ピッガーの証言
「はい、はい、はい、はい、はい!
聞き取りは、ワタシがやるニャン!
ワタシがやりたいニャン!」
事件の第一発見者であるピッガーから聞き取りをしようとなった段の話だ。
「そりゃ良いけど。ちゃんとやれるのか?
さっきみたいに、なに聞けば良いか分かんない、なんてならないか?」
「大丈夫ニャ! さっきのパスクール様のを見て、ちゃんとやり方を理解したニャ。ちゃんとやれるニャ」
「そこまで言うのなら、頑張れ」
「がんばるニャン!」
と言うことでニャミン主導でピッガーさんへの聞き取りが開始された。
「まず、発見した時のことを詳しく知りたいニャ」
ニャミンはまずは無難な切り出しをした。パスクールは無言であったが、まずまず、という風の表情で小さく頷いていた。
「朝の7時ごろ……」
対して、ピッガーさんは狭い額、なにしろ豚だから、いや、豚顔のオークだからだが、その額に滲む汗を拭き拭き、答え始めた。
「……だったです。日課の花壇の手入れをしに中庭に出たら、庭の真ん中になにか大きなものがあるなと思って近づいて見たら、なんとミスリンさん?
だったのでびっくりして何度も声をかけたんですが、ぴくりとも動かないので、人を呼びに行ったんです。でも、まさか死んでいるなんて思ってもいませんでした」
「そうかニャン。…………」
ニャミンはそう言ったきりだった。居心地の悪い沈黙が続いた。
ずっと続いた。
まるで我慢比べのように。
そしてついにたまりかねてパスクールが口を開いた。
「おい、それで終わりか?」
「終わりってなにがニャン?」
「なにがじゃない。聞き取りだよ。まだ、聞くことあるだろう」
「……ニャン?」
「ニャンじゃねえ! もういい」
パスクールは一言叫ぶとピッガーへ向き直った。
「庭でミスリンさんを発見した時、他に誰かいましたか?」
「いいえ」
「なにかいつもとちがうことはなかったですか?
どんな些細なことでも良いです。
例えば、いつも置いてあるバケツの位置が変わっていたとか」
「う~ん、ないですね」
「中庭にでるのはいつも朝だけですか?」
「朝は毎日を出ます。あと、休日にたまに昼間とかぶらぶらすることはあります」
「昨日の夜はどうですか?」
「昨日は仕事でしたから……」
「出ていない?」
「はい」
パスクールはそこで言葉を切ると一度ピッガーの部屋を見渡した。先ほどのミスリンの部屋と比べればテーブルやベッドなどの家具が備え付けられていてずっと生活感があった。テーブルには読みかけの雑誌が広げられたままになっていたり、ゴミ箱からゴミが溢れていたり、生活感がありすぎる、有り体にいうなら少々汚かった。
「失礼ですがお一人暮らしですか?」
「はい……恋人の1人でも作りたいのですがなかなか自分のような貧乏人には成り手がいません」
ピッガーは恥ずかしそうに言った。
「なるほど、ところでお仕事はなにかされているのですか?」
「この近くの肉屋の店員です」
パスクールは、ほうほうと相槌を打つ、とその視線が壁の一画に吸いつけられるように止まった。
その壁には園芸用の道具きちんと並べられていた。その中に一際大切そうに飾られたものがあった。金色に輝く小さなスコップだ。
「この近くの肉屋さんで働いているのですね。
それで、昨日の行動について聞かせてください。
昨日の夜6時から今日の朝、ミスリンさんを発見するまでの間の行動について教えてください」
「昨日の夜ですか?
いつものように店で働いていました。昨日は遅番だったので夜の7時まで店頭にいて、それから店の片付けをしめ、8時に店を出ました」
「そのまま、家に帰ったのですか?」
「いえ。実は昨日は私の誕生日でして、同僚と一緒にずっと飲んでいました。帰ったのは0時前だったと思うのですが、正直よく覚えていません」
「なるほど。それで家に帰ってからは?」
「そのまま寝ました」
「それを証明できる人はいますか?」
「……いえ、一人なので……いませんね」
「そりゃ、そうですね。いたらびっくりだ」
ピッガーの回答にパスクールはにっこりと笑って見せた。
「ところで、ミスリンさんとの関係はどんな風だったんですか?」
「関係……、関係とはどういう意味ですか?」
困惑したような表情でピッガーは聞き返した。
「良く話をするとか、そういう話ですが。ほら、隣人同士だとちょっとしたトラブルみたいなこともあるじゃないですか。生活音がうるさいとか、ね。なにかミスリンさんともめていたいとかありませんでしたか?」
「えっと……いえ、そんなことはありません。彼は無口でしたから、あまり良く知らないんです」
「そうですか……
いや、有意義な話を聞かせてもらいました。ありがとうございます」
「あの……私は疑われているのでしょうか?」
「ああ、いえ、形式的なお話を聞かせてもらっているだけですから、ご心配にはおよびません」
そう言い、立ち去ろうとしたパスクールはふと、立ち止まるとピッガーのほうへ振り返った。
「ああ、そうそう。もう一つ聞かせてください。先ほど花壇を拝見させてもらったんですけど、一部のレンガがあたらしくてね、最近修理をしたんですか?」
「え? ああ、そうです。最近壊れてしまったので修理をしました。だけど、それがなにか?」
「いえいえ、大したことではないのです。ちょっと気になったものでね」
パスクールはお辞儀をすると、今度こそピッガーの部屋を退室した。
「ピッガーさん、身長はニャミンと同じぐらいだったな。
ニャミンって身長いくつだっけ」
「165セチンニャ。だけどそれがどうかしたかニャ?」
「うん、ほらね。ミスリンさんを機能停止にするには額の呪文をどうにかしないといけないっていったじゃないか。で、どうにかするには、まずその呪文に手が届かないと始まらないだろう。
そう考えた時に、165セチンだとちょっと厳しいな、っておもったのさ。190セチンぐらいないとなぁ、ミスリンさんの額には手が届かないなって思ったのさ」
「ニャニャニャ、そんニャ大事な話は早くするニャ! そんなら身長が190セチン以上ある人が犯人ってことニャ。長がったらしい話なんてしニャくても、すぐに犯人が分かるニャ」
息巻くニャミンにパスクールはぶんぶん首を横に振る。
「いや、いや、そんな乱暴にはいかないって。
とりあえず、残りの4人の住人の話を聞かないと、結論は出せないね。
ってことで次の住人の話を聞こうか。順番は……めんどくさいから時計回りに聞いていくか。
となると次はだれになるの?」
「ピッガーさんのお隣さんは、えっと狼男のウルバーンさんですね」
ブンナゲッタは手に持ったメモに目を落とすと、そう答えた。
2023/04/09 初稿