殺人現場へ
「さあ、キリキリ歩いてくださいニャン」
パスクールはニャミンに背中を押されながらペリフートンの町並みをしぶしぶ歩いて、いや、歩かされていた。
ペリフートンはゴッタニン共和国の南の辺境に近い小さな村落。特に名所、名産がある訳ではなかったが海や山が近く、食べ物が上手いと評判であった。それゆえ、国の富裕層には保養地として有名だった。
「そもそもさ、なんで僕らが殺人事件に関わらなきゃならないのだい。各地域の犯罪捜査は地区担当護民官の仕事だろ。僕たちは巡回護民官だから関係ない、と言うか越権行為になるぞ」
「その地区担当護民官にお願いされたのですニャ。『ここは田舎で、こんな大事件は前代未聞。とても自分の手に負えないから助けてください』ってニャ」
「丸投げじゃないか。それは職務放棄ってヤツじゃないのか?」
「いいじゃニャイですかニャ!
どうせここで2、3日ぶらぶらするつもりだったですからニャ」
「ぶらぶらするとか人聞きの悪いことを言わない。ちゃんと目的を持って行動しているんだよ」
「昨日みたく、酒場で一日中飲んだくれるとかニャ?」
「あれは場末の酒場での会話からこの地域の治安レベルを観測していたんだ」
「観測ニャ? ニャあ別にお酒飲ミャなくても良かったニャ」
「あ、あれはカモフラージュだよ。酒場で酒飲まなければ逆に悪目立ちするだろう。」
「悪目ニャちニャ……ア?」
ニャミンはネコの目をきゅうっと細めると疑わしそうにパスクールを見つめた。
「あのね、それにだ。そんなの軽く引き受けてもしも解決できなかったり誤認逮捕なんてしたら僕らの責任にされるんだぜ?!
向こうは良いよ、こっちに丸投げすれば、なにか失敗してもこっちのせいにできる。
地区担当護民官と巡回護民官では一応こっちの方が職位は上だからね。巡回護民官様の指示に従いましたって言ってけば怒られることはない。
つまりさ、向こうの、なんだけっけマルナゲータ君? の丸儲け。対してこっちは百害あって一利なしだよ」
「マルナゲータ君って誰ニャ? 担当護民官の名前ならブンナゲッタさんニャ!」
「丸投げもぶん投げたも大して変わらんわ!
とにかく、君のネコ頭でもそれくらいは分かるだろう?」
「シャー!!
また、バカにするのニャ。条項違反ニャ。
百害あって一利ニャしなんてことは無いニャ!
要は事件を解決すれば良いニャ。
そうすれば褒められて評価が上がるニャ」
パスクールはまじまじとニャミンの顔をみた。
「えっ、なに? ニャミン、手柄立てたいの?」
「そうニャ。手柄立てて、早く一人前の護民官に成りたいニャ。悪いかニャ?」
ニャミンは少し恥ずかしそうに答えた。
「いや、まあ、悪くはないけどね。なら、僕なんて引っ張りださないで一人でやれば良いじゃないか」
「それができたらしてるのニャ。でもワタシは護民官補ニャから一人では何もできないニャ。パスクール様の立ち会いが必要ニャのニャ」
「ほほう、なら僕は立ち会うだけで良いんだな。
事件の方はニャミンが解決するってことなんだ」
「そうニャ。事件はワタシがずばっと解決するのニャ。だからパスクール様はただ突っ立っているだけで良いのニャ」
「そうかい。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
パスクールはにやりとするとニャミンにぐっともたれかかった。
「ニャぎゃ! 重いニャ。それ突っ立ってもいないニャ。自立はして欲しいニャ」
パスクールがほとんどニャミンにもたれかかり、ニャミンはふうふう荒い息を吐きながら背中を押すこと数分。やがて奇妙な建物が見えてきた。
「おや、ありゃなんだい?」
その建物を目にした途端、パスクールは人が変わったかのように生気を取り戻した。その建物に向かって駆け寄る。
「ほほう。ほほ~う。こりゃ、初めて見るな」
そう呟きながらパスクールはその建物をぐるりと回ってみた。その建物は六角形をしていた。回って分かったのだか、六つの面には同じようなドアと窓が備え付けられていた。
「その建物はへイヴハウスって言うニャ」
パスクールを追いかけながらニャミンが言った。
「蜂の巣のような六角形をしているからへイヴハウスと言うのか。なるほど。一軒の家に玄関が6つもあるのか」
「いいえ、違います」
呟くパスクールに聞きなれない声が応えた。声の方を見るとまん丸な顔とこれまたまん丸な体型の男が一人いた。肩口に白の肩章の付いた紺の服という出で立ち。それは護民官の制服なので、彼がニャミンに協力を依頼した人物だと知れた。もっともパスクールはペリフートンを訪問したさい、護民官詰所で一度あって挨拶をしているはずだったのだが。
「ああ、君が……えっと確かマルナーゲ君だったか」
「はっ? いえ、えっと……」
パスクールの問いに男の顔が強張る。
「違うニャ。 ブンナゲッタさんニャ」
ニャミンが耳元で慌てて囁いた。
「ああ、そうだった。ブンナゲタ、いやブンナゲッタ君だった。
それでブンナゲッタ君がどうしてこんなところに?」
「はぁ、ここが殺人現場だからです」
「殺人……現場。
すると、この奇妙な建物で君が僕らに丸投げしようとしている殺人が行われた、と言うのかね」
「さようです。なにぶんこんな田舎では窃盗事件すら起きたことがなく。悪くてもせいぜい酒場での喧嘩ぐらいでして、およそ捜査などというものをやったことがなく、なにから手をつければ良いか途方にくれておりましたところをそこのニャミン様から意外にもご協力の提案を受けまして、これは渡りに船というか、願ったり叶ったりというか、地獄に仏というか……」
「長い! 説明が長い! もう良いよ。大体飲み込めた。それで現場はどこなんだい? 当然、現場の保全はされているんだろうね?」
「はっ! もちろんであります。ではご案内します」
ブンナゲッタは直立不動で敬礼をするとすぐさま二人を背後に建つへイヴハウスへと招き入れた。
入った部屋は想像よりずっと小さかった。
ほぼワンルームで家具もなにもないまるで倉庫のような部屋だった。
「なんだか、外の大きさに比べるとずいぶんと手狭だな。それになにもない部屋だ。部屋と言うより空き倉庫って感じだ。ここが殺人現場なのか?」
「いえ、ちがいます。これは殺された被害者の部屋です。殺人現場はあのドアの向こう。この建物の中庭になります」
ブンナゲッタに案内されてパスクールとニャミンがドアを抜けると目の前に周囲を壁に囲まれた空間が広がっていた。剥き出しの地面に小ぶりな木々が散々と植えられていた。片隅には花壇があり、色とりどりの花が咲いていた。上を見上げるとペリフートンの穏やかな日の光が庭を照らしていた。透明なガラスで蓋をされているようで雨が降っても庭を散策できる仕組みになっていた。
「中庭と言っていたがちょっとした公園みたいだな。なるほど六角形の建物の真ん中にこういうプライベートな庭があるわけなんだな。なるほど、この庭のためにあんなに大きな建物になるって訳か」
そう呟いたパスクールはのどかな庭に似つかわしくないものがあるのに気がついた。中庭のほぼ真ん中に淡い紫色がかった巨大な物体があった。なにかこんもりとした小山のように見えた。
「あれは……?」
「ああ、あれがですね……」
パスクールの問いにブンナゲッタがため息混じりに答えた。
「今回の事件の被害者、ゴーレムのミスリンさんです」
2023/04/09 初稿