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隊長バルク


 遠くで馬のいななきが聞こえた。続いて地鳴りがすると、やがて大海原を彷彿とさせるかのように大きく畝った平原を軍団が駆け降りて来る。騎乗している戦士は皆皮の甲冑を身にまとっている。小さな円形盾と共に手綱を持ち、片手に剣を握り弓を背にしている者も居る。その数は約1000騎ほど。全員黒々とした髭と髪を風になびかせて、馬を己の手足のごとく操り疾走している。



 モンゴル高原での遊牧生活では、馬に乗れないと生活していく事が出来ない。幼くして馬に乗り、矢を放って獲物を獲る。騎馬兵はこの地で生まれべくして生まれた兵士達だ。

 タタールは、北アジアのモンゴル高原と東ヨーロッパにかけて活動したモンゴル系など様々な民族である。

 後にタタルと自称する人々はモンゴル部族に従属してヨーロッパ遠征に従軍し、彼の地の人々にその勇猛ぶりを恐れられた。


 やがてモンゴル帝国が滅亡して、遠征地の一つモルダビア公国付近に残り住み着いたタタール部族には、アルチ、チャガン、ドタウト、アルクイの4氏族があった。そのアルクイの末裔で今は自ら騎馬軍団を組織して傭兵となり、各地で荒稼ぎしている者が隊長バルクであった。

 副将として側に従っている若い男は、日に焼けた肌を惜しげもなく晒す剣の達人クイナ、もう1人は古参らしい渋い顔つきの賢人タリウトである。付き従う軍団の皆はぜい肉のかけらも無い身体をしている。


 早朝だ、焚き火で炙った肉をナイフで削ぐ。朝はそれだけを腹に入れて皆馬に乗る。騎乗して見える景色は、地上を歩いていては分からない別世界である。歩くよりも馬上の方が居心地の良い男達であった。


「タリウト!」


 そう叫びながらいきなり馬を走らせたのはクイナだ。剣を抜き、身体を大きくずらすとタリウトの側を駆け抜けながら大地の草を鮮やかに払ってみせた。

 手綱を引き戻って来るクイナに、タリウトは首を振りながら笑い言った。


「クイナ、お前も副将ではないか。もう少し大人になったらどうだ」


 クイナは白い歯を見せ笑った。この男が剣を抜けば軍団で敵う者は誰一人居ない。同じ副将のタリウトは歴戦の勇者ではあるが、既に初老だ。


「まったく」


 若さをもて遊ぶ若者には、やれやれといった顔を見せて苦笑いするしかない。



 史実では13世紀から17世紀において、多様なタタール族がポーランド・リトアニア共和国に移住や難民とし居住した。ポーランド王は、勇猛果敢な戦士として知られていたタタール人を好んだからである。




 歴代のモルダヴィア公は有力な貴族間の抗争に悩まされながらオスマン帝国と戦ってきたが、今ではその従属国になっている。火種となるルーマニア人貴族の勢力は残された。


 この日、時のモルダヴィア公ディミエル・ファナリオカンテールは、プルート川沿いの領有権を巡る争いに決着を付けるべく出陣していた。

 もちろんこの争いにはルーマニアの貴族達が絡んでいる。


 バルクにも出陣要請がきているのだが、その知らせは同じタタールの氏族チャガンを通して来たのだ。


「気に入らねえな。どういう事なんだ。なんでチャガンからなんだよ」


 そういい、クイナはバルクの方を見た。出陣の要請が商売敵のチャガンを通して来たのが気に入らないのだ。


「まあそう言うな。戦さで手柄を立てればそれでいいではないか」


 バルクはそう言いながら、今度はタリウトに、


「今回は大した戦闘ではないようだ。少人数でいいらしい」

「……では20騎程を集めて準備を」

「そうしてくれ」


 大した戦闘ではないらしいと言うバルクの話しに、タリウトは何か言いたそうな顔をしたが、そのまま口をつぐんだ。


 バルク達傭兵はモルダビア郊外の街ベンダーの周囲にそれぞれ居を構えて、普段は狩猟などをして日々の糧を得ている。中には酒場の用心棒をしている変わり者もいる。

 だが一たび傭兵の声が掛かれば、皆剣を携えて隊長バルクの元に駆けつける仲間なのだ。


 しかし実はバルクも今回の要請には内心スッキリしないものを感じていた。

 タリウトも気がついているようだが、たしかにおかしい。大した戦闘ではないと言いながら、何故チャガンは俺たちに声を掛けて来たのか。チャガンの兵だけで足りるだろうに。わざわざ商売敵にも声を掛けて来たのは何故なのか。しかも少人数でいいとまで言っている。話しがチグハグだ。

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