2話「泣き声」
ーーーーは?
明梨ーーーこの少女が言うことが本当ならば、この話が明らかにおかしい事になる。
記憶をめぐらせてもやはり、屋上に現れた男は教会と言っていた。
「ない……だと……」
「はい、どこを探してもないんですよ。あなたの嘘は」
まずいーーーその言葉が思考を駆け巡る。
ここでのアルの信用はおそらく皆無に等しい。それに加えて今の話が嘘であるなど常人なら永久に関わりが無くなると言っても過言ではなくなる。
一番、有村望に近い存在と距離ができてしまう。
「僕が聞いたのは本当だ!教会の位置は詳しくは聞いていないが、この学園にあると聞いたんだ!」
アルはわからない。
人の夢や将来を壊してきたこの男は、自分の信頼を得る方法などもってのほか。自分が思っている言葉を並べるしかできない。
ーーーはっきり言えば、どうすればいいと聞きたいくらいだ。
「それが嘘なんですよ?もうほんとに私はあなたを許せはしない。お母様を悲しませ!信頼の妹すら消し!私すらも今から消そうとするのですか!」
「違う!僕が殺す全ては僕の中に眠る少年の復讐だ!記憶はなくともそれを間違えることは無い!」
「だったらなぜ嘘をつくんですか!なんで信頼がないのを理解してまで嘘をつくのですか!やはりあなたを許せない!ーーーーーーミラーサファイアレンス!」
ーーー今の一瞬で何かを唱えた…?目の前の少女は手を合わせ、足を広げて提唱した。
これにはアルも戦闘態勢へ移らなければ死ぬというのがわかる。
明梨は一つの瞬きで目の色を変えた。それはガラスのような、薄い水色。割れてしまいそうな綺麗な目だ。
合わせた手を広げていくと、そこには無数のガラスの結晶が広がる。その結晶は次第に開き、大きな華になった。
「傘針の銀華!ドゥード!!」
それは世界的にも珍しいとされる、山荷葉のように広がる。
そしてその華の先端は次第に鋭くなり、満開に咲いた。
「ーーー!」
完全に咲き、華の形をしたガラスの葉は突然全方向へと放たれる。
その特殊な攻撃を体を逸らしながら回避していく。足元に飛んでくるものは高いジャンプで回避。しかし、別の方向に広がっていたもうひとつの華はまた生成され、空中にいるアルを貫こうとする。
華は再度開き、ガラスの結晶を飛ばした。空中にいるアルはもちろん、周りの木々にも当たる。
死ぬーーー頭を貫かれる。殺される。
「ーーっ!無の領域解放!ジェネレートオブナッシングネス!!!」
空気は次第に無くなる。全てが、無に包まれる。
手を伸ばしながら力を解放させると、ガラスは砕けてしまう。ギリギリである。
回避のため回転した体に力を入れ、受け身をとりながら着地。
ーーー一瞬反応が遅れていたら、死んでいた。ここで戦闘をしては望の姉を殺すか、自分が死ぬかしかなくなってしまう。
望が許すのか、復讐でもない人間を殺すのか。邪魔でもない、心の中の少年が恨んでもいない相手を殺すのか。
「……っ。僕はこの力で君とは戦いたくない!復讐に君の死は必要ない!僕の言うことを信じてくれ!」
「力……やはり昨夜の事件も!その前の学園もやはりあなたが主犯で……!そんな人を信用しろと!ふざけないでください!」
再度腕を構え、明梨は再び華を生成しようとする。
殺すしかないのか、話し合いでは解決できないのか。昨日までの自分では考えもしなかった題に解決策など出てくるわけが無い。
「私の……最大火力で……」
華の数は先程の一つどころか七つにもなっていた。今すぐにでも止めなければ、森林すら粉々になりそうな勢いである。
「僕は……っ……どうすれば……」
決断を迫られるアルは焦りを隠せない。
殺すのか。自分が死ぬのか。相手を生かすか。どうする。どうすればいい。どうするんだ。どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするーーー
「私の!奥義でーーーーー」
「ーーーーくっ!」
受け身の体勢をとったアルに攻撃が来る直前、
「ーーーーー!!」
何かの爆発音がした。その音はもちろんアルにも、明梨にも届いたのだ。
目の前の少女の手は止まった。驚きからは逃れられないだろう。
「なんですか、今の音……」
「はぁ……さあな、僕にもわからない」
体は反射的に受け身になった。もちろん人間の反射的な行動かもしれない。しかし、アルがとった行動にはもう一つ、また何かが疼いたのだ。
そんな事を考えていると、明梨は爆発音の方向へ歩き出した。
「ーーーどこへ行く」
「わかりますよね。あそこでなにかがあって、もしかしたら助けを求めてるかもしれないんですよ?とりあえず向かいます。あなたは着いてこないでください」
着いてこないで。その一言はかなり重い。
そう言った彼女は走って行ってしまった。実際、あの音は普通では起きない音であった。
今回の第一印象は最悪と言っても過言じゃない。彼女にとって大事な妹の記憶すらなくなって、更には嘘つき。この世の終わりの人間のイメージしかつかないだろう。
ーーーーだからと、彼女一人に向かわせていいのか。
音、そして肌に感じる気配が収まらない。昨夜の衛兵との戦いの始まりも、この気配が教えてくれた。
彼はまた、自分に問いたのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
風が自分を止めようとする。
音へ向けて走り出した明梨は、方角こそわかるが、原因はわからずにいた。
「神無月 無唯斗が原因でないとすると、別の場所での戦闘…?事故?だとしても中々通らない道……おかしい……」
もちろん今までもこの道を進んできた。しかし、この街でここまで連続しての事件というものは見たことがなかった。
姉の死、学園と都市での虐殺事件、そして今進んでいる事故らしき物。
ーーーーこれを解決すれば皆の誤解は、少しは解けるだろうか。
そんなことを考えながら、目の前の光へ進んでいた。光の元へ行けば、この視界を妨げる木々はなくなり、少し草原が広がるだろう。
「ーーーーー!?」
走っていた足が止まった。それは、草原の元に一つの脅威が存在していたからだ。
「っちったァ落ち着けやガキ。わんわん泣きわめきャ手間が増えるんだァガキ。なァ?」
「うっさーい!ミミがヤダって言ったらヤなの!とっとと離せー!」
そこには小学生ほどの身長の子供の胸ぐらを掴んでいる男が立っていた。
足をばたつかせている所を見ると、明らかに両者納得の場面ではなさそうだ。
「あなた達……なにをしているのですか?」
「あァ?」
「私が見る限り、あまり良い雰囲気とも思えないのですけど。」
「見たらわかるだろァ。このガキに用があんだこのガキ。邪魔すんなよ嬢ちゃんよァ」
灰色の髪、鋭い目付きによく居るチャラい服装をしている。世論的に悪の部類に入るだろう男だ。それに、腰に着けているのは『小型のナイフ』。これは確信犯だろう。
一方少女は学園の制服を着ている。同じ学園なのか。それともたまたまつけているのか?それは考えずらい。
クリーム色の髪の中、目立つ所はその頭に付いている『耳』だ。茶色で少し立っている耳は獣のようだ。
「その子、嫌がっているように見えるのですけど。それにあなたは健全な男性には見えない。その子を離してもらえないですか」
「俺も引きに引けねェんだよァ。ちったァ時間かけすぎちッてよァ。事情すら知らねェ嬢ちゃんならァ、素直に帰ってくれやァ」
「嘘つき!ミミが出せる物なんてもう無いもん!話すことなんてないもーん!!!」
よく見れば、少女の体には傷が多々付いていた。先程の爆発音はそこから来ていたのか。
手の中。ガラスの華を一つ生成する。
「帰らなければ、あなたはどうするのですか」
「ーーーそりゃあ殺すに決まってんだろァがァ。だから帰れやァ」
「ーーーなら、丁重にお断りさせてもらいます!」
手に広げていた華を正面へ持っていき、展開させる。
瞬時に展開された華はそれまた美しく透明で、同時に狂気と化している。
「向日葵の銀華!ドゥード!」
先程とは違い、向日葵の形のガラスの華。そしてそのガラスの破片というのは一斉に正面に立っている男へ飛んで行った。
「ーーーったァ、また手間が増えたじャねェかァ」
目の前の男は一瞬にして手にある少女を後ろへ投げ、ナイフで胸の服を貫くことで少女を木に止めた。
「っぁ!いだい゛い゛だいーーーーー!!!」
少女は体から出る血と、その痛みに叫んでいる。体を動かすが刺さったナイフは抜けず、血が溢れるのみだ。
「あなた!こんなことをして!絶対に!」
「お楽しみはこれからだよォ!デーモンハンドイリュージョンの幕開けだァ!」
「ーーーーー!?」
男が人差し指を立てた瞬間、地面から数本の手が出現する。その手はガラスの破片全てを防いだ。
よく見れば奴の人差し指には銀色かつ紫の石が埋め込まれている指輪が付いていた。
…完全に防がれた。ならもう一撃ーー
「……くっ!薔薇の銀華!ドゥード!」
左右にふたつの華を展開させる。それぞれのガラスの破片と化した葉が、散らばり、男へめがけて様々な方向から迎え撃つ。
「久しぶりだなァ!暴れるのはよォ!」
しかし、地面から生える腕はガラスの華から出る葉をほとんど防いでいく。
守りきれない葉は彼を貫こうとするが、彼はステップを利用し、回避していった。
ーー次だ、次を出さなくては。
彼の戦闘能力は高いことは目の前を見て理解している。華を作るスピードを早くしないと、追いつかれーーー
「ーーーおッせェよのろまァの嬢ちゃん」
ーー彼を見た時は距離があったはず。なのにどうしてそんな速さで、
瞬間に男は明梨の目の前へやってきた。蹴りの構えは明梨を吹き飛ばそうとする。
「飛べやァ!」
「うぐッーーーーがはッ!」
明梨の体は後ろに広がる木々に向け蹴り飛ばされ、叩きつけられる。
痛みは体中に広がっていく。叩きつけられた体はうつ伏せになり、手足は衝撃で震える。
ここで立たなければ、奴は少女を連れて行ってしまう。殺されてしまうだろう。立て、立て、立ってくれ、立て立て立て立てーー
「……立て、立てッ……立ってッーーー!?」
「口外禁止なもんでなァ、嬢ちゃんに見られたからには終わッてもらわなきャ困るんだなァ」
そこに立つのは悪魔ーーーナイフを片手に明梨へ向ける男だ。
立ち上がろうと震えながらも片足を地につけた明梨だが、その首元にはナイフが待っていた。
明梨の汗が一つ、地に落ちた。死がここまで近くなった時、人は行動など不能になってしまう。思考よりも先に、焦りや恐怖が体を蝕むのだ。
ーーー死ぬのだ。この瞬間に。
「死ねやァ」
「死んどけ」
ーーーなにか、聞こえた。そこに聞こえたのは明梨でも、目の前の男でもない。
もう一つの、『無』だ。
「あァ?今誰がーーーーはァがッ!?」
男の首を横から蹴り飛ばす、神無月無唯斗が現れたのだった。
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