9話「明るい心刺し」
(ーーーー思い出して)
なんだ、なんか聞こえてーーー
(思い出して。あなたは死を生み出す『無』の権限者ーーー)
女性の声、何かを脳に語りかけてくるーーー
(あなたの存在は、絶望以外の何も生まない。あなたはずっと、誰かを不幸にし続けるずっと不幸にずっと不幸にずっと不幸にずっと不幸にずっと不幸にずっと不幸にずっと不幸にずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと)
うぐっ、黙れ.........
(ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと)
黙れぇぇぇぇえええええええ゛え゛え゛!
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突然現れた大きな拳に、体が吹き飛ばされ、もう人がいなくなった観客席に飛ばされる。
「アルさん!!」
有村明梨はその吹き飛ばされる速度と、血がばらまかれたことに驚愕し、観客席に飛ばされたアルの衝撃で埃の煙が炊かれている場所から目を離せない。
ーーー有村明梨にとって、アルが負けることがどれだけまずいことか。相手はアルと同じ詠唱方法、つまり火力自体はアルと同等レベルの可能性が大きい。魔術を出す速度も尋常ではなかった。
「望……あなたがなぜ……っ」
そしてなにより、一瞬写った女性ーーー有村明梨自身の妹、有村望の姿。明梨も手がブレてしまうほど、その姿は鮮明に写った。
望を鮮明に写し出せる魔術。その鮮明さは確かに会ったことがなければ不可能に近い。
「つまり……望を殺したのは……アルさんと同じ詠唱、火力、速度……権限者……!」
ーーーあの男、なのか
明梨が望の『強さ』とその『性格』を知っているからこそ、この男が殺した可能性も無くはないと冷や汗をぐっと押し殺して。
「私ーーーじゃなかった。僕の魔術は君の速度じゃ追いつかない。心に穴が空いている君では尚更ね?」
「あなたは……何が目的なんですか」
震える体を、唇を噛み締めてなんとか止めて有村明梨は目の前に余裕の姿で立つ男に問いかけると、男はニヤリと笑いながら、
「僕?僕はねぇ……『秘宝』の回収。エルデ・アナストラルが持つ秘宝を在処を探りに来たんだよ」
もう1人の、秘宝を求めた男が目の前にいることを露わにした。
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(ーーーーゼロポイントは、『秘宝』を集めることで開く。秘宝という物は各『権限者』が持っているものだ。それを君には集めてもらい、自らでゼロポイントを開いてもらう)
ーーーあぁ、そんなこと言ってたな。あの黒い男が。僕の体はどうなった。
赤く染る観客席に倒れる体がピクリと一つ跳ねるのと同時、有村明梨は目の前の男と対峙している。
「……あなたも、権限者ってことですか?神無月無唯斗ーーーアルさん然り、権限者にはろくな人間がいないのですか」
「僕達は既に人間じゃないからね。僕は『魔』の権限をもつ者さ。名前は『テトラ・アルビア』、『魔術師』の方が名が通るかもしれないね」
「……アルビアっ!?…第一次魔界戦争で虐殺の限りを尽くした権限者が、魔術を使うものと聞いたことがあります……!あなたはその張本人……」
「そうだよ。なんか気づけばそんな酷い呼ばれ方をされてるの。本当に僕は可哀想だと思わない?僕は正義のための制裁を尽くしているだけなのに」
有村明梨は、第一次魔界戦争での被害者の三分の一を魔術師の権限者が殺害したという事実を知っていた。この話は歴史を学べば必ず知るほど、魔術師の権限者は名が広がっている。
ーーー力量の差がある。さすがに一対一では勝てる見込みが少ない。私にできるのか。負けない方法はーーー
そんな思考が有村明梨の脳内を駆け巡るが、焦りと緊張が思考を固めてしまう。なんとか手元に硝子の花を少しづつだが生成するが、こんなものでは足りない。
火力が、速度が、一つ一つの精度が、練度が。
その悔しさで、明梨は唇を一つ噛む。
「……アカリ……」
「……っ!ミミさん!あなただけでも、下がってください。私には、一つの命を繋ぐので手一杯みたいです」
「……ごめん。ミミが、友達に……落とされて……それで……」
今まで放心状態だったミミに軽く視線を送れば、ミミには昼間ほどの明るさが存在しなかった。なんならば、そこには闇に包まれた影が存在しているまでだ。
ミミも、一人の人間なのだ。
確かに、事の発端はミミの落下である。恐らくミミを突き落とした者たちは友人では無い。
ならば、私がせめてもの友人でありたい。
「大丈夫ですよ。ミミさんを落とした人は、それはもうお友達なんかじゃないです。ミミさんは優しい。だから人一倍責任を負うと思います。傷つくことも多いと思います。だからーー」
「……っ!?アカリ!!ダメだよ!!」
「ーーーせめて、その優しさと笑顔だけは守らせてください。下がって、私が前に出た瞬間です」
明梨も、ミミの暗い顔を見たくない。笑顔でいて欲しいと、なぜかあの短時間で思えた。
この正義感はどこから来ているのだろう。わからない。けど、せめてもの抗いくらいしてみようと思う。
「紅葉葵の銀花。ドゥード」
明梨は覚悟を決め、目の前の男を睨むように正面を向いた。
明梨はアルが飛び出す前から生成していた花を合体させ、手の中で感情のままに花を生成し広げていく。権限者の男の方を向く明梨の周りに、赤く広がる硝子の花が輝いている。
「やっと終わったかな。お遊戯会?お話し合い?僕はそういうの苦手でさ、待つのも苦手。早く僕の魔界路の糧になって死んで欲しいと思うよ!せっかちで悪いね」
「私はアルさんが救いようがないほどに、この世で一番の悪の存在と思っていました。でも、殺すことを躊躇しないアルさんと、それに加えて楽しむあなた。私も数時間でこんなに振り回されると思ってなかったです」
「ふーん。どうせやるなら楽しませてよ、僕自身を振り回す哀れな子羊が、僕の心を!君の全力で!苦し紛れに抵抗する獲物のようにね!!」
アルビアはそう言うと同時に魔法陣をいくつか生成し、同時に地面から何体かこのコロシアムの床と同じ性質の鎧を着た兵士を出してくる。さらに、地面からも何個か魔法陣が作られている。
明梨は赤く染る硝子の花を正面に向けると赤い花は広がり、彼女を守るように無数に散らばっていく。一つ一つが硝子の性質だけではなく、花の性質でさらに火力が増すことでアル同様に魔法陣や兵士を貫通していき、
「ひひっ!来いよ!僕のことを殺して見せろ!!!」
「くっ……望のため……ミミさんのためっ!」
「行かないで!!アカリ!!!ミミを置いてかないで!!!」
明梨は片足を一歩を勢いよく踏むと全速力で走る。ここで駆け抜けなければミミにもターゲットが向いてしまう。できる限りの全力で、自分にできることを。
もちろん不敵な笑みを浮かべるアルビアが眺めるはずなく、さらに魔法陣を生成すると、光弾を発射してくる。
まずはお試しと言わんばかりに数発飛ばされてくる。
「ーーーっ!!」
「おお!捌くねぇ……」
明梨は体をひねらせて光弾を避けると、二発目に硝子の花を当て、三発目を無理やり体を動かして避ける。
顔に微かに当たったことで、明梨の頬に少し傷が付くが関係ない。
アルビアはさらに光弾と、兵士を増量し追い討ちをかけようとするが、それは明梨の体術と硝子の花にすべて捌かれる。
「ほぉ、さすがだ。楽しいよぉ……」
(貯めていた全てを消費してもいい。今はできる限りを、全力を。望を一瞬見て思い出した…………あの子が諦めたことなんてない!)
気づけばもう距離が近くなってきた。兵士は首を硝子で貫けば倒せる、光弾の位置、地面から出てくる柱も避けて、光弾を捌いて貫いて避けて避けて貫いて躱して走って避けて貫いて首元を狙ってすぐに花を取り出して止まるな進め一秒も無駄にするな避けろ貫け魔法陣の位置は走れすぐにもっとだ速度を出せ柱を避けろ光弾だ避けろ貫けこの位置はもう一度だ貫けすぐだもっと早くもっと避けてもっと感じろもっと捌けもっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと
「くひっ、面白い!面白い面白い面白い!!!もっと抗え!もっと僕に味あわせて!その希望に満ちた絶望の種を!!」
明梨が意識を持って見た景色はもう既に目の前に男が立っていた。
ーーー近づいた、これなら届く。
明梨は硝子の花を高速で剣に変化させて、男の首元を狙う。できる限りの全力で、剣を振るった。
「ーーー『魔』の権限。大技、方周光生波」
なにか詠唱した、この瞬間に。
だが剣の方が早い。このまま振りかざしてーーー
「一般人が、僕の全てを捌いた気にならないで欲しいな」
「ーーーあ」
気づけば、明梨の剣はアルビアの後ろから生成された魔法陣から出る黒い拳に止められていた。明梨の火力で超えれたはずの魔法が、今回は超えない。剣がこれ以上、彼の首元へ進まないのだ。
それだけではない、魔法陣を貫いていたはずの尖った硝子が貫かなくなる。
「言っただろ?僕からすれば……君は獲物だ。遊び道具でしかないんだよ、さようなら」
アルビアの声は、一つトーンが下がり、顔には笑みを浮かべていた。幸せの、まるでおもちゃで遊ぶ子供のような笑みだった。
それに加えて、彼が詠唱したものは、こんな拳ではない。
明梨の周りに無数の魔法陣があり、その魔法陣が光り始めている。
光弾が出てくる。いや違う、詠唱であればそんなもので済ますわけがない。しかしこの距離ではアルビアも巻き込まれてーーー
「ーーーな、」
アルビアが、消えた。
おかしい。切ろうとした時にはいた。どこへ行った、後ろか。
明梨が後ろを振り向けば、大量の生成された兵士が囲んでいた。これでは、逃げられない。その先、兵士達とミミの間だ。アルビアがにっこりと笑っていた。
ーーーミミさんは、逃げてない。泣いて、こちらに手を伸ばしている。だめだ、間に合わない。
あぁ、本当に遊ばれていたんだ。あのままでは、ミミさんは……きっとこの後殺される。
私の人生は、友達すら中々できなかった。
王家の人間で、私の覚悟と優しさというのは人を守れない。誰にも勝ることはない。希望を見ればこれだ。
あぁ、もっと普通に生きたかった。




