MPゼロオーバー
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ねえねえ、こーちゃん質問ね?
ゲームでMP、いわゆる魔法力がない状態で、意識だけがあるって、どんなもんなんだろ? もし無理に頑張ろうとしたら、何が起こるんだろうか。
精魂尽き果てたなら、気絶なりして行動不能になりそうなもの。実際、MPがゼロになったら動けなくなるゲームもそれなりにある。
しかしMPがなくても平然と動けるって、どのような状態で、どう悪影響が出るのかなあ、とふと考えたのさ。
頭はフラフラでも、見ために肉体のパフォーマンスが落ちるでもなく、行動を続行できている。これっていったい何なのかと。
――ゲームの話なんだから、メタ的なことは考えずに、そういうものだと思っておけ?
それを言い出すと身も蓋もないけれど、想像をふくらませるのも楽しいじゃないか。どうにか納得できる理由付けをしようと、頭を働かせるのもね。
実は僕、現実にMPが尽きたうえで、魔法を使おうとするとどうなるか、ひとつ答えをもらっているんだ。そいつが正しいのか、別の答えがあるのか探っているところなんだよ。
――その答えの話を、聞いてみたい?
実際、どのようなタネがあるのか、ないのかもわからない話なんだけどね。
数年前の、小学校でのこと。
僕のクラスに魔法使いを名乗る男の子がいた。
当時、魔法使いの言葉に魅せられる子は多かったが、僕はいずれにもトリックがあると考える派だった。
手品好きの親戚にタネを教えてもらった記憶が、あったからかもしれない。どのような不思議現象にもからくりが存在するのだと印象付けられた。
ゆえに今回のことも、彼の手の内を暴いてやろうと興味のあるフリをして、彼の実演の場へもぐりこんだわけ。
彼は自分の見せる手品を、「山崩し」と呼んでいた。自分の意志一つでもって、指さした山を崩すことができると。
たちどころに、形を失ってしまうとは限らない。大きさ、その他の条件によっては時間をもらう場合があると。
逃げ道を作っておくのは賢いやり方だ。多少、不手際があろうがレアケースで片づけることができる。
まあ、どこへ逃げようが関係ない、根っこ部分を探らせてもらうわけだけど……と、僕はギャラリーに混じって観察をはじめた。
場所は放課後の、学校近くにある公園。
崩すにあたってあまり迷惑のかからないもの、という触れ込みで、彼は砂場で土の山を作ってほしいとリクエストする。
集まった中で砂あそびの腕に覚えのある人が、砂の山を作っていく。
シンプルに土を盛ったものではあるが、水や近くに転がる木ぎれなどでもって、周りを囲ったものだ。そう簡単に崩れるようには思えなかった。
それが、彼の一指しでたちまち壊れてしまう。
形を整え、皆が離れてひと呼吸。彼が「ていっ」と指で山を指すと、その山肌がどっとなだれ落ちていくじゃないか。
距離は数メートル離れている。指がじかに届いた可能性はない。前もって指や腕まわりに細工が施されていないのも、確認済みだ。
山を成す砂たちは、囲いたちを自ら破る勢いで流れ落ちていき、ギャラリーたちから驚きの声があがる。
僕はじっと目を凝らしたが、タネらしきものは見破れずにいた。さいわい、アンコールをお願いする子が他にいて、彼自身も承諾してくれる。
次こそ、次こそと意気込みながら、付き合うこと4回。糸口さえ見つからないまま、時間と回数だけ重ねてしまった。
すでに見飽きたメンツは散っていく気配を見せている。それにもめげず残っていた、僕を含むメンツは、「もう一回」とせがむものの彼は首を横に振ってしまう。
「今日はもう、魔法力切れだ。残念だけど休ませてほしいかな」
これ以上は、トリックを見破られかねないと思ったかと、僕は都合のいい想像を膨らませる。
だとしたらこのタネ、そこまで複雑なものではないだろう、とも。
一日のうちに限度はあれど、日が改まれば何度でも見せてくれる「魔法」。
その姿勢を僕は挑戦ととった。「見抜けるものなら、見抜いてみせろ」といわんばかりの宣戦布告とね。意地でもくっついていって、暴いてやるつもりだった。
足で踏めるほど小さい山なら5回。規模が増すたびに、魔法を使える回数は3回、2回と減っていき、切り上げが早まる。
場所もギャラリーのリクエストによって、無作為に変わった。回数に差はあれど、確かな結果を出し続けるとなると、彼の力を認めたほうがいいのだろうが、意固地な僕はまだ折れない。
とてつもない量のサクラを用いていると思った。それもまた力といえなくもないが、僕にとってはインチキに違いない。他人の力を借りて、あたかも魔法のごとくふるまうなど、ペテン以外の何でもないと。
もはや自分のプライドにかけてのみ、彼の所業の裏をとってみせると意気込む僕は、自分ひとりで彼に向かうよりないと判断。
「魔法」を見慣れたゆえか、関心を払う人も一時期よりはだいぶ少なくなっている。そのタイミングで、僕はしつこく彼に追いすがった。面と向かって、その手品のタネを明かしてやると、はっきり果たし状も突き付けたんだ。
当の彼は、困惑した表情。断る理由もないが、面倒な相手になつかれた……といったところか。自分のプライドしか眼中にない当時の僕は、そこまで気が回らず、連日のように魔法を使ってもらっては、正体をあばくことに、やっきになっていたんだ。
しぶとく食い下がって観察したためか、彼の魔法は山に限らず、指さした標的に影響を与えることは分かった。山を選んでいたのは影響を表現しやすいことと、止まっていて小さいものなら消耗が少ないためらしい。
一度、動いたものに頼み込んだことがあって、そのときは指さしたハエ一匹をたちまち落としたものの、「今日はこれで店じまい」と魔法を見せてはくれなかったよ。
何かを飛ばしているらしいことは、察せられた。あとはそれがどのようなものか、どこから飛んでいるかを探る段階だ。
一連の所作から指先より飛んでいると思うかもしれないが、僕は手品などによくある誘導と察している。真の発射源を隠すため、見る人の意識を指へ集めようとしているのだと。
どうにか心理的盲点をなくして、横で見張る僕だったが、その日もMP切れを告げられて帰宅と相成る。その途中でも、どうにかスキを逃すまいと、彼へ注意を払い続ける僕だったが……。
ふと、僕たちの背後からクラクションがする。道幅の半分ほどを覆うトラックだ。
ここは歩道がなく、かろうじて路側帯のラインが引いてあるのみの小道。勝手知ったる地元民にとっては国道、県道へのショートカットでもあって、利用する者はぼちぼちいる。
僕たちは端により、余裕をもってトラックに追い越しをさせたけれど、その後が思いもよらない。
僕たちの進む方向へ、どんどん遠ざかっていくトラックの背中。その足元に転がっている大きめの意志が、後輪に乗っかられて、ひっかけられた勢いでこちらへ飛んできたんだ。
おそらく速度としてはかなりのものだったと思う。自分の目にははっきり分かる速さなのに、体が動かない。
すさまじく神経が集中していたんだと思う。それでいて、直撃を悟るに十分だった。
その眼前まで迫っていた石が、瞬時にはじけ飛んだ。
いくつか細かい破片が飛び散るも、正面からぶつかったときに感じるだろう衝撃には遠く及ばない。
きっと「魔法」が使われたんだ。とっさに僕は並び立つ彼を見やるも、そこに彼はいなかった。戸惑いながら視線を落とし、思わず口へ手をやる。
固まる前のお好み焼き、と僕の知識は割り出す。
具の代わりに、彼の履いていた靴、来ていた服などが浮かび、あとは水たまりのような広がりで、肌の色をした液体が広がっている。
それが二、三度まばたきする間に、靴に足が通り、服に胴体が、腕が、首が通っていく。
あっという間に彼の姿が現れるも、頭を両手で抱え込んでいる。
「やっぱり、魔法力カラで使うのはダメだな……ごめん、ちょっと先に帰る」
足を速める彼だったが、そのお好み焼きのあったところは、その広がりとうり二つの形で、見事にアスファルトが深々とえぐられていたんだ。
そして彼は卒業するまで。僕たちと一緒に学校で、年いちの健康診断を受けず、部屋を別にされていたんだよ。