1話「道の隣に」
「…………っ」
ビルの屋上。少年は一人目覚めた。
この少年はただの少年ではない。白く、金色のラインも引かれている服を着ている白髪の少年。彼はこの「第二都市」で大虐殺を行った張本人である。
彼はこれからの人生を棒に振るような行動をしてしまった。そんな彼は今、とあるビルの屋上で一夜を明けた。
このビルは高く、十階ほどはある。その屋上から見えるのは絶景の他にもある。
「……さて、向かうとするかな」
目の前。それはある地点を境に広がる森林。その奥。ひとつの建物が見える。
城のような建物は三つほど塔が見え、真ん中に高い建物が見えた。
それこそ、
「……あいつが言っていた、学園ってやつか。僕には全く見えないけどね」
第二都市の戦いの決着。それは一人の男の乱入によって着地した。その男はこの世界の中心、『ゼロポイント』に神無月無唯斗の友人である『有村 望』が生きているという情報を言い出した。
ため息混じりに一言言うと、体についている埃を払い、歩きだそうとする。
ビルの屋上から見る景色は絶景という程ではないが、ある程度は見渡せる。ましてや街の一番外側のビルだ。自然の景色が広がるのみ。
降りようとしたアルの目に、一つ気になるものが目に止まった。
「ーーーーうぅ。くるしい……うぅ……」
ホームレスと言っていいのだろうか。ボロボロの服のまま横たわっている老人を発見する。
「ーーーーちっ」
アルは舌打ちをすると、老人の元へ飛び降りた。
着地を見た老人は驚くが、そんなものを無視してアルは老人の元へ歩く。
「じいさん。苦しいのか」
「なんじゃあ……上から来たのか……幻覚が見えるほどわしも老いたのか……」
「苦しいのかと聞いているんだ」
アルは右腕を老人へ向け、手を開いた。
「見てわからんか。苦しいにきまってーーーーーー!?」
体中にあった傷が無くなった。一瞬にしてだ。それだけでは無い。栄養が不足しているだろう足は立てるまでに治り、空腹すら無くなっていた。
「お主……何をしたんじゃ……」
「礼はいらない。じゃあな」
そう言うとアルは後ろーーー学園が見えた方角へと歩いて行った。
アルはここ最近、人を助けてしまうことが増えた。それは神無月無唯斗という内なる記憶を見た弊害が出ているのだろう。
「僕は……なんでこんなことを……」
傷つく人を見た時に、心の中にある一つの『何か』が叫ぶのだ。それは彼の中に眠る少年だと、わかっていた。
だからこそ、第二都市で起こした大虐殺を思い出すと胸が痛む。その時は何も感じていなかったが、今思い出すと何かが辛いのだ。
「……気にするな僕。僕なりに殺していけばいい……」
そう誰にも聞こえない声で言うと、前を向いて空へと飛んだ。
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「な……なんだと……」
アルは今、上空から森へと侵入を試みている。
森というのは複雑な道でできているため、アルはそれを避けて上空を通りたかったのだが、それは叶わない。
見えない壁ーーーそれがアルの通行を妨げているのだ。
「ーーーー!」
一発殴ってみるが、やはり森の上空へ入るのは不可能だった。
「なら、どこから行く……」
上が無理なら下ーーー森へ入っていくしか無かった。森を消せばいいとも思ったが、自分が近づいた時点で消えてないため、この森にも不思議な力が加わっていると思われる。
「この僕が……森を歩くだと……」
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「ーーー神無月無唯斗、なんであなたがこんな所にいるんですかと聞いてるんです…………人殺し」
そして現在、過去の自分である『神無月 無唯斗』を知る人物に会った。
「……僕について知っているのか?」
「知っているもなにも会ったことがあるじゃないですか。ーーーもしかして忘れたとでも言うんですか?」
目の前の少女の目が睨みつけるような、恐ろしい目に変わった。
会ったことがあるなど、もちろん記憶にはない。実際神無月無唯斗の記憶を見た時にも彼女のような少女はいなかった。似た者としては有村望くらいだろうか。金髪の少女であり、ここまで顔やスタイルも良い人など有村望しか知らない。
アルの中に眠る少年、神無月無唯斗を知るのならば、ここで殺していくのはどうなのか。
「ーーーどうして僕を助けなかった。あれだけの悲しみに包まれていた僕なんで助けなかった」
「言っている文脈が謎なんですけど、あの時説明してなかったのは私がいけないです。私は有村望の姉、有村明梨です」
姉ーーーその言葉を聞いたアルは目を丸くする。
神無月無唯斗を知るどころか、今救おうとしている有村望の姉というのだ。すぐにでも殺さなくてよかったとほっとしているのと同時に、疑問も生まれる。
「姉なのはわかったが、人殺しとは、どういうことなんだ。僕は彼女を殺した記憶はない」
「あなたに会いに行ったのが妹の最後なんですよ?あなたが男として守らなかったんですよ?それなのに怒るなと言うのも正気には思えないですけど」
人殺しーーー彼が守れなかったのは事実なのは記憶を見た時に理解している。睨む顔が変わらない彼女はその光景を見てはいない。
「悲報と言ってはなんだが、僕には神無月無唯斗の記憶はほぼ無くなっている。君の妹と話した記憶が残っているだけだ。人殺しと呼ぶのはやめて頂きたい」
「ーーー私をもう怒らせないでください。私の方も少しは気をつけますが、出てしまった際はすいません」
暗い顔に変わりはない。そんなに自分と話すことが彼女を傷つけているのか。
「君は、これから学園へ行くのか」
「そのつもり、というかそれしか私には行くところがないので。あなたも上級学園へ来るのですか」
「あぁ、そのつもりだ。なぜ大通りの道を使わない。こんな森の中の道を使う必要性がないだろう」
この森は明らかに道として使う者はいないだろうという道だ。
目立つ、という面で避けた大通りを使うのが普通であり、この道を通る彼女は謎でしかない。
「ーーー痛いところを突きますね。私が大通りを通ればそこらの学生は狂気に満ちたように私を汚すでしょう……」
「それはどういうことだ?」
「ーーー私は、嫌われ者ですから」
その声は重く、同時に辛さを持つように言った。
彼女の瞳は森の影と重なるように暗くなっている。その光景にアルは息を一瞬止めた。
ーーーなにが、彼女を苦しませているのだ。
そんな考えがアルに浮かぶ。また彼の体の中に眠る少年はアルという一人の男を動かそうとする。
「嫌われ者……それは君が何かしたのか」
「あなたに言うことではないです。妹に聞いていることと思っていましたが、信頼はそこまでいかなかったということですね」
信頼、望の心は神無月無唯斗にどこまで傾いていたのか。そこまではアルが見た記憶では掴めなかった。それ以前に彼女が無唯斗に話しかけたこと自体が謎である。
だが、もし彼女が心の中の男を信頼していたとすれば、
「信頼はわからない。だが僕は彼女が生きていることを知っている。信頼されていなくても、彼女のためにここまで来たんだ」
「妹が生きてる?何を言ってるんですか。私は目の前で冷えきった妹を見たんですよ?冗談でも嘘なんてやめてください。ましてや大切な人、私じゃなかったら終わっていますよ」
怒りは伝わる。彼女からしてみれば、大切な妹が死に、そのそばに居た男が生きているなんて言ったのならば怒るのも必然的だろう。
だが、あの夜に現れた男の言うことが本当ならば、その怒りは収まるはずだ。
「嘘ではない。僕はゼロポイントというところで望さんの魂はあると聞いたんだ。それについての話を、この学園の教会で聞きに来た」
それを聞いた目の前の彼女ーーー明梨は、驚きと共に影がかかるのをアルは肌で感じた。
沈黙は、何を生むのか。
「…………やっぱり、嘘じゃないですか。本当にあなたはどこまで最低で、最悪の人間なんですか」
「なんだと?僕は嘘など一言も言っていない!僕が伝えたことは僕が聞いた全てだ!」
謎であった。確かに現れた男は彼女は生きていると言っていたはずなのだ。それを信じるしか道はなく、その道を信じて進むと決めたのだ。
どこが、なにが、嘘なのか検討もつかない。
息を飲んだ明梨は、ため息混じりにアルへ言い放つ。
「ーーーこの学園に、教会なんてものはありませんよ」
この真実の、『穴』を。
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遅くなりました!プロットの見直しと書き直しを合わせた結果1週間くらいかかってしまいました。これからこのくらいのペースになると思います!