トガリが空になったグラスに蒸留酒を注ぐ。注がれた酒を一息にのみほすと、焼けるような熱さが食道を駆け抜け、鼻奥に香料の香りとアルコールの匂いが広がった。


「……これからのことなんて何も考えていないな。とりあえずは、人のいる場所にいたいとは思うけど」


「そうか」


トガリは頷きながら、手にしたグラスから酒が少しこぼれた。大分酔っぱらってんな。


「それならちょうどいいな。Scavengerスカベンジャーをやれよ。仕事なら山ほどあるぜ」


屍肉漁り……? 穏やかではない名前だな。


「ゴミ漁りみたいに思うだろ? あながち間違ってねぇけどよ。それ以外もやるぜ。金になるものなら何でもやる傭兵だ」


傭兵か。なかなか面白そうだな。


「トガリもScavengerなのか?」


「この店にいるのは大体そうだろうな」


トガリがその首にかけた銀色の認識票をチャリ、と指で持ち上げた。


辺りを見回すと、なるほど。合点がいった。がっちりとした体形の若い男女が多い。なるほど、首にトガリと同じようなIDタグを下げているのが皆Scavengerというわけか。


「こいつが欲しけりゃ、ギルドに行けよ。奴らにしてみりゃただで働き蜂が来てくれるんだ。新人歓迎のパーティクラッカーを鳴らしてくれるぜ」


俺は苦笑いを浮かべた。トガリはケラケラと笑った後、急に顔をしかめると、手に持っていた水を勢いよく一気にあおった。そしてそのまま酒気を払い出すように息を吐き、無造作に髪をかき上げると、微笑みながら言った。


「そろそろお開きにすっか」


「もうおしまいか?」


まだ話し足りない。まだいろいろと話したい。自分でも驚くほど強く湧き上がるこの思いに、なぜか胸の中がざわつく。


「ハハハ、そうだな。まだ飲みたいけどよ……。わりぃな。明日も早くから仕事があるからよ」


トガリは立ち上がると、背中をポンと軽く叩いてきた。俺が何かを言い出す前に、気配を切るように笑いかける。


「そのボトルはオレのおごりだ。オレはしばらく街を離れるけどよ。お互いくたばってなければまたつるもうぜ」


「……あぁ」


そう言いながらトガリは軽やかに店を後にした。腰がわずかに左右に揺れる。身体に密着した装備が歩くたびにかすかな音を立てる。


彼女が店を後にした後も、扉の辺りをぼんやりと視線を彷徨わせていると、不意に隣の席から男の声が耳に入った。何か言われた気がして、少し遅れて視線を向ける。


「へへ、兄ちゃん、あのトガリとヤルつもりだったのかい」


「え?」


隣で飲んでいたScavenger達だ。俺は話しかけられたことに嬉しくなり、はにかんで彼らに応答する。


「フラれたからしょぼくれてるぜ、この兄さん。へっへへ!」


Scavengerは俺に馴れ馴れしく肩を組んで酒臭い息で話しかけてきた。だが、俺はそんな彼らの行動に堪らなく嬉しくなる。


「俺は男のタマを潰された瞬間を人生で二度見たぜ。トガリを酔わせてヤろうとした哀れな男だ。一人の男で二度だ! ハハハハ!」


「ハハハ! 潰されなくて良かったな兄ちゃん!!」


「そいつはどうなったんだい?」


俺の顔に再び笑顔が張り付く。

彼らが言っているのは、俺がトガリに対して性的に魅力を感じてたと、そういう話だろうか。

いやいや。そりゃ誤解だ。俺が彼女に未練たらしい視線を送っていたのは、女性的な魅力とはまったく別の話だ。


だけど、別にどうでもいいか。

ボトルに残った蒸留酒を彼のグラスに注いでやる。


「おっ。悪いな」


俺の求めているのは、男と女とか、そういうことではなくて、別に誰でもいいんだと気付く。彼女じゃなくても。


「そいつは、ゴミ山で仕事してるの見たぜ」


「それは男の格好してたのか? 女の格好?」


「男の格好だ! まだ棒が一本残ってるからな!」


歯の黄ばんだオッサンのアンタでも。人間だったら誰でもいいんだ。



+++



何百時間ぶりのベッドだ。


何百時間?

……百でいいのか。千なのか、億なのか、それよりももっと上の単位なのか。もう俺にはわからない。


酒場には閉店までいたが、最後の方は俺と会話してくれるのはバーテンくらいなものだった。注文をしない俺に迷惑そうな顔を向けていたが、悪いことをしたと思う。


宿はあまりいい寝具ではなかった。

古い布が長年洗われずに放置されたような、どこか腐りかけたものが漂うような感覚。シーツは湿気を含んでいて、身体を乗せるとじっとりとした冷たさが肌にまとわりつく。


だが久しぶりの寝具だ。


一日の終わりというのも久しぶりの感覚だ。ずっと暗くて静かで、凍える冷たさが続くだけだったから。


外はまだ騒がしい。若者たちの甲高い笑い声が、狭い路地に響き渡る。途切れることのないざわめきが耳にまとわりつき、笑い声が弾けたかと思うと、誰かが喧嘩腰の声で叫び、しばらくしてまた笑いに変わる。その混乱の中で、酒瓶がぶつかり合う音や、甲高い叫びが響き、誰かが酔っ払って何かを蹴飛ばす音がかすかに聞こえる。夜は深まっているはずなのに、まるで昼間のように外は活気づいている。


俺は喧騒を聞きながら天井の模様を眺めている。

目を瞑る。


外が騒がしい。


まぶたの裏側を見ている。


眠れない。


眠る必要がないから。


瞼の裏側を見ている。


俺は気になってしょうがない。


今日出会ったトガリや、今、生死を彷徨っているノイ、他のScavenger達。


実際、彼らはよくできた発条仕掛け(ぜんまいじかけ)の華奢な人形のようだ。


彼らの命の終わりは一体いつなのだろうか。


醍御鬼神というギャング達。俺の手榴弾の炸裂で、目の前で死んでいった彼ら。彼らの死にざまが思い出される。爆風と破片で人体の皮が破けてバラバラになっていくいくさまが、彼の自慢の青いモヒカンが千切れて燃えていく様子が、脳裏から焼き付いて離れてくれない。


手榴弾の至近距離の直撃を食らったら普通はそうなるんだ。


不死の体を持つ俺は、一体全体、この先何人の人間の死を見送ることになるのだろうか。


俺は気になって仕方がない。


今日知り合ったトガリやノイ、酒を飲んだScavengerたち、そしてまだ見ぬこの町の住人たち。彼らは、いつ、どんな風に死んでいくのだろう。この星の人類がいつ消えるのか。この星そのものの寿命が、いつ尽きるのか。


太陽が寿命を迎え、この惑星が飲み込まれる光景が、頭から離れない。


そしてその後にやってくる、無限の地獄の時間が。


頭から離れない。


今日出会ったトガリという女性のイキイキとした笑顔が、彼女の溌剌とした生命力が思い出される。


美しい。瑞々しい命。

踏めば潰れるプチトマトだ。

すぐにかびて腐る生鮮食品だ。


どうにかして手に入れることはできないだろうか。

彼らと同じ時間を生きる方法を。

この不死の体の息の根を止める方法を。


俺は寝台の上でじっとしている。


瞼の裏側を見ている。


まるで眠気が襲ってこない。

眠り方を忘れてしまったようだ。


しばらくすると、数ミリの皮の向こう側が明るくなっているのに気づく。


瞼を開ける。


「あぁ、なんだよ」


もう朝か。


一区切りついたので書き溜めでお休みします。

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