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体中がひりひりする。
あの爆発の後、運転手と射手は文字通り木っ端微塵に爆散した。手榴弾の爆発だけではあんな派手な爆発はしないだろうから、エンジンに引火でもしたのだろう。
その衝撃で俺も車から放り出されて、バギーの残骸に巻き込まれた。
炎の熱気も、鋭い破片も、体を傷つけるには至らなかったが、おかげで服が焼け焦げ、体中が煤と汚れでボロボロになってしまった。鏡が無いからわからないが、きっとひどい有様だろう。
俺は燃え盛る残骸の中から立ち上がり、周囲を見渡した。トガリ達のバンは見当たらない。
無事に切り抜けられただろうか。バイク達の姿もないから、きっと車を追っていったのだろう。まだ襲撃の最中かもしれない。
だが、それも杞憂だったようだ。道なりに点々とギャング達の死体が連なり、黒こげになって横倒しになったバイク。灰や煤、地面の焼け焦げた跡が道しるべとなっていた。
これは一体何の破壊痕だろうか。アスファルトが抉れ、焼け焦げている。悪漢とはいえ、横たわる遺体も酷い有様だった。
この破壊の痕を追っていけば彼女たちの道筋を追うのは難しいことではないだろう。
興味深いことに、この体は疲れを知らず息切れもしない。当然か。酸素がない空間でも活動できたくらいだ。酸素で動いているんじゃなければ、一体どんな原理で動いているんだという疑問が沸いてくるが。
彼女たちが通ったと思われる道を走った。炎上する残骸を軽々と飛び越え、まだくすぶる金属の破片を踏みしめながら、荒廃した道を進んでいく。
しばらく走ったところで、道の先の方に見覚えのあるバンが止まっているのを見かけた。俺は足早に駆け寄りながら声をかけた。
「おぉい!」
あの後ろ姿はトガリだろうか。こちらを見ると、驚いた顔で口を開けていたが、俺の姿が見えると次第に笑みが浮かんでくる。
「なんてこった! お前生きてたのか! どんな手品使ったんだ!」
そう言いながら、肩を強くたたかれる。乱暴な行動と裏腹にこちらの無事を喜んでくれているようだ。
「怪我は? 補肉剤ならあるんだ。見せてみろよ」
「いや、手当は要らない」
「傷が無いなんてあり得るか? バカ言ってねぇで見せてみろ!」
俺の体をペタペタと触り怪我が無いか確かめている。その顔は次第に、心配している顔から呆れた顔に変わっていく。
「無傷だわ。……お前、変異体か何かか? 傷の治りが早いとか特殊体質の」
変異体。そういうのもあるのか。
しかし、この体について言及されるのは面倒だ。聞かれても説明できないし、説明してもどうせ理解されない。
「てっきりもう会えないかと思ったよ。待っててくれたわけじゃないんだろ」
俺がそう言うと、トガリが気まずそうに言葉を濁す。
「あぁ、いや……それがな」
彼女が視線を逸らし、俺も車の方へ視線を向ける。俺は思わず驚きで目を見張った。ノイが地面に倒れている。
「撃たれたのか」
「いいや、醍御鬼神の連中はこいつがオルガンで消し炭にしたんだけどよ」
消し炭? あの地面に転がる破壊の痕は、彼女の仕業だったのか? 確かに破壊の痕があった。彼女の背負っている機械……勿体ぶって頑なに使用しなかったあの装置によるものだろうか。
「車の上で転んだらしい」
それは締まらないな。
よくよく見れば、彼女の後頭部にオレンジ大のたん瘤が出来ている。たん瘤としては異様な大きさだ。……あの大きさのタンコブは大丈夫なヤツだろうか?
「この馬鹿、気絶してやがるんだ。どんだけ揺らしても起きねえんだよ」
「えぇ……」
思わず声が漏れる。ノイの寝顔は、まるでホラー映画に出てくる悪霊めいた表情だ。口をだらしなく開け、涎を垂らしながら、目は半開き。その様子は、どう見ても意識不明の重態のように見える。
「これは揺らしてはいけないやつでは?」
「あ? 何が?」
頭を打った人間を揺らすのは駄目だろ。常識がないのか。それともこの世界の常識は違うというのか。
「すこーー、すこーー」
その呼吸音はノイの気道から漏れる音だった。袋から空気が漏れるような不規則な音だ。
頭をうって鼾をかくというのは、確か相当重症なやつだったはずだ……。 本当に脳に損傷があるのではないだろうか。医療知識の欠片もない俺でも、これが普通じゃないことくらいはわかる。頭部外傷、脳震盪、もしかしたら脳内出血……。次々と不吉な言葉が頭をよぎる。
「おい、医者に見せたほうがいいんじゃないのか」
「ハハハ、こんなんで医者が要るならこの世界の人間は全員集中治療室行きだぜ」
トガリはまるでこんな事態は慣れっこだと言わんばかりに、軽く笑った。
「大丈夫。見てな」
そういうと、彼女はおもむろにノイの服を脱がし、胸元をはだけさせる。彼女の黒い下着と白い素肌が露わになる。白い胸元に黒子があるのが目についた。
……彼女は、一体何を見てろと言うのだろう?
「ちょっと支えててくれ」
「おっと」
ノイの後ろに回り、倒れないように後ろから支える。トガリは腰からガラスと金属でできた円筒状の器具を取り出した。ガラス部分には細かな目盛りが刻まれ、ガラスの中には謎めいた紫色の液体が満ちている。
トガリはノイの左胸を手のひらで覆うように触れると、胸をさぐるように手を動かした。
はたから見ればその行為は体を弄る痴漢のようだが、まさかこの場でそんなことをするはずがない。動きから推測するに、これは医療行為だ。肋骨の位置を探っているのだ。
「補肉剤は心臓に直打ちが一番効くんだってよ。……ちゃんと支えてろよ」
トガリはそう言うと、右手に持った器具を左胸の肋骨の隙間に宛がい、左手をハンマーを振り上げるように頭上に掲げる。
「うっ」
駄目だ。こういう生々しいのは苦手だ。思わず目を瞑ってしまう。左手を器具の上にたたきつける鈍い音。続いてタイヤの空気が抜けるようなか細い音が響く。恐る恐る目を開けると、シリンダーの中に入っていた紫色の液体が見る見るノイの肋骨の内側に注がれていく。
「うぎっ……ッ」
幽鬼のように空ろな目をしていたノイは、突如、焼けた鉄の棒を入れられたかのように全身を強張らせると、激しく痙攣を始めた。
それは、支えている俺が体勢を崩す程の凄まじい力だった。ノイの体は弓なりに反り、筋肉が憑かれたようにうねる。彼女の顔は歪み、目は白目を剥いている。
「うぎゃギャギャッッッ」
「うわああああ」
ノイの体は痙攣を続け、地面を打ち付ける。埃が舞い上がる中、紫色の液体が彼女の体内で光り、血管が浮かび上がる。これは治療なのか、拷問なのか、もはや区別がつかない。
トガリは腕を組み、自信満々にノイの様子を見守っていた。
「すぐ収まるから、体を抑えといてくれ。ドラッグ中毒者の禁断症状みたいだが、こいつは大丈夫なヤツさ」
「えぇっっ?」
俺は言葉のままにノイの暴れる体を抑え込んだ。彼女の手首を掴むが、まるで野生の獣のように激しく抵抗してくる。片方の手を押さえると、もう片方が自身の体を掻きむしろうとする。
「本当に大丈夫なのか?」
それは手のひらに収まるか細い手首だった。だがその腕から繰り出されるとは思えない猛烈な力が繰り出される。俺は彼女の腕を無理やり抑え込む。しかし、今度は彼女の脚が動き出した。どこかへ駆けだそうとしているかのように地面を素早く蹴り上げた。
「おい、暴れるなっ」
俺の裏返った声が響く。脚で彼女の脚を押さえつけ、四苦八苦する中、これで本当に大丈夫なのかと、ふと横目でトガリの様子を確認した。
さっきまで自信に満ちていた彼女の表情から笑みが消え、眉間にしわが寄っている。そして、俺の耳につぶやきが届いた。
「あれ……間違えたかな......?」
この状況で「間違えた」とはどういうことだ? ノイの体は相変わらず暴れ続け、俺はただ懸命に押さえつけることしかできない。