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「マジかよ」


破裂音が鳴り響き、空気が揺れる。ノイとトガリは思わず身を屈める。二人は顔を上げ、背後の光景に言葉を失った。


「あいつ、どうなった??」トガリは絞り出すように呟いた。


ノイは無言で、煙の立ち昇る方向を凝視していた。悪漢達が乗っていたバギーは炎と煙を吹き上げ、単車に乗る周囲の男達はざわめき混乱の中にあるようだった。


「自爆したように見えたけど、わからない、煙と炎で」


トガリが信じられない様子で同じ言葉を再び呟く。


「マジかよ」


二人の心内こころうちにあるのは、大きな疑問符だった。男の行動は身を挺した自爆攻撃にしか見えなかった。「いい考えがある」と自信満々に出て行った男が考えなしの自爆攻撃を行ったというのも不可解だ。そして何より、出会ったばかりの人間のために命を投げ出すという、この崩壊後の世界ではありえない行動が彼女たちの混乱に拍車をかけるのだった。彼は自己犠牲の精神の持ち主だったのだろうか。それとも、目論見が外れただけのただの間抜けだったのか。


「ボクはただの間抜けだったと思うね」


トガリは頭を掻きながら、「ノイ!」と声を上げた。


「間抜けでもなんでも構わねえ。壁外人アウトランダーが、体張って作ってくれたチャンスだぜ。逃すんじゃねぇよ」


「勿論」


今このとき、ギャング達の注意は爆発したバギーに向いていた。ノイが行動を起こすには絶好の機会であった。

ノイは静かに窓の外へ体を滑らせ車の天井へと登ると、背中の装置を起動した。甲高い駆動音、そして腹に響くような重低音が、装置から突き出たパイプから鳴り響く。一音一音が幾重にも重なり合い、複雑な和音となって耳に届く。


『Oscillating Reality Generator And Neutralizer』


それはORGANオルガンと呼ばれる装置である。量子革命によって生み出された超自然現象制御装置。ノイの背中に装着された光沢のある金属製の筐体から、幾筋もの細いワイヤーが伸び、彼女の後頭部プラグの神経系統と直接接続(Jack in)している。この技術は、使用者の脳波と量子もつれ現象を利用し、現実の物理法則を局所的に書き換える能力を持つ。つまり、使用者は超能力のり手、物理法則の支配者となるのだ。


ノイの周囲の空気が一変する。それは超能力の才能が無い者にもわかるほどの変化だ。ノイをピラミッドの頂点とする、この場における存在の序列の書き換えが行われる。


トガリ達を追う者は、残り6人とそのまたがるバイクだけだった。彼らは敗北を予感しながらも、撤退を行うことをしなかった。ドラッグをキメこんで気分上々(ハイ)になっているからというのもあるが、それ以上に彼らを縛ったのはギャング『醍御鬼神(dioxin)』の鉄の掟によるものだ。隊長をベロナメされた以上、尻尾を巻いて逃げ帰っては私刑の対象となる。

誇りをもって生き永らえる道は、トガリ達の首級を上げることだけだ。


「淘汰上等ッッ!!」


単車に乗った面々は虚勢を吠えたくった。わずかに残った恐怖をドラッグのスモッグで覆うと、地獄のアクセルを引き絞り、仇敵の乗るバンへと殺到した。


対するノイは、車上で静かに襲撃者達を待ち受けた。周囲の空気が急激に帯電し、特徴的な金属的な臭いが漂い始める。この匂いは、雷雨の前触れを思わせた。静電気によって周囲の塵や小さな破片が浮遊する。髪の毛は逆立ち、衣服にも静電気が走る。近くにいる者なら、皮膚に微かな刺激を感じるだろう。


「誰を相手にしているのか、教えてあげるよ」


ノイは、先程まで縮こまっていた姿から一転し、余裕に満ちた態度で尊大に薄く笑った。


襲撃者の射程に入り、銃を構えるのを余裕をもって見届けると、ノイはその右手を振るった。それは羽虫を払うような軽い動作だった。その一振りの瞬間、空間から猛烈な稲妻が放たれた。その稲妻の電圧は約1億ボルト、電流は約3万アンペアという自然界の雷と遜色そんしょくない威力だ。稲妻は一瞬で30,000℃まで空気を加熱し、閃光となってバイクの群れへと突き進んだ。


「『二重奏にじゅうそうのノイ』 ――ボクとやり合うんならデス・マシーンでも連れてくるべきだったね」


ノイの独白は、自身の放った轟音に掻き消される。車内のトガリは思わず顔をゆがめる。雷は爆撃じみて地面ごとバイクを2台蹴散らした。その様は「車内で使えば焦げたトーストが出来上がる」というその言葉以上だった。


放電の持続時間はわずか数マイクロ秒。しかし、そのエネルギーは5ギガジュールに迫り、小型爆弾に匹敵する破壊力を持つ。バイクに激突した雷は、金属を溶かし、タイヤを気化させた。ガソリンに引火し、車体はもはや爆弾と化していた。

乗員は皆、Well doneウェルダンな焼き加減となった。つまり、ステーキでいえば、中心部まで茶色に、肉汁が出なくなるまでという具合だ。


「淘汰上等ッッ!! 淘汰上等ッッ!!」


仲間が吹き飛んでもわき目も降らず、尚も迫るバイクに対し、ノイは再び手を振る。二度目の爆音。今度は三台が吹き飛んだ。


「ひぃっ!」


残った一台は、ノイの放った爆雷により、脳にかかったドラッグの霧から解放され我に返ったようだ。

そいつはブレーキを握りしめ、速度を落として道の真ん中で停車する。


ノイは最後の一振りのために腕を振り上げていたが、戦意を喪失した最後の一人が遠ざかっていくのをみつめて退屈そうな顔をした。


「賢明だね」


しかし、その運のいい一人は自分だけ生き延びた後悔からか、あるいは、なけなしのプライドがそうさせたのか。

射程外とわかりきっている場所から、遠ざかるノイとバンに対し銃弾をばらまいた。

その銃弾は、ノイにはおろか、車にすら当たらない。最後っ屁のつもりだったのか。形ばかりの攻撃だ。


一体、なにをやってるんだ。ノイの呆れた溜め息が空気に溶ける。


「まだそこ、ボクの射程内なんだ」


見逃がしてやろうと思ったのに、と呟きながらノイが指を振り落とすと、乗員の真上から雷撃が乗員に落ちる。ノイの視点からは豆粒ほどの大きさのバイクと乗員が、炎に包まれ横に倒れる。


襲撃の残党6人は全て黒焦げとなった。


「すげぇ…」


一連の出来事の目撃者であるトガリが、感嘆の声を上げる。


「報酬分の働きはしたんじゃないかな?」


角度的に顔は見えないが、得意げなドヤ顔をしているに違いない。これほど圧倒的な力を見せられては、トガリも今までの見苦しいふるまいを水に流し、素直に称賛の声を上げるほかなかった。


しかし、言いかけたところで、陥没した道路に乗り上げ、車体が大きく揺れる。車上で得意げにふんぞり返っていたノイは体勢を崩し、車の天井に後頭部をしたたかにぶつけた。


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