a 某所、歩く者たち 2
気のせいでは済まさない程度に、辺りを埋めていた砂塵は薄れ。
轟々と埋めていた風の音は鳴りを潜め、向かい風の抵抗を受けていた体が軽くなる。
見えた空は、砂に巻かれる前と同じく濁った雲が埋めている。
辺りが枯れた大地であることも同じだが、異なる点が一つあった。
「道が見えてきた。降りるぞ」
管理の手を離れてからどれだけ経ったのか、舗装材は無数にひび割れ、地面が覗く。されど今でも交通の手段として用いられている跡の見えるそれを見つけると、地より離れていた車体が徐々に高度を落としていく。
車輪が地に接すると、着地の衝撃でガタガタと車体が揺れるが、すぐに車体の防振機構に大部分を殺され、気にならないほどのものになる。
「まあ、アレだ」
道がある。
それはつまり、辿った先に、何らかの人の営みがあるということであり、少なからず湧き上がる期待に、操縦桿を握る手に力がこもる。
「世界がおかしいとか、滅ぶとか、何とか言うけどな」
青年の話し方は先ほどと変わらない淡々としたものだったが、そこにあった倦怠は薄れていた。
「本当にそうなるのか、実際になったとして、俺たちがどうなるのかは、俺にはわからない。わかりようもないし、仮に分かったとして、そしたら今度は、その終わりに備えて何をすればいいのかってのが出てくる」
肩をすくめながら、
「そうなったらもう、お手上げだ。俺は<軍>の連中みたいに世界とやらの根幹に迫る研究者じゃないし、大勢を引っ張る政治屋でもない。せいぜいが、ちょっとした曲芸ができる程度の、ただの便利屋風情だ」
長く続く緊張や疲労によるものか、おどけた言い回しと裏腹に、口調や表情にはその気がない。
青年もそれを自覚したのか、小さく、しかし溜まった疲れを押し込めたような重い息を吐き、強張った体から力を抜く。
「だからな、」
言いながら、もうしばらくの辛抱だと体に力を籠めなおし、
「俺にできることは、たった一つだ」
「それは、なに?」
少女の問いに、簡単なことだ、と青年はつぶやくように、
「 」
口にしたのは、単純な答えだった。
壊れているらしい、実際に壊れてもいるのだろうロクでもない世界への、応え。
「……そっか」
"それ"を聞いた少女は、ただ、納得の意を返す。
「な、簡単だろ?」
「……簡単というか、雑というか」
呆れたような、気の抜けた少女の回答に、青年は口元を笑みに歪める。
「実際、俺たちにできることはそれくらいだ。それすらもできなくなることだってあるし」
「だから、これが最善だ、と」
「まあ、そうなる」
「……ふぅん」
「納得したか?」
「納得も何も、答えになってない」
けど、と少女は付け足すように、
「言いたいことは、なんとなくだけど分かった」
「……そうかい」
なら、よかった。
青年が出した"答え"は少女の言う通り、正確には答えになってはいなかった。
ただの"希望論"に過ぎず、ともすれば自己満足の一言で切り捨てられる程度のものだ。
だけど。
青年と少女にとっては、それでもよかった。
「<都市>に着いたら、何がしたい?」
「……気が早い。最後に立ち寄った<都市>でも、まだずっと先なのに」
荒野を、三輪の走行車が駆ける。
「べつに、楽しみを考えてもいいだろ。その方が、帰る足にも力が入る」
まばらに茂る植物、赤茶けた大地、風雨に晒されボロボロの人工物の残滓が視界を通り過ぎていく。
「行きで立ち寄った<都市>に、露店の集まりがあっただろ。
そのうちの一軒の、徘徊獣の煮込みが旨そうだったな。お前に急かされたおかげで、食いそびれたが」
「ヒトのせいにしないで。……それと、あれはやめた方がいい。具に、壁外の汚染穀物が混ざってた」
「……そういうところは目敏いな」
流れる景色の中には時折、野生と思しき獣や、粗末な建造物やテントらしきモノが混じる。
二人はそれをぼんやりと見やりつつ、会話に興じる。
「とりあえず、簡単にでも体を洗いたい。それから着替えて、メシにしよう」
「先にごはんがいい。あと、ふかふかのベッドで寝たい」
誰もいない。
あるのはかつての名残と、生き延びるためにその肉体構成を変えた原生のものたちだけだ。
終わりへの道を辿る世界と、しがみつき、寄り添いあう住民がいるだけだ。
「今を、生きていこう」
ぼそりと、青年が言った。
「今を、俺たちのできる限り、生きていこう。世界が死んで、最後の寄る辺もなくなるまで」
これは、終わりが確約されたお話。
朽ち行く世界と、その中を生きる人々の物語だ。