3話「ココロオドル」
「ーーーがァはッ!?」
衝撃を与えた体はもちろん、奥の平野へ飛んで行く。
片足からから着地した少年ーーーエルデ・アナストラルは目の前の驚きを隠せない明梨を助けた所である。
「大丈夫か。かなり危ない様子であったし、死んでもらわれると君の妹に合わせる顔が無くなる」
「ーーー大丈夫です、助けられたのはほんとなのでありがとうございます。でも、今度こそ私が……!」
まだ少し震える体を無理やり起こし、歩もうとする。
傷から見てもわかるが、一度の攻撃であったとはいえさすがに戦えるとは思えない。それに、目の前の男はーー
「ーーーいッてェな。さすがに不意打ちァ卑怯だろォがァ」
まだ全然戦えるといったところだ。詳しく戦いを見ていたわけではないので、彼が何を使うのかはわからない。
今、明梨に戦わせては命に関わる可能性の方が高いと見れる。
「よせ。その傷じゃまともに戦うことすらできない」
「違う。私のことは気にしないでください……私がやらなきゃ……私が……」
片手で明梨の体を止めたが、止まろうとはしない。手から感じる。前へ進もうとしているのだ。
「……なにをしてくればいい。僕が代わりに引き受ける。戦いになった理由があるだろ。その傷じゃ僕のことすら殺せない」
「……くっ。女の子が一人、奥の木々に捕まってます。その子を助けて。お願いします…...」
その悔やむような目からわかる感情が、アルの中の少年に響かせる。
「邪魔したからには殺してやるよォガキ。必ず殺すァ。いてェしつれェしうるせェからよォ!!」
一方目の前の男はやる気満々と言ったところだ。ナイフを取り出し、倒れた体を再び起こし始める。
「やけにあっさり僕に頼むじゃないか。さっきの調子だと明らかに僕には頼む気配なしだったのに驚きだよ」
「……自分の傷くらい自分でわかります。それに、私とあの男では相性が悪すぎた。あなたの力を見るためにも、仕方ないことです」
「ーーーそれはどうも」
目を細め、男へと向き直す。
力を見る。自分がやりきれないこと気持ちを晴らすのに丁度いい相手がいる。この目の前の男だろう。
「やるかァ!デーモンハンドイリュージョンの幕開けだァ!!」
地面から数本の手が闇の魔法陣だろう地面の位置から出てくる。その手はもはや悪魔の手と言っていいだろう手だ。爪は尖り、肌はがさついている。
彼にも、後ろの少女にも少し見せとくべきだろう。
ーーー本当の強者を。
「『無』の領域解放。ジェネレートオブナッシングネス」
この場の空気は無へと変わり、全てを無くす力となる。変わる世界に気づく者は少ない。
「領域解放……そうかァ。てめェ権限者だなァガキ。丁度探してたもう一人はてめェなんだァ。運がいいにも程があるぜェ!」
「同時に不運だろうな。お前は僕には勝てない。僕の力が強すぎて申し訳ないくらいにな」
「調子に乗んなよォガキがァァァァ!!」
目の前の男は勢いよく両腕を前へ向け、自分の持つ『手』を操作する。
無数の腕はこちらへと牙を向けてきた。まさに『悪魔の手』。速度は増していき、アルすら飲み込もうとする。
「バカだな。お前やっぱ」
一つの手がアルを掴もうとするが、それは無へと変わってしまう。
見えない壁は、アルを掴もうとする手を無きものにした。
ーーーこの無数の手には穴がある。間が綺麗にあの男へ繋がっているのだ。
「ーーーーはっ」
アルは手を払うと、何本かの腕が同時に消滅する。しかし、無数の腕は終わらない。ならば、
「飽きたな、その技!」
目を鋭くさせると、その場から勢いよく前進する。
姿勢を前へ傾け、速度を上昇させる。
なんとか食らいつこうとし、操作される無数の腕はアルを捕らえようとするが、その間を華麗に避けていく。目の前に腕が阻もうならば手を払い、消滅させていく。
「ッ!くッそがァァァ!当たれェ!当たれッて言ッてんだァ!」
どれほど男が願おうとも、それが叶うことは無い。無に等しいのだ。
その彼との距離はいつの間にか目前と化していてーーー
「ーーー終わりだよ。『無』の権限。大技……」
男の目に映るのは、一人の少年と『無』だ。
アルの手は、男の体に触れていて……
「空式乱無波……!」
力強く、大地を踏みしめるような1歩を前へ、そして相手の体は突然宙へと浮く。
「うぐッーーーー!!!!」
彼の体に穴を開けるようなイメージを想像することで、彼に十発ほどの『無』をぶつけ、体を押し込む。もちろん受けた体は流れるように吹き飛ばされ、宙へ舞った。
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「これが僕の力か……僕の……やはり素晴らしい!」
体制を整えた彼に起こっているのは生の実感だった。
ーーーこれが、僕が感じた、アルが感じた生き甲斐なのだ。この復讐が、この痛みが、この力の証明こそ己が生きる価値なのだ。
……ケラケラ
笑う。彼の心は震え出す。
ケラケラケラケラ
目つきは貪欲に開く。彼の心の乱れを止めることは無い。
ケラケラケラケラケラケラケラケラ
全てを無に。変わらぬ世界に絶望を。
ケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラ
そうさ自分が変えるのだ。心の中の少年が、死に絶えた少女が『望む』全てをこの力で全部変えるずっとどこまでも変えなきゃ何度も変わるどこまでも一生何度もどこでもずっとなんだってずっとずっとずっと変える変える変える変える変える変える変える変える変える変える変える変える変える変える変える
「はははははハハハヒハハハハハハハ!!!!!」
手を広げた少年は空を見る。この満点の青空を。どこまでも遠く、手の届かない空に向けて手を広げる。
気づけば彼の顔は目つきの変化だけでは無く、口元は裂けそうなほど笑い、表情筋は明らかにおかしくなっている。
「ちょっと……神無月無唯斗……そんな笑う前に救ってください少女を……っ!」
彼女が託したはずの少年はたった今笑い続けている。彼女から見ても明らかにおかしい。必死に歩き、どうにか近くまで来たものの、やはり足は思うように動かない。
「神無月……無唯斗……」
ケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラ
「無唯斗……」
ケラケラケラケラケラケラケラケラ
「ーーーっ!無唯斗くん!」
ケラケラ……
彼に響いたのは、どこか聞いたことのある声。それは優しく、傍で聞いていたい声であった。今は遠いような、そんな声でーーー
「…………っっ、」
必死に上げた手を顔に当て、考える。
ーーーー今の自分が怖い。何があった。確か誰かを飛ばした後で、なにかが自分の思考に入ったのだ。明らかに自分の意識は途絶えさせられ、体は自然に疼いていた。それは神無月無唯斗ではなく、おそらくーーーー
「大丈夫なら……早く彼女を助けに行きましょう……」
「さっき、僕のことを……」
「ーーーーあなたが、帰ってきたならよかったです。もう一生言いませんから。早く行きましょう」
ふん、と言った様子で不自由な足を無理やり歩かせる。機嫌は明らかに悪くなってしまったらしい。自分の考えより、目の前の有村望の妹の目的を果たさなくては。
少し歩く先、血に染まった服で木に刺さっている少女がいる。
「救う、僕が……」
「ーーーー隙やりィ!!」
ーーーなにか、聞こえた。なにかが、この場に男性の声が聞こえることは一つしかありえない。
ナイフを持つ男が突然、アルの首元にナイフを振っていた。
力強く握られていたナイフは震えながらもこちらに矛先を向けている。
目を見張った明梨に、震える目を開く木に刺さっている少女。
突然の出来事に対応できる者はたった一人だ。
「ーーーくっ!!」
苦しい体制だがよける術を瞬時に考え、体を平行になるほどに反らす。
この行動にナイフはもちろん当たることは無い。
「なにィ!?てめェまじーーー」
「くらえ!ーーー」
片腕に力と体の全体重をかけ、斜め上へ体を上げる。と同時に蹴りを入れるように足を伸ばした。
とっさのカウンターは男に命中し、蹴りを貰った体は吹き飛ぶ。
「君、諦めが悪いよそろそろ。君では僕には勝てない。不意打ちだろうとかかってこい。僕は君も復讐の内に入れてもいいんだぞ。」
着地したアルは手を払いながら、大技とカウンターのみでダウンしかけている目の前の男を睨みつける。
「うぐッ、クソがァ!姉貴に報告してやるァ!俺はァ絶対そこのガキもてめェも回収してやるァからこの俺、グラゼをォ覚えとけェ!」
「もう来るなよ弱者が。僕をイライラさせるな二度と!」
「ーーーーちッ」
男ーーーグラゼはどこかへ走り去ってしまった。体には傷がかなり付いていたため、流石にピンチな状況という判断だけはバカになってはいなかったのだろう。
「ったく。僕以外のやつは皆バカなのかほんとに」
「それより女の子!大丈夫ですか!?ナイフが刺さってる……」
自分の心配などもちろん無く、「おい、」というアルの声が届く前に明梨は少女の元へふらつきながらも走って行った。
少女は誰でも見ればわかるような苦しそう顔、これを見て心が痛む者は人間とは思えない。
「このナイフを抜いたら、血が吹き出す……もっと苦しんでしまう……でもそれしか……っ」
彼女が使える魔法は花のガラスの魔法。治癒魔法とはかけ離れすぎているためもちろん無理なのだろう。彼女自身も傷だらけで、引き抜けるかすらわからないというのに、
「……無理すんな。僕のことを居ないもの扱いしないでもらいたいんだけどね!」
「?、あなたの力なら、このナイフが抜けると?」
「抜くんじゃないよ、『無くす』んだ」
手を前に向ける男の前に、一つ救われる者が増えるのだった。
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「で、あなたはそれで満足なのかい?欲望は満たせたかい?満たせたのならもう終わりなのだがねぇ……」
黒いフードを被り、どこまでも続く蛇のような形のラインが入った青色の服を着た老婆は闇の中、一人の男に爪を立てながら問いかける。
「姉貴……ですがァ、奴はやっぱりいますよォ……力見たら俺にもわかったァ……」
震え、そして傷のついた体を無理やり折りながらしゃがむ彼は恐れているようであった。なにか、『悪魔』にでも話しかけているように汗が止まらない。
「そ〜かいそうかい。じゃあ、私が見なきゃねぇ……この小さいお目目でねぇ……」
杖を機敏に動かしながら、慎重に歩いていく老婆の後ろ姿はなにかの闇を感じるようであった。
「ーーーーチッ」
舌打ちが、この空間に響いた。
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