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憤怒のウルバーン

「あいつが死んだってぇ?

そりゃせいせいしたな。いい気味だ、てぇの」


 狼男ウェアウルフのウルバーンは酒臭い息と一緒にそんな悪態を吐き出した。


「と言うとウルバーンさん、あなたはミスリンさんと仲が悪かったのですか?」

「仲が悪い?

はっ! 冗談じゃねぇよ。あんなでき損ないなんてなぁ、こちとら、はなっから相手にしてねぇよ」


 あからさまな悪意に当てられニャミンとブンナゲッタは言葉を失ったように無言になってしまったが、パスクールは動じることもなく質問をつづけた。


「なるほど。余り関係は良好とは言えないようですね。

できれば、その理由をお聞かせ願えませんか?」

「ああん?」

 

 ウルバーンはその三白眼の目でパスクールを睨みつけた。それから手にもった酒瓶に口を付けぐびりとラッパ飲みした。薄汚れたシャツの前はだらしなく開いたままでたくましい胸板にはもじゃもじゃな胸毛が見えた。変身前の人間の姿だから胸毛と胸板と区別ができるのだろうが、これが一度ひとたび狼男に変身すれば区別もできなくなるのだろう。狼男は変身すると元の人間形態から全身が膨れ上がり硬い筋肉と剛毛に覆われる。大抵一回りか二回りぐらい大きくなるものだが、ものの本には倍近くになった個体もいると書かれていたのをパスクールは思い出した。

 

「理由なんてものはァ無いよ。とにかくあいつは気に入らねェ。そんだけだ」

「そうですか。まあ、人それぞれ、合う合わないというのはありますから。ではですね、……」


 この方向で得られることはもうないと判断したパスクールは質問を変えることにした。


「昨日の行動をお聞かせ願えますか?」

「飲んでた」

 

 一言答えるとウルバーンはなにがおかしいのかゲラゲラと笑いだした。


「どこで、いつ頃まで?」

「ここで、ずっとだ」

「この部屋で飲んでたのですね。ずっとと言うのはいつからですか?」

「ずっとはずっとさ」


 からかっているつもりなのか、ウルバーンは上目遣いでパスクールをねめつけてきた。シャーと言う誰かさんの威嚇音が背後から聞こえたが、パスクールはどちらも無視して話を続ける。


「昨日の夕方6時にはこの部屋で飲んでいた、で良いですか?」

「ああ」

「いつまで?」

「さっきまでだ。あんたらが来るさっきまでな」

 

 ウルバーンは床へ視線を泳がせる。床にはそこかしこ、無数に酒瓶が転がっていた。1日中酒を飲んでいたとしても頷ける本数はあった。


「お一人で飲んでられたのですか?」

「ああ」

「その間、外に出られたことはないですか?」

「ないね」

「一歩も?」

「一歩も」

「中庭にも出てませんか?」

「しつけぇな。出てないよ」


 そこでパスクールは一息入れると、部屋で観察した。床には一歩歩くのにも神経を使うほど空の酒瓶が転がっていた。部屋の片隅には脚が折れたソファが一つ。敷布がかかっているところからベッドの代わりなのだろうと想像がつく。視線を横にずらしていくと木箱やずた袋が置かれた一画が目についた。箱や袋からノコギリやハンマー、(スキ)(カマ)と言った道具が覗いていた。更にその横には大きな額縁が立て掛けられていた。


「失礼ですがお仕事はなにをされているのですか?」

「大工……左官、庭師。そんな感じの仕事ならなんでもやってる。まあ、なんでも屋だ」

「なるほど、看板とかも扱っているのですかね」

「ああ、あれかぁ……」


 パスクールが立て掛けられた額縁に目をやっているのに気づいたウルバーンはちょっと忌々しげに舌打ちをした。


「壊れたって言うんで引き受けたんだけどよ、失敗だったわ」

「何故です?」

「護民官ってのは学があるからよ、一目で分かンだろ? あの看板の間違いがよ」


 看板には店を意味する言葉が記されていた。ゴッタニンは多民族国家ゆえ4種類の公用語が使われている。

 最も使う人が多い公用語、すなわち中央大陸語で『Butcher』。

 その下には北方圏語で『мясно́й магази́н』。

 そして更にその下、中南海周辺語で『σφάζω』。

 最後に極東半島語で『宍屋』。


「最後の間違ってますね。『肉屋』ですか」

「分かってるよ。文字なんてなぁ、中央大陸語だけで良いってんだっーの。

他の字なんて知るかよ。後のはみんな辞書片手に書いたっさね。

だけどよ、なんだよ極東半島語ってのはよ。一体幾つ文字があんだよ。書けるかよ、あんなの!

もう金輪際看板の仕事は受けねぇ!!」

「ところで、文字と言えばですね。ウルバーンさん、あなた、ゴーレムの倒し方をご存知ですか?」


 勝手に怒りだすウルバーンに対してどこ吹く風とでも言うようにパスクールは言葉を繰り出した。と、途端にウルバーンは凍りついたように黙ってしまった。


「おや、どうされましたか?

お答え願えますか? ゴーレムの額には文字が書かれていましてね。その最初の文字を消すと機能停止になるんですよ。

それ、知ってましたか?」

「いや……知らねぇ。初めて聞いたぜ」


 パスクールは疑わしそうに目を細めると立ち上がり、ソファに寝転がるようにしていたウルバーンにぐっと顔を近づけた。


「本当ですか? 本当は知っているのを隠してませんか?」

「か、隠してなんかいねェよ!

なんで隠さなきゃなンねェんだよ。ンなこと!!」

「そりゃ、あなたが犯人で疑われたくないからとぼけてるとか……」

「なンだとコラァ。喧嘩売ってンのかよ!」

 

 ウルバーンは飛び起きるとパスクールの胸ぐらを掴む。今にも殴りかかりそうな勢いだった。


「嘘です、嘘。

その辺で止めてもらえませんかね」


 パスクールは両手を挙げ、無条件降伏の仕草を見せた。それでもウルバーンは気が収まらないのか、ほとんどパスクールの額に自分の額をくっつけるようにして睨み付けていた。


「止めるニャ! パスクール様に手を出したらただじゃ置かないニャ!」


 ニャミンが叫んだ。

 両耳が立って、臨戦態勢であった。

 ニャミンはフィメールとは言え武闘系獣人なので人間程度なら相手が大男でも軽くひねることができる膂力の持ち主であった。が、相手が狼男となると微妙な線だ。

 それでもニャミンは怯まない。

 ニャミンとウルバーン、2人の間で激しく視線がぶつかりあって火花が散る。


「まあ、分かりゃいいんだ」


 ウルバーンが先に矛を収めた。再びソファへ寝そべると捨て台詞を吐く。張りつめていた空気が一気に弛緩した。頃合いを計るようにパスクールが口を開いた。


「大体分かりました。協力ありがとうございます。

取りあえず退散します。また、なにかありましたらお話を聞かせ下さい」


 そして、部屋を辞そうとしたパスクールはドアのノブを掴んだまま、振り返った。


「ところでウルバーンさん。あなた、手から爪が出たりしませよね。アダマント製のカギ爪みたいなの」

「はっ? なに言ってんだ、おめぇ。ンなことできる分けないだろ」

「はっはっは、ですよねぇ~。では、またです」




「大体僕と同じくらいの背丈だったなぁ。

ってことは175セチンってところか」


 外に出ると、パスクールは乱れた襟元を直しながらぼそりと言った。


「惜しいニャ、190ないからアイツは犯人じゃないニャ。物凄く感じ悪かったからアイツが犯人だと思ったのニャ」


 ニャミンがウルバーンの部屋のドアを睨み付けながら吐き捨てた。さっきのことをまだ根に持っているようだ。


「ま、あのままだと届かないねぇ。

とは言え色々と怪しいことも多かった。その辺はおいおいと裏を取っていくってことかな。

じゃあ、次行こうか。

次は誰になるの?」

「次はドワーフのドワールさんです」

「うは、これまたすごく適当かつ暗喩的な名前だな」


 ブンナゲッタの回答に思わずパスクールは突っ込みを入れてしまった。


 

2023/04/09 初稿

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