フーダニット
「ば、馬鹿いえ! 変身して手が届いたってなぁ。 俺はやっていない。やってないったらやってないんだよ」
「ニャニャニャ。往生際が悪いニャ! 観念するニャ」
ニャミンは身を落とし、今にもウルバーンに跳びかかろうとした。
「あー、ニャミンさん、ニャミンさん。ちょっと落ち着こうか」
止めたのはパスクールだった。
「ウルバーンさんは犯人じゃないよ。左官屋云々は例え話だから」
「フニャ……そうニャのニャ?」
「ウルバーンさんは犯人じゃない。その理由は順を追って話そう」
そこでパスクールは言葉を切ると、一同の顔をゆっくりと見回した。みな、困惑した複雑な表情を浮かべていた。
「ミスリンさんの遺体を確認したら、確かにパテのようなもので額の文字が埋められているのを確認できました。ぱっと見て分からないようにきれいにやすり掛けまでして表面を滑らかするという念の入れようでした。
ま、その件はとりあえず置くとしても、これでミスリンさんを機能停止に陥らせた方法は分かりました。だが、もう一つ謎があります。それは、犯人はどうやってミスリンさんを中庭におびき出したのか? です。
ミスリンさんは家と職場を往復するだけの生活を繰り返していました。家に帰ったら部屋の真ん中に立って、朝になるのをじっと待つ。それが彼の日常です。ゴーレムの性質上、ちょっと気晴らしに中庭に出てみよう、みたいなことは絶対にしないのです。
そんなミスリンさんをどうやって犯人は中庭におびき出したか?」
「言われてみると確かにそうだ。どうして彼は中庭に出たんだろう」
ラブクラウドが顎に手をやり呟いた。
それに答えれる者はいないようだった。パスクールは一呼吸置くとおもむろに口を開いた。
「答えは宝物です」
「宝物じゃと?」
ノムノンが虚を突かれたと言わんばかりにつぶやいた。
「ミスリンさんはもともとはダンジョン探索用ゴーレムでした。ゆえに埋もれた宝物を検知するとそれを回収しなくてはいられないのです。
ゴミ拾いの作業中に、空き家の庭から金貨の入った壺や、ピッガーさんのうっかり忘れてしまった金メッキのスコップを回収するために中庭に出たエビソードがそれを物語っています」
「あー、そんなことがありましたね」
ブンナゲッタとピッガーが同時に頷いた。
「つまり、犯人はミスリンさんを中庭におびき出すために、中庭に宝物を埋めたのです。
まずはミスリンさんの家のドアのすぐ近くに」
パスクールはミスリンの部屋から中庭に出るドアのすぐ近くの地面を指さした。
「ニャア。そこはワタシが躓いた穴ニャ!」
「次に、そこ、それからそこ。最後にそこです」
叫ぶニャミンを尻目にパスクールは中庭の各所を指さしていく。指さしたところは確かにくぼんでいた。最後は、と言って指した穴はまさにミスリンが頭を突っ込んでいた穴だった。
「犯人は、宝物を中庭に点々と埋めることでミスリンさんをおびき寄せ、自分が隠れているところまで誘導したのです。同時に背の高さ問題をこれで解決した」
「背の高さ問題ニャ?」
「宝物を掘り出すにはどうしたってしゃがまなければならないだろう。
しゃがんでしまえば、さすがに誰でもミスリンさんの額に手が届く」
「な、なるほど!」
ブンナゲッタが感動したように叫んだ。
「じ、じゃあ、宝物をたくさん持っている元冒険者のノムノンさんが犯人か!」
ドワールが叫んだ。
ノムノンにみんなの視線が一斉に注がれた。
「ば、馬鹿な! ワシがあんなのに近づくはずがなかろう」
「いえ、でもかなりミスリンさんに敵意をもってましたからね」
「そうニャ、今も『あんニャの』呼ばわりしたニャ!」
ブンナゲッタとニャミンが両手を振り否定をするノムノンへずんずんと近づいていく、が、その時、パスクールの落ち着いた声が中庭に響いた。
「いや、ノムノンさんはミスリンさんに敵意があるんじゃないよ。ミスリンさんが怖かったんだ」
「フニャ? 怖いニャ? なんで怖がる必要があるニャ?」
ニャミンは不満そうに問いただした。
「ノムノンさんは重度の金属アレルギーだからさ。特に神秘金属に触れると大変なことになると思う」
「金属アレルギー?!」
「ニャんでそんなことが分かるニャ!」
「ノムノンさんの部屋を思い出してごらん。金属製のものが一切おいてなかったろう。
例えば、土鍋。本来土鍋よりも熱伝達性の良い金属製の鍋を使った方が薬を煮込むのには適しているんだよ。それなのに土鍋をつかっていた」
「でも、土鍋は材料がしみ込んで味に深みが出るとか言うニャ」
「いや、そりゃ料理の話だろう。薬を作る鍋で他の薬効が染み出てきたらまずいって。
だからノムノンさんの部屋には各薬毎に調合用の専用土鍋がたくさんあったろう。
それにダンジョンからの戦利品にも金属製の物が一つもなかった。
ダンジョンの宝物っていえば定番はネックレスとか指輪、ブレスレットだろ。そういう類のものが一つもなかったからね。ぴんと来たのさ。で、申し訳ないけど小銭をばらまいて試させてもらった。
結果は説明するまでもないだろう。
で、だ。そんな金属アレルギーのノムノンさんが金属の塊みたいなミスリンさんに触れることはできないんだ」
そうして、パスクールは体を一人の人物へ向けた。
それはドワールだった。
「宝物を複数所持して、かつ、手早く粘土でミスリンさんの額の呪文を埋め潰し、やすり掛けまでしてしまう職人技をもっている人物は、もうドワールさん、あなたしかいないんですよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんなの言いがかりだ。
宝物をもっていないって、ラブクラウドやウルバーンが持ってなかったなんてなんでいいきれるんだ。部屋になかっただけだろう。実は持っていたかもしれない。そ、そうじゃないといいきれるのか!
そ、それか、銅貨一枚でも反応したかもしれない。なんたって奴は屑拾いだったんだからな。ネジとか針金とかにでも拾って集めるやつだ。金属ならなんでも反応しなかったと言いきれるのか?!」
「往生際が悪いですね。
古代魔法語に精通しているあなたやノムノンさんとちがって、ラブクラウドさん、ウルバーンさん、ピッガーさんには呪文の最初の一文字だけを消し潰すことなんてできないんですよ」
「な、なぜだ。文字なんて分からなくても最初の文字を消せばよいと分かっていれば、だれにだってできるだろう」
ドワールは必死に反論をした。
「それはそうです。一文字目を消すってのはラブクラウドさんと、あとラブクラウドさんが教えたというウルバーンさんも知っていますよ。だから、ドワールさんがやったとは言い切れないと思います」
ブンナゲッタが同意を示したが、パスクールはゆっくりと首を振った。
「いいや、できないんだ。
ラブクラウドさんが僕らに説明してくれた時、彼は僕らがつかう共通語で『エメス』と書いた。古代魔法語で表記すると『תמא』となる。だが古代魔法語で『エ』を示す文字は『א』。つまり右端の文字なんだ。なぜなら、古代魔法語は右から左に綴る言語だからだよ。
知っていると思うが、ゴッタニンの公用語はみな、左から右に綴る言語ばかりだ。だから、古代魔法語を知らないラブクラウドさんたちが最初の一文字を消すとだけ覚えていたら、消す文字は左端、つまり『ת』を消してしまうことになるんだよ」
「な?!」
「ニャンとニャ!?」
パスクールの説明にブンナゲッタとニャミンは同時に息をのんだ。
「清風展に参加しようとするあなたが古代魔法語に精通していないなんて言い訳をまさか今さらするとは思いませんが、最後にダメ押しです」
パスクールはハンカチを取り出してひらひらと振って見せた。
「このハンカチにはウルバーンさんの臭いが染みついています。
なんでそんな臭いが染みついているのか?
それは、このハンカチであなたと部屋で触った五鈷杵からこぼれた泥を拭いたからです。
まあ、理由は公共の場で話すには憚れる内容なので省きますが、それはすなわちこの泥がミスリンさんの裏庭に通じるドアすぐのところの泥であることを意味するのです。
棚にずっと放置していたはずの宝物からなんで、そんなところの泥がこぼれ出るのか?
つまり、その宝物がミスリンさんをおびき出す最初の宝物としてミスリンさんのドアすぐの地面に埋められていたということです。
どうですかドワールさん。これでもまだ、自分ではないと主張されますか?」
ハンカチを前面にパスクールは一歩前に踏み出す。ドワールは全身を震わせると、最後にはがっくりと膝をついた。
2023/04/09 初稿
解決編 ホワイダニットは4月10日 16時投稿予定です




