ドワールは気難しい
「昨日の夕方から今日の朝にかけて何をやっていたか、じゃと?」
ドワールは手に持ったペンダントの埃をふっと吹き飛ばした。そして、ぼそりと言った。
「ここで仕事をしていたな」
「お仕事は何をされているのですか?」
「見て分からんか? 金細工職人……鍛冶屋と言った方が良いかな」
「なるほど、ここで作られているのですか?」
と、言いつつパスクールは部屋の一画に目をやる。そこにはかなり大きな炉と金床、水桶が備え付けられていた。金床には甲冑のようなものが置いてあった。作りかけのようで胸板のところが大きな空洞になっていた。炉は完全には火が落とされておらずチロチロと小さな炎が上がっていた。その火の光をやはり作りかけの兜が受け、淡い紫色の光を放っていた。
「なにやらご立派な甲冑を作られているようですね」
「うむ、清風展に出そうと思っておるのじゃ」
「清風展……ああ、今年は清風展の年でしたか。なるほど、なるほど、それは力が入るでしょうね」
パスクールはにっこりと笑うと視線を目の前のテーブルへと落とした。テーブルには緑色の宝石のはまったネックレスや金、銀色の食器類の他に見たこともない形をした装飾品が幾つも置かれていた。
「これもドワールさんが作られたものですか?
おっ、これは極東半島の儀礼用の呪具ですね。
いや、珍しい! 確か五鈷杵と言う奴ですよね」
パスクールは両端に五つの角のようなものがついた20セチンほどの長さの物を手に取った。
「勝手に触らんでくれ!」
ドワールは大声を上げるとパスクールから五鈷杵を奪い取った。
「どれもこれも高価な物なんだ!
傷でもつけられたら堪らんわい!!」
「ああ、それは申し訳ありません」
パスクールは素直に謝りながら自分の手のひらをじっと見つめた。手のひらには茶色い筋が二つついていた。ポケットからハンカチを取り出すとその汚れを拭いとると、パスクールは気を取り直したようにドワールの方を向いた。
「ちょっと汚れているようですね」
「ずいぶんと長い間、棚に放置していたからの。たまには掃除してやらんと、と思って今、やっているところだ」
何か文句でもあるのか、と言うような無言の圧力が感じられた。パスクールは半分苦笑いを浮かべつつ次の質問に取りかかった。
「それでは、つまり昨日はずっとここで仕事をしておられた、と言うことでよろしいですか?」
「うむ、そうじゃ」
「昨日の夜の6時から今日の7時ごろも含まれる?」
「無論じゃ」
「なるほど。
では次にミスリンさんとのご関係はどうでしょう?」
「ご関係? ご関係など何もないわ」
「何もない……
いや、ご近所なのでお話をしたことぐらいはあるのでは?
それとも中庭で偶然あったとか。そういうことぐらいあるように思うのですが」
「あやつが庭に出てくる訳があるまい。一日中町をほっつき歩いて、日が暮れたら家に帰って、日が上ったらまた町をほっつき歩く。その繰り返しだ。中庭に散歩に出るなんて気の利いたことなどせんわ」
ドワールは少し馬鹿にしたように鼻で笑った。パスクールはニャミンが後ろで身動ぎするのを感じた。また、差別禁止条項がどうだこうだとまくし立てるつもりだと察したパスクールはそれを止めようとした、その時、思い出したかのようにドワールが「そう言えば」と呟いた。
「一回だけあやつが中庭に出てきおった事があったな」
「ほほう。それはいつですか?」
「半年ほど前かな。
あやつの隣にな、オークが住んどる。そのオークは中庭に花壇を作って花を育てている。ワシにはなにが楽しいのか分からんが、とにかくそれが趣味のようだ。
で、一点豪華主義とでも言うのか、金でできたスコップを持っておってな。それを自慢げにつかっておった。
なに、金と言っても実用をかねているので18金のしかもメッキ品だから価値としてはそれほどでもないのだ。が、奴に取っては宝物だ。
にもかかわらず、そいつをあろうことか土いじりの後の花壇に放置してたまま家に入っちまった。
そしたら、しばらくしてからあのゴーレムが中庭に現れて花壇に落ちていたスコップを持っていっちまったんだ。ついでに花壇を踏んで壊していった。ま、その足跡でゴーレムがスコップを持っていたことが分かって、オークとゴーレムがかなり揉めたのだ」
「揉めた、とは?」
パスクールは興味深げに身を乗り出した。
「スコップを返せ、返さないでな。
オークは庭に置いていただけだから勝手に持っていくとはけしからん、直ぐに返せと主張したのに対して、ゴーレムは庭で拾ったのだからもう自分の物だから返さない。と、まあ泥試合だ」
「ゴーレム、ニャンかがめつい奴ニャ」と、ニャミンが憤ったように口を挟んだ。パスクールは視線を彼女に向けると言った。
「それは、ある意味しかたないかな」
「拾った物を自分の物にするニャンておかしいニャ。拾得物横領ニャ」
「それが迷宮探索型ゴーレムの特性なんだ。
近くにある宝を探知して回収せずには居られないのだよ。
さっき空き家からお金の詰まった壺を掘り出した話があったろう。あれを聞いた時、宝物探索の特性が残っていると思ったけど、やっぱりってところだね。
そして、もう一つの特性で一度回収したものは自分の物と認識するんだ。だから例え中庭で拾ったとしてもその時点でミスリンさんは自分に所有権が移ったと思ったんだな。
それで、結局どうなったんですか?」
「管理人が仲裁してオークが相場の半値で買い戻した」
「それは、それは。するとピッガーさんはかなり怒ってませんか?」
「花壇も壊されているからな、かなり怨みに思っていると思うぞ」
「ああ、あの花壇のところね。そうですか……
これで引っ掛かっていた事がすっきりしました。
さて、これで、お暇させてもらいます。
また、なにかあったらお話を聞かせてください」
パスクールは礼を言うと立ち上がり、ドアへと向かった。ニャミン、ブンナゲッタも後ろに続き外へ出た。
「清風展ってニャんニャ?」
外に出るとニャミンがすかさず聞いてきた。
「ゴッタニン最大の武具防具の展覧会だよ。
5年に一度開かれる。そこで認められれば名声と富が舞い込んでくるから鍛冶屋としては憧れの展覧会さ。でも、こう言っちゃなんだが、こんな田舎に清風展に参加しようっていう鍛冶屋がいるとは思わなかったな」
「そうニャ? ニャンでニャ?」
「敷居が高いのさ。出すのは高位魔法具ばかりだからな材料も最低ミスリル銀以上の神秘金属で、それらに古代魔法語で呪句を刻んで魔法付与しないと参加すら認められないのさ。
参加できる物を作るだけで金も時間も物凄く掛かる。特に今は数年前からロウキア帝政国とウラルメニアが紛争をしていて神秘金属の値段が高騰しているからね。
ミスリル銀で2倍。オリハルコンで4倍近く。アダマントに至っては10倍じゃなかったか?
ま、逆に言えば、好機なんだ。良い武具が作れたら一攫千金も夢じゃない」
「それより、ピッガーさんの話をどう思いますか?」
ブンナゲッタがやや興奮した口調で割り込んできた。
「あの人、自分がミスリンさんと揉めていたこと隠してましたよ。花壇の事も聞いたのにはっきり言わなかったし、怪しいとは思いませんか?」
「そうだね、怪しいと言えば怪しい。当然の反応と言えば当然な反応……かな」
「ええ? そうですか?」
パスクールの反応が今一つであることにブンナゲッタは口を尖らせて不満の表情を見せた。
「でも、背はワタシより低かったニャ。150セチンぐらいニャ。手が届かないニャ!」
「詮索はすべての隣人の話を聞いてからにしよう。残り後2人も居るのか。めんどくさいなぁ」
パスクールはかったるそうに首の骨をゴキゴキと鳴らした。ブンナゲッタがメモを取り出して言った。
「次はノームのノムノンさんです」
2023/04/09 初稿