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ある時、森に小さな女の子がいました。その子はとても可愛らしい顔立ちをしていましたが、何故だか泣いていました。
目は腫れ、鼻水も出ていて可愛いらしいお顔が台無しでした。
そんな時、1人のピエロが通り掛かりました。ピエロは女の子の前で立ち止まり、しゃがみこんで言いました。
「どうしてそんな所で泣いているんだい?」
「……グスッあなただぁれ?」
「僕はピエロ。人には道化師と呼ばれている。君はなんて言うの? 何歳?」
ピエロが優しく微笑んで言います。何故でしょうか。仮面をつけているのに優しく見えるのは。
「わたし、リン。7歳。……ねぇ、ピエロさん。お母さんとお父さんがいないのぉ」
リンちゃんが泣きながら言います。少し舌足らずな感じで言うリンちゃんは今度は声を上げて泣きました。
ピエロはそんなリンちゃんを抱き締めました。そしてリンに呼び掛けるようにそっと言いました。
「じゃあ、僕と一緒に来るかい? 僕は絶対にリンちゃんの傍から離れないし、勝手に居なくならないよ」
「……ほんと? ぜったいにいなくならない?」
「うん」
「じゃあ、ピエロさんといっしょにいく」
こうしてリンちゃんは両親を失った引き換えにピエロと一緒に行くことにしました。
リンちゃんとピエロは立ち上がり、手を繋ぎます。
その時、ピエロがただ、と言いました。
「これから僕の家に行くけど、道程は長いよ。それでも大丈夫?」
「うん。ピエロさんがそばにいてくれるならいい」
こうしてリンちゃんとピエロの長い長い旅は始まったのでした。
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「ねぇ、ピエロさん。ピエロさんのおうちはどこにあるの?」
リンちゃんがピエロを見上げながら言います。すると、ピエロは何故か少し困ったように笑います。ピエロの反応を見たリンちゃんは不思議そうな顔をしました。
「僕のお家は凄い遠い場所にあるんだ。だから、沢山歩くことになるけど……」
「だいじょうぶだよ。わたしはピエロさんがいっしょにいてくれるだけでうれしいから」
ピエロの手をぎゅっと握って言うリンちゃんは少し微笑んでいました。まるで、今までの過去を忘れたかのように。
リンちゃんの反応を見たピエロは少し悲しそうな、そして嬉しそうな顔をしました。
それから数ヶ月後。
「リンちゃん、着いたよ。ここが僕のお家だよ。そして、今日からリンちゃんのお家になるんだよ」
「ここが、わたしのお家になるの? ……ありがとう、ピエロさん」
リンちゃんが笑って言いました。それはまるで、花が咲いたかのように錯覚するほど、綺麗な笑顔でした。
リンちゃんとピエロはお家の中に入りました。お家の中は整理整頓され、綺麗でした。リンちゃんは思わずピエロに抱きついて、こう言いました。
「ピエロさん、ありがとう。わたしにこんなすてきなおうちをプレゼントしてくれてありがとう。ピエロさんはわたしのたいせつなかぞくよ」
「リンちゃん……僕もありがとう。リンちゃんが来てくれて嬉しいよ。あのね、リンちゃんに守ってほしいことがあるんだけど良いかな? ……僕はリンちゃんの前では仮面を絶対に外さない。もしも僕が仮面を外してたら、仮面の中を覗いたら駄目だよ?」
「? うん」
それから四年後、リンちゃんは13歳になりました。リンちゃんはいつの日か言われたピエロの言い付けを守っています。
仮面の中を覗かない、という約束を。
でもリンちゃんは不思議に思っていました。
「ピエロさんの声って男の人で結構若いわよね……。どうしてピエロの仮面をつけているのかしら?」
リンちゃんの疑問は深まるばかりです。けれど、リンちゃんは7歳のあの日、約束した会話を覚えています。
その時、リンちゃんの噂の主、ピエロがやって来ました。リンちゃんは思わず口を噤んでしまいます。
「……リンちゃん、どうしたんだい?」
「ねぇ、ピエロさん。私ピエロさんのことなんにも知らない。貴方の本当の名前や年齢も知らない。ピエロさんは私のこと知っているのに……」
リンちゃんが少し涙目になって言うと、ピエロはリンちゃんの耳元にそっと唇を近付けて言いました。
「……僕の本当の名前はルーカス。歳は19歳」
「ルー、カス、さん……?」
リンちゃんが少し首を傾げて言います。すると、ピエロ否、ルーカスはクスクスと笑って言いました。
「ルーで良いよ、リンちゃん」
「分かった、ありがとう! ルー、大好き!」
「僕も大好きだよ……」
リンちゃんはそう言ってルーカスに抱きつきました。ルーカスもリンちゃんを抱き締め返します。
この時リンちゃんもルーカスもまだ気付いていませんでした。この感情が、親愛では無く恋愛だと言うことを――――――……。
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それからずっと二人は仲良く過ごしていました。一緒に料理をしたり、笑ったり、話したり、色々なことをしました。
「リンちゃん、僕は街に買い物をしなくてはいけない。一人で待てるかい?」
「ルー、私もう15歳よ? お留守番くらい出来るわ」
リンちゃんは少し呆れた声で言います。そんなリンちゃんを見たルーカスは困ったように言いました。
「本当に大丈夫? 寂しくない?」
「大丈夫よ! ほら、早く行っておいで!」
「なるべく早く戻って来るからね」
ルーカスはそう言うと、少し名残惜しそうに家を出ました。
リンちゃんはルーカスが街に出掛けたのを確認すると、いつも通り掃除をしたり、編み物をしたりしました。
リンちゃんはふと時計を見ました。気が付くと時計の針は夜の8時を回っていました。辺りはもう真っ暗でルーカスはまだ帰ってきていません。
リンちゃんは少し寂しくなってきました。でもリンちゃんはルーカスに大丈夫、と言ったので大人しくルーカスの帰りを待ちます。
それから四時間後、ドアの鍵が開ける音がしました。リンちゃんは思わずうたた寝をしていましたが、ガチャガチャ、という音で目が覚めました。
「……泥棒、かしら?」
リンちゃんが不安そうに呟きます。ガチャリ、と音がして鍵が開き、誰か家の中に入ってきます。
入って来たのは、リンちゃんが見たことも無い綺麗な男の人でした。男の人は目を見開き、驚いた顔をしています。
「リ、ンちゃん……」
その声は、ルーカスの声そのものでした。リンちゃんは思わず声に出して驚きます。
「ルー……?」
「ハハッ……まさかこんな形でリンちゃんに素顔を見られるとは思わなかったな……」
ルーカスは前髪をかき揚げます。ルーカスは少し泣きそうな、悲しそうな顔をしています。思わずリンちゃんはルーカスを抱き締め、震える声で言いました。
「ルー……ごめん、なさい。まさか、ルーがピエロの仮面を外しているなんて思わなかった……何でピエロの仮面をしていたの?」
「……大丈夫だよ。僕が仮面をしている理由か。長くなるけど良い?」
ルーカスもリンちゃんを抱き締め返します。ルーカスの腕の中でリンちゃんはコクリ、と頷きました。