9話「僕≠自分」
この教会の中にいる一人の男、一人の女性はそれぞれは扉へと歩き出す。
「人類には通常のなにも能力を持たない通常種と、戦闘や日常で使える能力を持つ『特質者』と呼ばれる人類がいる。それは多種多様、無数にいるものだ」
一歩一歩に歩音が鳴る。女性はファイルを一つ持ちながら、男性は両手を下げながら歩いている。
「しかし特質者の中にも特別な者が存在する。権限者...それはこの世に限られた者しか持たない『究極』の力。こいつら『アビレヴェル』が使う物は魔法ではない。権能だ。その権限者一人一人が各地にいるのだ。ある者は動き、ある者はその地を統治する。わかるかい?ジェルよ」
教会に立つ灰色の服の男は黒服で眼鏡をかけた女性に話しかける。
男のガタイは強く、大きい。そして40代ほどの老と引き締まった顔つき、鋭い目をしている。
女性の方は緑のショートヘアに細い体。眼鏡からは影で目は見えない。
この教会は1階しかなく、座席も両サイド四つずつの計八つになっている。
この教会唯一の窓、そこから入る光に照らされる教会の真ん中にある階段。それを1歩づつ降り、また目の前の扉へと歩いている。
「ある権限者は旅をし、魔界戦争によって作られた世界の中心となる『ゼロポイント』に辿り着こうとする。それはもう少しで始まる。ジェル、『無』の権限を持つ少年がいる第2都市への移動の支度を」
「了解しました、マスタージェノス」
世界の時計は動き出す。各地にいる権限者も、空を見上げていた。
炎、水、森林草、光、闇、剣聖、剛拳、魔術師、雷、氷、零、そしてーーー
有と無。権限を持つ者が各地でまた、動き始めていた。
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校庭に1人立つ少年は、少しづつ歩き始めていた。1歩1歩の重さを感じながら、目の前に広がる惨劇に、笑顔を再び見せる。
「はやく!避難してください!はやく!」
遠くから聞こえる。衛兵の増援だ。
衛兵の中には人間の他にも特異種と呼ばれる動物達もいる。
パワー特化でガタイもそこそこの獣種、スピード特化と身体の小さい猫種、特異種の中で唯一魔法が使える犬種など様々な特異種がいる。
ここに集まるのは七人ほどの衛兵。それぞれの者が戦闘態勢へと変えていく。ある者は爪を出し、ある者は魔法陣を展開させる。
「……くくっ。実に僕を楽しませてくれるじゃないか!僕の強さを見せつけるいい場だ。世界へ制裁をっ...っっ!っ!」
笑いながら歩く少年の足は突然止まり、頭を押さえながら膝をつき始めた。
「……くっ!……っ!」
(だめ!お願いだからやめて!彼を傷つけないで!)
頭に響く声がする。女性の声。自分が求めていたような、なにかを思い出させるような声が聞こえる。
(誰もそんなこと望んでない!私は彼を信じる!彼が進む道を信じる!)
遠くから誰かの声が聞こえるが、何を言っているか分からない。女性の声は鮮明に聞こえてくる。響いてくる。
どこか聞けば苦しくなる声。それはどこかでーーー
(無唯斗くんは!私が望む未来を作ってる!彼はきっと!私の夢を叶えられる!お願い!無唯斗くん!あなたを信じてるーーー)
響いていた声は途切れ、痛みが引いた少年は立ち上がる。
「……僕の味方をしてくれる人なんて、昔もいなかったじゃないか。僕が信じる道で世界を滅ぼす」
向かってくる衛兵は走り出す。
「犯罪者!世界の平衡を壊す愚か者め!己の罪を考えろ!そして償え!」
赤い服に、青いズボンの獣のような者は叫ぶ。他の衛兵は黒服は来ていないものの、青いズボンを履いていて、体は獣としての姿を現す。
猫種、犬種は共に毛を生やし、獲物を捕える構え。装備はそれぞれ鉄製のものを付けている。
「もちろん僕も君たちに応えようか。どこからでも来い」
猫種の1人は飛び込んでくる。目には微かにしか見えないほどの速度で爪を振り下ろそうとする。
しかし、その攻撃は体をそらすことで回避。背中が空いた。そこにアルは蹴りを一発入れる。
飛んだ。一人飛ばしたと思うと更に二人、犬種と獣種の二人の登場。ほかの者は救助に当たっている。
「僕ち達を怒らせたな……特異種、魔法陣展開。ドックオブサンディオ!」
犬種の一人の周りに四つの円型魔法陣が空中に展開される。その色は黄色。
その魔法の前、獣種はその等身と同じ長さのハンマーを手に持ち、突撃をしてくる。
横向きにし、そのハンマーを横に振る。力特化からか、構えまでの速度はそこまでではない。しかし、降り始めた直後からの速度は一変し、大きさからは考えられない速度で振ってくる。
その攻撃はアルへと直撃しようとするが、アルは上半身を平行にそらす。足だけを起点に回避し、そのまま腕を地面につけバク転のような動きのバックステップ。
「犬種であるぼくちの出番らしいね……直撃だったらごめんね!」
それと同時に犬種の一人は腕を上げ、大きく振り下ろす。
魔法陣から電撃が飛び出す。雷よりすこし劣るが、それでも強い雷撃がアルへと向かっていく。
アルはバックステップから体制を立て直すところであったので、避ける隙もなく直撃ーーーー
「無の権限、『無魔の障壁』!」
完全に直撃し、砂埃が立つ。しかし、その砂埃はすぐさま消え去る。
傷1つつかない少年が右腕を前に出し、体を少し斜めに立っていた。
「クロエの魔法を一手で止めやがって、てめぇ、なにをした……!」
獣種の男がアルに投げかける。
「簡単さ。僕の力で消したんだよ。僕以上の魔力すら出せないのなら消えるのみだ。僕の右腕を前に消滅する。これは1時間くらい溜めてようやく使える技なんだから感謝して欲しいね」
ニヤリと笑う顔は狂人そのもの。戦う2人だけではなく、遠くから救助していた衛兵すら恐怖を感じる。
「...ちっ。『無』の権能ってのは本当らしいな。権能だけでも身体能力の大幅上昇があるのにも関わらず、この世の攻撃、魔法、特質や事象すらも『無』にしちまう最強の権能。よりにも寄ってこいつがその権能に選ばれたとはな......っ。クロエ!おめぇは本部に報告してこい!」
犬種ーーークロエと呼ばれた者の方へと体を向け叫ぶ。
クロエはピクっと驚いた表情を見せるが、すぐさま現状を把握する。
「……了解っす。こいつが噂の最強さんなんすね。ゲンさん!ご武運を!」
クロエは走っていく。ゲンと呼ばれた獣種の男は笑みをクロエに返し、再びアルの方へ体を向けた。
「やべぇ奴とは昔にも戦ったことがあってな...もう懲り懲りだったんだが、またやらなきゃいけねぇらしいな!」
「僕には勝てない。君では僕にはーーーー」
後ろから見える波動が、両足を使った飛び蹴りが姿を現す。両足からは青い波動が出ており、その波動は衝撃波を空中に生み出す。そしてその蹴りは、目の前のアルへと向かっていく。
「ーーーーなら、二人ならどうだってんだァァ!」
「なっ!?ーーーーぐはっ!」
振り向く体は、既に動いている体よりも遅い。
アルは背中から蹴られ、正面の学校の屋上付近まで吹き飛ばされた。
「助かったぜネア!一人じゃ耐えられねぇとこだった!」
猫種の一人ーーーネアと呼ばれた猫種の女性は蹴りから大きく着地し、やってやったと言わんばかりの顔をしている。
「やられっぱなしはごめんだァ!おれっちの速さについてきたのは昔の『あいつ』以外なかなか見ねぇからビビるぜァ!」
屋上の瓦礫は動き、中から少年が立つ。風は吹く。それは彼の力を表すように。彼という存在の強大さを見せつけるように。
ゲン、ネアは共に屋上を見上げる。睨みつけ、ゲンはハンマーを持ち、ネアは猫のような走りの構えをする。
「ーーーちっ。罪人は君たちなのに。制裁の意味を知らないのかゴミ共。挨拶もなければ勝手にそっち側で熱くなって、僕は君たちの燃料ではない!」
アルは右腕を上にあげ、拳を握りしめる。
下の2人はさらに警戒を高めるが、それは無駄なものへと変化していく。
「『無』の権限!大技!『無空裁波動』!!」
腕の上から炎の球体が作り出され、炎は溢れていく。地上へ落ちる炎は淡々と燃え続け、球体の大きさはどんどん増していく。
その炎は次第に黒へと変わっていき、炎は青く燃える。
それを見た二人は、目を丸くすることしか出来ない。
「ありゃあ……食らったら明らかにまじぃやつだな……」
「ゲン……あれはおれっちにもわかるァ……地上を守りきれねぇ……!」
震える足は、相手の強大さを感じている。自分たちのレベルとは違うものを見せられている。
動かない、動くはずがない。2人にはそうわかっていた。
「ウォーミングアップにもならなかったなぁ。僕の力を知らない君たちにプレゼントだ!」
腕は正面へ向けられ、球体は地上へ。学園が、校庭が、そして2人の体をも滅ぼそうとする。
「なぁゲン、これで最後かもしんねーけど、ちょっとは抵抗してもいいよなァ!」
「俺もそのつもりだネア!どらぁぁぁぁぁぁ!!!」
足の波動が、力強いハンマーから空気波が、その球体へぶつかる。
ーーーー球体は破裂し、爆風は地上を荒らした。
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空を浮く少年は高く笑っている。手を広げ、目の前の地上を見る。
学校1つにクレーターのような穴が生まれ、建物は消滅。中に取り残された者はほぼーーーー
「はっはははははははははは!!!軽く飛ばしただけでこれだ!無様だな!」
その下。2人の影がある。
「……っ!あぶねぇ……死ぬとこだったらァ!」
学校のすぐ横の路地裏。ゲンの腕を肩にかけ、足を引きずりながら歩く猫種の女性。傷は悪化し、血が流れている。顔には黒く煙の跡が生まれている。戦闘態勢から、普通の青服と青いズボンを生成し、着用している。
「っ、はやく……本部に行かねぇとやべぇ……あいつは……一撃でここまで……やるなからなァ……!」
歩いていく先、クロエが呼んだ応援部隊がたまる広い場所へと出た。
「……っ!ゲンさん!ネア!無事でしたか!はやく治療をしないと!」
クロエは走って行き、ゲンを医療班に任せた。
そして、ネアにも医療班を呼ぼうとーーー
「ーーー?」
クロエの肩に手をかけるネア。そして、戦った結果を伝えようとする。だが、その前に、言わなくてはいけない事がある。
「っ、あいつは……あいつは……やべぇぜ……止めねぇと……みんな……しんじまうっ!」
涙を少し浮かべ、クロエの腕へと倒れた。
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「僕の戦いはまだ終わっていない。次行く先はーーーーー」
横を見る。そこには、アパートから見えた都市がある。
この第二都市の中心だ。この世界は第十都市まであり、下から上へ数が上がっていっている。
「ーーーあそこだ。僕が次行く先は。あそこで、人類に知らしめようか。」
夕暮れ。時は近づく。
この世の雨はまだ止まない。
長文ご覧頂きありがとうございます!よろしければブックマーク、評価、感想の方よろしくお願いします!
かなり時間をかけましたが、わかりずらいのほんとにすいません!!!