16話「後悔の味」
「『魔』の……権限者っ!……それって……」
エルダは直感的にこの状況がまずいと判断した。それは、エルダだけでもないはずだ。
気がつけば、今まで見えていなかった衛兵が宙を浮いている理由も明らかになってくる。
ーーー鎖が、あのアルビアという女性の後ろから何本も出ていて、人形を操るように衛兵に刺して動かしている。
「なるほど、理解した。あいにくだが、我々は『無』の権限者を逃している。たった今、対策を立てていたところだ」
「…………本当に?あなた達は『無』の権限者と当たったということ。つまり、この近くに居るのね?それだけでも大豊作だわぁ〜」
あの権限者である、アルビアは喜ばしいように声のトーンが一つ上がりながら手を頬に当ててにこにこしているのがこちらからもわかる。
チョーカー隊長には、せめて衛兵の後ろに回るように周りの衛兵が提案しているのものの、まだ聞くことがあるような顔つきをしていて。
エルダには、現状を把握するので手一杯だ。打開策を考えるべきか?そもそも相手に戦闘をする気はあるのか?相手の能力は?その周りの奴らの戦闘力は?
疑問しか頭の中の中に出ないエルダを待つことなく、状況は動き始める。
「わかったならば、早々に撤退してもらいたい。我々はあいにくパーティの準備はしていなくてね」
「んふふ、まだ終わりなんて誰も言ってないでしょう?我々はこの後、エルデ・アナストラルを追って学園まで向かうわ。やっぱり、そう遠くまでは行ってない、まだ『秘宝』の回収も済んでいないということだわ」
「ーーーほう、それが我々となんの関係が?」
「あなた達衛兵には、私たちの行動の邪魔をして欲しくないの。あと一週間、あなた達には学園との接触、侵入を禁じて欲しいわ〜」
相手の要求、つまり自分たちの目的を果たすまでは衛兵は介入するなということ。学園を孤立させながら、権限者という脅威に対して衛兵がなにもしないこと。
そんなことをすれば、衛兵の名がガタ落ちだ。それになにもできないということはその学園の生徒に傷がついてしまう。
「もし断れば、この状況が動くと?」
「ええ。私たちはもう既に準備万端よ。それにどうやらまだ傷は完治していないようだし、素直に従って欲しいのだけど」
たしかに、相手の言う通りだ。『無』の権限者との戦いで受けたダメージが完治している者は少ない。
さすがに、この状況は仕方ないんじゃないかと、エルダは感じていたが、
「すまないが、その提案はのめない。我々は衛兵としての責任がある」
「…………そう。なら、実力で黙らせるしかない……でしょ?」
その瞬間に、隣にいた背が高く、そして赤いラインが入りながらも黒く、紋章のような柄がついた悪魔のような装備をつけた女性が一気に移動し始めた。正面に向かって思いっきり加速し、一瞬にしてチョーカー隊長の前に出る。
「ひひっ、てっぺんはあんたかい?てっぺん討てば、私たちの勝ちだよねっ?」
「させるかァっ!てっぺんの前におれっち達を倒してからにしろよなァ!!」
「くっーーー!ふふっ、あんたも面白そうじゃないか!」
その女性は腰から一つの棒のようなものを取り出し、その棒は伸びていけば、紫色の鎌へと変化する。
チョーカー隊長に向けて、その鎌を振り下ろそうとした瞬間、横からネアが高速で蹴り技を腰に入れていく。が、相手は猫種の速さに対応して鎌の平に足を当てて防御した。
ーーーネア先輩の攻撃は確かに相手に予測されるようなものじゃなかった、なのにそれを軽々と防御。相手の自力はかなり高い。
そんなことを考えている間にも時は止まらず進み続けていく。
「ーーーしゃらァっ!」
「久しぶりに体動かすんだから、これくらいの相手じゃなきゃウォーミングアップにもならないよっ」
ネアは縦横無尽に駆け回って、相手の周りをただ回るだけではなく、斜めに時折瞬間的に動きながら相手を翻弄していく。そして、相手の隙を叩き込むように爪を構えて突撃するが、それは相手にバレているように防がてしまう。次第にそれを何度も何度も繰り返すが同じ景色になってきていて、
「そろそろ飽きてきたねぇ、そのちんたらしてる攻撃もっ!」
「ぐっ!てめぇァっ!どこがちんたらだってェっ!ーーーはぁっ!?」
相手の挑発に乗ったように飛びかかったネアに対して、それを崩すように鎌の持ち手がネアの腹部に直撃。ネアを一撃で吹き飛ばした。
しかし、それだけでは終わらないようでーーー
「オスワルドジン!……灼熱」
相手の女性は何かを唱えれば、鎌の先端が燃え盛り始め、そのまま空気を切断すれば、衝撃波がネアを切り刻もうとしていて、
「ネア!!おらよっっ!ぐぅぅっ……」
横から入ったゲンがその灼熱の斬撃をハンマーで打ち消す。埃が舞うがそれはすぐさま払われ、大きな巨体が現れればビビらない者は少ない。
ただ、相手が悪いようでどこまで不敵な笑みを浮かべ続けている。
「おい!なんかあたしの邪魔が多いな!突っ立ってないでやってくれよ!なぁ?」
相手の女性は大きな声で、戦いの様子を眺める『魔』の権限者の軍へと声をかけた。
今まで見つめているだけだった軍が動けば、この状況は非常に不利になる。それはまずいとエルダ自身も理解している。
なのに、この震える脚はどうして動かない。
「……っ、なんで、なんでまたっ……」
脚を叩いても、前に進めない。気持ちは前に進んでいるはずなのに、まだっ……
「しゃーねぇなぁ!ったく!人使いが荒いババアだなクソっ!ひゃっはぁぁぁ!!」
「くっっ……なんだてめぇ!俺はお前に構ってる暇はねぇんだよ!」
エルダが動くよりも先、軍のもう一人がゲンに向かって飛び出した。
そいつの手はクローのように爪になっていて、猫種のような戦闘態勢がゲンに傷をきざもうとする。
が、その猛攻をゲンは上手く対応し、ハンマーを回しながら全ての攻撃に対応、完封していた。
だが、それはあくまで一方向を対処するだけの場合だ。
「あんた、横がガラ空きだけどあたしは刺していいのかい?それとも奥のお嬢ちゃんから殺そうかねぇ……?ふふふっ、鎌使いの『ガラ』、命を頂くわ」
ゆっくり鎌を回しながら、ゲンと倒れるネアに近づく『ガラ』という女。このままでは、二人とも殺されてしまう。
ーーーそうだ、まだ衛兵はたくさんいる。三級、四級兵のみんなもいる。それにクロエ先輩だってーーー
「ーーーっ!?」
「……あなたは、弱き者。私はあなたの創造者。あなたの生きる全てを作り上げた権限者よ。いい?あなたは私のもの……」
クロエの方を振り向けば、クロエは杖を構えていたが、目は虚ろになっている。その原因は、クロエの肩を掴み、耳元で囁くように話す『魔』の権限者、アルビア・ニヒルのせいだろう。
完全に、それはマインドコントロールされたようにクロエ先輩は手を掴まれ、ゆっくりアルビアと歩き出し始めてしまう。
まずい、まずいまずいまずい。動かなきゃ、みんな戦ってる。
既に魔物やあのガラという女にも立ち向かう者もいるが、全て返り討ちにされている。
それに対してエルダの足、震えの答えはNOを繰り返していた。
「なんでっ……わたしはっ…………また……このままじゃっ」
あの時と同じだ。『無』の権限者の時と同じで、何も出来ないまま犠牲を生むことにーーー
「ーーーエルダ!!お前がやるんだろ!!お前は強い!自分を肯定しろ!!」
「ーーーっっ!!」
後ろから、喝を入れる声ーーーナルミが、なんとか足を動かしてここまで辿り着き、エルダに大声を出した。
それを聞いて、エルダの心臓は一呼吸入れれば、何かが動き始めた。
ナルミが、伝えてくれたものは……託されたもの、あの後悔も、
ーーー私が、ケジメを全てつけると決めたじゃないか。逃げたくないとあれほど、思っていたじゃないか。
「さぁ……子猫をさっさと殺しーーーっ!?はぁっ!?」
「はぁぁぁ!!」
エルダは猫種よりさらに一段階早く動けば、ガラの鎌が届くよりも先に剣の鞘をガラの腹に当てて、そのまま蹴りを入れて吹き飛ばした。
「くっ……今更動き出したのかい、小娘。あたしの邪魔することに震えてたのに、遅すぎる登場だねぇ?」
「……えぇ、遅くなりました。でも、もう逃げたくないって……決めたんです」
「そうかい?ほんとにできるなら、今だって動き出してるだろう?ーーーてめぇには無理なんだよ」
「…………っ!」
ガラはゆっくり立ち上がりながら、こちらに語りかけてくる。それは、私の心を見透かすように、強い言葉をかけてくるのだ。
正直、自分の決意などとうの昔にしていたはずなのに、今回もダメだった。
ーーーいつ、私は乗り越えるのだろう。
「ガラ空きだよばぁぁか!」
「……っ!くぅぅっ!」
そんなことが頭によぎることで、ガラは瞬間的にエルダの前に移動し、鎌を勢いよくこちらに振り回す。
これをなんとか避けるが、エルダは反撃することはできない。
「そうさ!あんたは変われない!そのまま地獄を見ても動けない!小娘、あんたは一生そのままだ!はっはっは!!」
「黙って……!わたしはっっ!これから変われる!!クローズドオン!!」
相手の鎌に対して、剣を勢いよく引き抜いて、上手く平を合わせれば、エルダを包むように炎が展開され、ガラとエルダの一騎打ちの場が広がる。
ガラはそれを見てもにやにやとするばかりで、獲物を見ている目を変えることは無い。
「ははっ!あんたはそんなに強いのに怖い?そんなことは無い!小娘、あんたは戦うことが怖いんじゃない!戦うことから逃げてるんだよっ!その目、それは後悔の目だねっ!」
「くっっ!黙ってください!私はっ、戦うことから逃げてなんてっ!」
「鈍ってるぜ?なぁなぁ!」
悪魔のような女、ガラ。その言葉に刺さるものがあったのか、エルダは動きが少しづつ鈍くなってきてしまう。
気づけば頬に鎌の先端がかすれて、少し傷が生まれてきてしまっている。
「おらぁっ!ひゃっはぁぁ!!」
「ぐぁっっ!」
そんなことを気にしてるうちに剣が手から滑るように一瞬離れてしまい、その隙に相手の蹴りを食らってしまったエルダは、炎より先へ飛ばされ、壁に激突、剣でなんとか膝をついている。
「ガラ、カル、そろそろ行きましょう?人質も回収した。もちろん邪魔すればわかるわよね?」
「はいよ。じゃーな小娘!お前はそこで永遠に過去に囚われてな!」
ガラはにやりと悪魔のような笑みをしながらエルダに指を指し、『魔』の権限者の元へ帰っていく。
アルビアの手には、クロエ先輩がいた。あれが、人質のようなものか。これで衛兵を動けなくさせるつもりらしい。
「はぁ……はぁ……っ!待てっ!私はまだっ……!証明しないといけないんだぁぁぁぁぁぁ!!!」
「クロエっ…………おい!エルダ!行くな!」
アルビアと合流した、ガラやゲンと戦っていたカルという男は、アルビアが生成したワープゲートに突入していく。魔物達もそのまま入っていき、一気に相手の軍が撤退していく。
ーーーあいつに言わせたままなんて、絶対に許せない。それに、クロエ先輩だって連れ去られた。全部全部私のせいだ。
エルダは一度走れば止まることがない。相手に挑発に乗ってしまうように、震える足を立ち上げて高速で動き始めれば、ナルミの声が届いていないように走り出してしまう。
そのまま剣をしまって腕を前に、光から目を守るようにクロスさせてワープゲートへと突入しようとーーー
「ーーー全部、私がやらなきゃダメなのに」
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「ーーーっ!チョーカー隊長!どうしてエルダを止めなかったんですか!あなたが全力を出せば今のだって!」
ナルミはなんとかチョーカー隊長のところまで近づけば、相手の服を乱すように揺らしながら必死に問いかけていた。
「ーーーエルダは、これからまた一つ変わる。衛兵もまた、これで変わるだろう。わかっているだろナルミ?あいつに足りてないものを」
「ーーー『強者ゆえの、責任』…………」
掴んでいた腕を離せば、苦しそうな顔でボソッと言うナルミがそこにいた。
「すぐに、エルダの位置を特定せよ。おそらくそう遠くまでは行けないはずだ」
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「ーーーっ、ここは……」
エルダは光に包まれたあと、気づけば意識が途絶えていたようで、動かない足を何とか力を入れて動かせば、周りを見る。
地面の感覚、そこは校庭の真ん中のようで、エルダはそれを見て、感じてようやく気づく。
ーーーここは、どこかの……学園?第二都市の学園……
その場所が、『上級学園ディスパリティ』だということに。
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