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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ちょろ子さんはチョロくない

 もしもあなたが、お姉さん気質の幼馴染とクラスメイトの美少女から同時に交際を迫られたとしたら……果たしてどんな反応を示すだろうか?


 両手に花だと舞い上がって、モテ期を存分に満喫する? はたまた、真剣に悩んだ末にどちらかとお付き合いする?


 どちらの選択肢を選ぶのもあなたの自由だ。

 だけど、ボクはそのどちらも選ばない。そもそも選ぶ気がない。それなら、他に心に決めた好きな子でもいるのかって? いいや、そうじゃない。


「ちょろ子、そろそろいい加減に腹を括ってわたし()()の子どもになろ?」

「チョロちゃん、もちろんうちかて大歓迎やで。()()で仲良くラブラブしようや! 絶対幸せにしてみせるから、な?」


 ……今まさにとんでもない爆弾発言をかましたのが、ボクに交際を迫っている親友二人。

 さて、ボクがどちらとも付き合わない理由、お分かりいただけただろうか?


「あのね……ボク、カップル(百合)の間に挟まる気はこれっぽっちもないから!」

「ちょろ子って照れ隠しが下手っぴだよね」

「他でもないうちら二人がそれを望んでいるんやから、チョロちゃんは何も気にせんでええのに」

「照れ隠しなんかじゃないやい! それと、二人が気にしなくてもボクが気にするの!」

「「いけず~~」」

「いやいやいやいや」


 そう、ボクの幼馴染こと川島晴香と、訛りが印象的なクラスメイトの風切瑞稀は……学園の全生徒が認める正真正銘の百合ップルなのである。

 そしてボク、双葉智代子はこの世に生を受けてから16年という歳月を女の子として生きてきた、周りよりほんの少し身体がちっちゃいという程度しか特徴がない、ごく一般的な女子高生というね。

 まあ、だからそういうことです。はい。


「そもそもだけど、二人の子どもになれって何さ? わけわかんないよ!」

「……えっ? だって、わたしたちと普通に付き合うのは無理なんでしょ? だったら、もうそれしかないかなって」

「え〜っと……うん、ごめん。理論が飛躍しすぎていて1ミリたりとも理解できなかった」

「チョロちゃんって、実はアホの子なんやっけ?」

「いや、馬鹿なこと言っているのは寧ろ二人のほうだからね?」

「「ちょっと何言っているのか分かんない」」

「……なんで!?!?」


 だめだ、またいつも通り二人のペースに乗せられちゃっている。こんな調子だから、あだ名が「ちょろ子」になっちゃったんだろうな……。ぐすん。


 ここでひとつ勘違いしてほしくないのだけれど、ボクはべつに女の子同士の恋愛に対して否定的なわけじゃない。それどころか、寧ろボクってば()()からずっと百合を推しているからね。

 だって、てぇてぇの最高じゃないですか。鑑賞する分には、という当たり前の条件付きだけど。これ、とっても重要!


「何度でも言うけどな、うちは三人一緒に仲良くお付き合いしてもええんやで? というか……ぶっちゃけ、チョロちゃんとハルちゃんの両方といちゃいちゃしたいんよ」

「だぁかぁらぁ、何その穢れに穢れた関係性!? お願いだから、安易に新種の三角関係を生み出そうとしないで!」


 ぶっちゃけすぎではないだろうか。何にせよ、そんな馬鹿な話を受け入れるわけにはいかない。


「ちょろ子、その点は大丈夫。ちゃんとゼロ夫多妻制を採用するから」

「それ、法律から変えなくちゃいけないから! ちっとも大丈夫じゃないよ!?」


 うーん、そろそろツッコミが追いつかなくなりそう。マシンガン並みにボケを連発しないでほしい。


「もう、ほんま我儘な子やなぁ。そういうところも可愛いんやけど」

「これボクが悪いの!? というか……あわわわっ、急に甘やかすなぁああ」


 瑞稀にいきなり頭を撫でられ、ボクは必死に抗議の声を上げる。だけど、幼馴染の晴香に昔から頭を撫でられまくってきた所為で、ボクはナデナデに非常に弱いのだ。ぐぬぬ……。


 あれは今から1年と1カ月ほど前、高校の入学式を終えた直後だったか。腐れ縁の幼馴染であるが故に、自然と行動を共にしていたボクと晴香。そんなボクたちに最初に話しかけてきたのが瑞稀だった。

 初めこそ、人見知りな性格のボクとの距離間を慎重に見極めていた瑞稀は……半月も経った頃には遠慮なくボクの頭を撫でまわすようになっていた。これだから、コミュ強の美少女ってやつは恐ろしい。


「この前偶然知ったのだけど、『つるむ』って言葉には交尾するって意味もあるみたいね」

「ほほう、ええこと教わったわ。……よし、放課後三人でつるもっか?」

「よし、じゃないからね。そういう意味合いでは、ボクは絶対つるまないよ!? あと、唐突に下ネタ投入するの禁止!」

「ふふっ。顔真っ赤にして可愛いなぁ、もう」

「もしかして、一周まわってうちらのこと誘っていたりするん? あぁん、その表情は反則やわぁ」

「全然違うからぁああああ」


 うっかりツッコミを入れてしまったばっかりに、晴香までボクの頭を撫で始めた。だからナデナデには弱いんだってば。

 ほんと何なんだろうね、この状況。それもこれも、晴香の話題のチョイスに他意しか感じられないことと、ノリノリで悪乗りしてしまう瑞稀が悪い。


 ……あっ、まさかとは思うけど、本気で()()()気じゃなかったよね?

 いや、君たち二人だけで勝手にイチャコラする分には何も言わないけどさ。寧ろ積極的に後押ししたいくらい。だから、傍観者であるボクのことは巻き込まないで!


 そういえば、周りがボクのことを本名の智代子(ちよこ)からもじって、ちょろ子とかチョロちゃんなどと呼ぶようになったのも、二人の悪乗りがきっかけだった。誰がちょろ子だ、誰が!

 今ではあだ名がクラス中に浸透してしまっているのだから、ほんと(たち)が悪いったらありゃしない。


「ついでに言うと、ちょろ子って呼ぶのも禁止にしたいんだけど」

「いや、でもねぇ……」

「うちらの為すがままに頭を撫でられて、その上こんなにも惚けちゃっている姿を見たら……ねぇ?」

「ぐぬぬぬぬぬ」


 なかなかどうして、ままならないものである。

 




 突然だけど、あなたには前世の記憶ってやつが残っているだろうか?


 大丈夫、ボクはスピリチュアルな話がしたいわけじゃない。宗教の勧誘とか始めないから安心して。

 何故いきなりそんなことを問うたのかといえば、それは至極単純なことで……ボクにはそれが残っているから。ただそれだけの話である。

 もしも同じような境遇の転生者がいるならば、ぜひ一度お会いしてみたいものだ。そのときは、思う存分これまでの苦悩を愚痴り合おうではないか。


 まあ、転生者だからといってファンタジーな異世界に飛ばされたわけでもなければ、何か使命を背負って人生をリスタートしたわけでもないので、特段これといった面白みはないんだけどね。精々、前世では今と異なる性別で生きていた、という辺りしか特筆することがない。その点だって、彼此12年もこの身体で生きていれば、性自認は立派に女の子なわけだし。


 ただし前世で男だった影響か、クラスの男子や男性アイドルにときめいたり、ましてや恋愛感情を抱いたりなんてことは一度もないんだよね。

 だけど、前世の頃のように女子にときめくのかと訊かれれば……それもまたNOだ。いや、だってボクは今も昔も百合を傍から眺めることが大好きな百合愛好家なんだよ? その神聖な領域に不純物の自分が加わるだなんて……いや~、絶対ムリムリ!


 そんなわけで、高校2年に進級したタイミングで付き合い始めた遥香と瑞稀の百合な光景を、親友の立場という特等席から鑑賞しながら、ボク自身は独り身のまま第二の人生を謳歌するつもりだった。うん、間違いなくそのつもりだったんだけどね……。ほんと、何がどうしてこうなった!?

 


◇◇◇



 わたしのちっちゃな幼馴染、双葉智代子はとってもチョロい。


 たとえ怒りに震えていても、頭を撫でてあげさえすればすぐに目を細めて気持ち良さそうな声を漏らす。

 全力で何かお願いすれば、なんだかんだと言いつつも大抵のことは受け入れてくれる。もちろん、彼女が本気で嫌がるようなお願いはしないけれど。わたしはチョロくて可愛い幼馴染が大好きなのだから。


 智代子のことを最初に意識したのは、たしか小学校2年生の頃だったか。

 意識したとは言っても、べつに恋愛的な意味ではないよ? 幼い頃のわたしはそこまでませてはいない。ただ、初めてクラスメイトになったその少女があまりにも小動物的で愛らしかったものだから……うっかり心を奪われてしまったのだ。それこそ、この子を可愛がる権利はわたしだけのものだ、とクラス中の同級生に主張したくなったほどには。

 小学校低学年の子どもに母性を目覚めさせるだなんて、智代子は罪作りな女だよね。この責任はきっちり取ってもらわないと! ふふっ、なんちゃって。


「なんで小学校の卒業アルバムなんか眺めながらニヤケてるん?」

「だってぇ……見てよ、智代子のこの表情! ふふっ。人一倍大きなサツマイモを掘り上げたからって、ほっぺた蕩け落ちそうなくらいに満面の笑みを浮かべちゃって」

「ふむふむ。うひゃ~、たしかに! めっちゃ可愛いなぁ。こりゃ堪らんわ」

「でしょ! でしょ!」


 今年の春から付き合い始めた恋人が、わたしの隣に寝そべりながらモジモジと身悶えている。

 放課後や休日、どちらかの家に集まってだらだらと過ごすのが、わたしたちにとっての日常だ。


 もっとも、わたしと瑞稀が現在のように付き合い始めるまでは、智代子も含めて三人仲良く集まることが多かったのだけど。

 まさか瑞稀と付き合い始めた途端、自分はお邪魔虫だからとひとり図書館に通い出すとは想定外だった。常識的に考えればそれが当然の反応だと気づいたときには、膝から大いに崩れ落ちたものだ。

 それでも、寂しいこと言わないでよぉと涙目で縋りつけば三日に一度くらいは折れてくれるから、やっぱりチョロ……いや、優しいよね。


「ハルちゃんはほんまにチョロちゃんのことが大好きやなぁ」

「そんなの当たり前でしょ。それに、智代子のことが大好きなのは瑞稀だって同じじゃない」

「ニシシッ、まあな! そういえば、今日のチョロちゃんも可愛かったなぁ」

「それも当たり前。智代子が可愛くない日なんて、一日たりともこの世に存在しないんだから」


 わたしの幼馴染が超絶可愛いことは、まさしくこの世の理なのだ。

 




 彼女、風切瑞稀はわたしの愛しい恋人であり……とある志を共にする同志でもある。共犯者という表現の方がより的確かもしれないけど。

 わたしたちが付き合うようになったきっかけ、それは瑞稀の発した一言だった。




「念のため確認なんやけど、ハルちゃんはチョロちゃんのこと大好きって理解で合ってるやんな?」


 新たな学年に進級し始業式を終えた、麗らかな春の日の放課後。大事な話があるからと親友から呼び出しを受けたわたしは、ひとり屋上へ駆けつけた。

 で、いきなりこの一言である。わたしは、わたしを呼び出した張本人である瑞稀が投げかけてきた、あまりにも唐突すぎる質問に首を傾げる。


「……? 当たり前でしょ、そんなの。わたしたち幼馴染なんだから」

「あーー……ちゃうちゃう。うちが言うてるのは、ラブな意味での好きのことや」

「ら、ららららラブ!? はっ? ちょっ、何それ意味わからないんだけど。とりあえず……絶対そんなんじゃないから!」

「……えぇっと、それって照れ隠しなん? それとも、ほんまに自覚ないん?」


 わたしには、彼女の言っていることの意味が理解できなかった。否、理解したくなかったというのが正確か。だって、正直に吐いてしまえば……たしかに心当たりはあったから。

 けれど、それを認めるということは、これまで築き上げてきた幼馴染という関係をあっさりぶち壊すことに限りなく等しいわけで。智代子と別の関係になることを一度でも望んでしまえば、少なくとも今の関係は確実に瓦解する。そんな予感があった。しかも、望みが成就しようがしまいが関係なく、そうなってしまう。それだけは意地でも避けたかった。

 だからこそ、僅かでも自覚した時点で速攻蓋をして封じ込めていたつもりだった。それなのに、ほんの一年一緒に過ごしてきただけの瑞稀がどうしてそれを見抜いているかのような態度を取るのか。戸惑いとショックで、わたしの頭はぐちゃぐちゃになる。


「だって、ハルちゃんがチョロちゃんに向けている視線、うちが二人に向けている視線と同じなんやもん。チョロちゃんはめちゃくちゃ鈍いから、全然気づいてなさそうだけど」


 ん? あれ?

 予想していた展開とのズレに気づき、なんとも言えない違和感を覚える。瑞稀はわたしの愚かな願望を糾弾しようとしているわけではないのか? どうにも分からない。


「瑞稀がわたしと智代子に向けている視線……?」

「せや。好きで好きで堪らなくて、心底から夢中になっている対象にだけ向ける、茹で上がるほどに熱を帯びた桃色の視線」


 ちょっと待った。この際、わたしがそんな視線を智代子に向けていたことは認めよう。もはや、それどころではないのだから。まさか、まさか……。


「そ、それって……ねぇ、瑞稀はもしかして」

「やっと気がついたんか? たぶんハルちゃんの想像した通りや。何を隠そう、うちは君ら二人ともにベタ惚れやねん。一年前に一目見たときから、ずっとな」


 出会ったその日から!? まさに衝撃の告白だ。


「そんなの、わたしちっとも気がつかなかった。たぶん、智代子だって気がついてないはず……」

「せやから言うてるやん、チョロちゃんは鈍いからって。ずっと近くにいるうちら二人から熱い視線を送られて尚も気がつかへんとか、あの子は相当やで。ハルちゃんの方は、鈍いというか、あまりにもチョロちゃんに夢中やから……うちの想いに気がつかんのも仕方ないわ」

「わたしってそんなに智代子のことばかり見ていたんだ。うぅ、穴があったら入りたい……」


 なんというか、つい先ほどまで意地を張って必死に否定しようとしていたことが馬鹿らしくなってきた。

 ええ、そうよ。わたしは智代子がラブな意味で大大大好きなのよ! それが何か問題かしら?!

 ――完全に開き直りの境地である。


 それはさておき、今は目の前の親友の口から飛び出したカミングアウトに向き合わねばなるまい。

 わざわざわたしを呼び出して、こんな話題を切り出したということは……恐らく、瑞稀の話にはまだ重要な内容が残っているはずだ。

 彼女の頬は、わたし同様に随分と赤く染まっている。放課後のこの時間、まだ夕日は差していない。


「この際やから思い切って明かしてしまうけど、入学式の日に二人へ近づいたのは、そういう下心もあってのことやねんで」

「ちょっ?! 下心って……!」


 些か思い切りが過ぎるのではないだろうか?

 いや、下心って言い方がアレなだけで、つまりはそういうことなんだろうけど。


「それで……瑞稀はわたしに何を求めるの?」

「うちと付き合ってほしい」


 やっぱりか。清々しいまでの即答である。

 だけど、告白する前にわたしが智代子のことを好きなのか確認したということは、当然わたしがどんな答えを返すのかも見当がついているはず。それでも臆せずに気持ちを伝えてくれたのだから、その覚悟にはしっかりと答えねばなるまい。それが、勇気ある親友に対してのせめてもの誠意だ。


「あのね。瑞稀のことは嫌いじゃないし、なんだかんだで付き合ったら楽しい毎日が待っているんだろうなって思う。わたしたち、意外と似た者同士だもんね。でも……ごめん、わたしは瑞稀と付き合えない。だって、他に大好きな子がいるから」


 本当にごめん。そしてありがとう。


「そっか……良かった、ハルちゃんがチョロちゃんのこと好きでいてくれて。それと、うちと付き合った未来を楽しそうやと言ってくれて」

「瑞稀…………」

「なら、やっぱりうちら付き合おうや」

「み、瑞稀……?」


 おっと、困った。親友の思考回路が読み解けない。何がどうしてその結論に至ったのか。


「うち、さっき言うたやん。二人ともにベタ惚れやって。最初っから、うちは三人仲良く恋人関係になる未来しか考えてないんや!」

「瑞稀さん……!?」


 前言撤回。彼女の言っていた「下心」は文字通りの意味だったようだ。

 純情なわたしの謝罪と感謝の想い、悪いんだけど返してもらえません?




 今思い返しても、あれはあまりにも最低な告白だった。瑞稀以外の口から同じ台詞が飛び出していたならば、わたしはその相手を完膚なきまでに蹴り倒していただろう。


 ただ、あの日のやり取りには続きがある。その続きを聞いて()()()()()()()()()()()わたしもまた、同じくらい最低な女に違いない。そういった意味でも、やっぱりわたしたちは似た者同士、どこまでもお似合いのカップルなようだ。

 


◇◇◇



「ちょろ子、今日こそ私たちの子どもになる決心がついたよね?」

「いやいやいや、どれだけ時間が経ったところで、絶対にそんな決心はしないからね!?」

「そう……分かった。じゃあさ、仕方がないから三人仲良く()()()付き合おっか」

「ねえ、何にも分かってないよね!? 大体、三人で付き合うって台詞自体が普通じゃないから!」


 昼休みの屋上、いつものように手作りのお弁当を広げながら、ハルちゃんとチョロちゃんの夫婦漫才を鑑賞する。眼福、眼福。


「チョロちゃんは怒った表情も愛らしいなぁ」

「ちょろ子……いや、エロスは激怒した。ふふっ」

「それを言うならメロスでしょ……って、いや、メロスでもないけど。そんなことばかり言っていると、かの邪智暴虐の親友を除かなければならぬと決意しちゃうよ!?」


 頬を桃色に染めながら、今日も元気にツッコんでいるチョロちゃん。彼女なら、うちが生まれ育った地元の学校に転校したとしても、あっという間に馴染むことができるはずだ。あそこは、ボケとツッコミが日常の一部と化しているからね。

 まあ、たとえ無口な性格だったとしても、皆に愛される運命には変わりないんだろうけど。さすがチョロちゃん、チョロ可愛い。いや、この場合、チョロいのは寧ろ周りの人間か。


「何にせよ、チョロちゃんはやっぱり凄いわ」

「ボクが凄い? な、何の話……?」

「ニシシッ、べつに何でもないで」


 彼女の凄さを誰よりも理解している人間は、十中八九うちで間違いないだろう。だからこそ、心の中でもう一度同じ感想を繰り返す。


 チョロちゃんはやっぱり凄いわ。

 




 うち、風切瑞稀は高校入学のその日、ちょろ子こと双葉智代子とその親友、川島晴香に一目惚れをした。


 自分の恋愛対象が同性であることは、とっくの昔に自覚していた。初恋だって既に経験済みだし。もっとも、その初恋が成就することはなかったのだけれど。

 そうは言っても、まさか二人同時に惚れてしまうほど惚れっぽい人間だとは思っていなかったものだから、さすがのうちも狼狽えた。


 いやいや、まさかそんな馬鹿な……。そんな風に思いながら、再び二人に視線を向ける。


「智代子ったら、スカーフの形が崩れちゃっているわよ? ほら、直してあげるからこっち向いて」

「……ありゃ? えへへ、ありがと」


 あぁ、これが俗に言う尊いってやつか。


 そこには百合の花が咲き誇っていた。ここは教室の中だけど、そんな些細なことはどうでもいい。うちの目には確かに満開の花園が見えたのだから。

 そして理解する。うちが見境なく誰にでも惚れてしまうような尻軽女になってしまったわけではないのだと。そう、うちはちっとも悪くない。ただ純粋に、この二人があまりにも魅力的すぎただけなのだ。


 さて、ここでひとつ大きな問題が浮上する。果たして二人の間にうちが挟まるなんて行為が許されるのだろうか、と。だけど、熱く燃えたぎるこの恋心は抑え切れる気がしない。

 だからうちは自分に対して言い訳をする。


「友達になるくらいなら……ええやんな?」


 そうしてうちは、僅かばかりの下心を抱えたままにチョロちゃんとハルちゃんへ近づいた。友達になるだけなんて、そんな器用な真似ができる人間ではないことを頭の隅で自覚しながら。


「なんやお二人さん、えらい仲良しやなぁ。せや、ぼっちで可哀想なうちも仲間に入れてくれへん?」

 




「あのね。瑞稀のことは嫌いじゃないし、なんだかんだで付き合ったら楽しい毎日が待っているんだろうなって思う。わたしたち、意外と似た者同士だもんね。でも……ごめん、わたしは瑞稀と付き合えない。だって、他に大好きな子がいるから」


 親友に告白したこの瞬間、うちの恋は一度盛大に玉砕した。だがしかし、この展開はあらかじめ想定していた通りなので問題ない。幼馴染のことが大好きな子の親友が、そう簡単にうちを選ぶはずがないのだから。そんなわけで、うちは動揺なんてしていない。足が小刻みに震えている気がしないでもないけど、これはきっと気のせいなのだ。


「そっか……良かった、ハルちゃんがチョロちゃんのこと好きでいてくれて。それと、うちと付き合った未来を楽しそうやと言ってくれて」

「瑞稀…………」


 うちは平静を装って(……いや、べつに装っているわけじゃなくて、実際に平静なんだけどね?)会話を続ける。ハルちゃんは申し訳なさそうにこちらをじっと見つめている。うちの親友は本当に優しくてお人好しだ。それと比べて、うちの内心はなんて醜いのだろう。だけど、告白してしまった以上は、もう引き下がれない。引き下がる気もない。


「なら、やっぱりうちら付き合おうや」

「み、瑞稀……?」


 ここにきて、ハルちゃんはようやく会話の流れがおかしいことに気がついたらしい。戸惑いがありありと表情に現れている。まあ当然だ。実際、うちはおかしなことを言っているのだから。


「うち、さっき言うたやん。二人ともにベタ惚れやって。最初っから、うちは三人仲良く恋人関係になる未来しか考えてないんや!」

「瑞稀さん……!?」


 うちは、チョロちゃんとハルちゃんの二人の百合百合しい光景に見惚れて恋をしたのだ。だから、最初から二人の関係に亀裂を入れるつもりなんて毛頭なかった。だってうちは……無事に二人と付き合って、三人仲良くハッピーエンドを迎える未来を掴み取りたいのだから。


 昨年の春、二人と共に過ごすようになってすぐ、ハルちゃんがチョロちゃんに対し無自覚ながらも恋愛感情を抱いていることは確信できた。

 ただ、もう一方のチョロちゃんは残念ながらそういった感情を抱く段階には至っていない様子。とはいえチョロちゃんは押しに弱いところがあるから、信頼している相手から本気で迫られれば、きっとその気になっちゃうだろう。そんな風に思わせるだけの隙が彼女には存在した。


 それならば、先にチョロちゃんから攻略した方が確実だったんじゃないかって? いやいや、それは愚策だ。うちに寝取りの趣味はない。そんなことをした日には、間違いなくチョロちゃんとハルちゃん、そしてうちの間に取り返しのつかない亀裂が入ってしまうことだろう。ハルちゃんはチョロちゃんほどチョロくないから、一度壊れてしまった後に再び関係を修復するなんてことはとてつもなく困難に違いない。というわけで、まずはハルちゃんに告白したわけだ。


「な、なるほどね……って、いやいやいや。そんなこと本当に考えていたんだとしても、なんで馬鹿正直に本人(わたし)に教えちゃうのかな!?」

「そうでもせんと、ハルちゃんの心は揺さぶれへんやろ? 詰まるところ、これもうちなりの作戦なんや」

「その割には、さっきから足が子鹿みたいに震えているけど……」


 うっ、それは仕方がないじゃないか。うちにとっては人生初の告白であると同時に、一世一代の大博打に出ている瞬間なのだから。再びフラれてしまう前に、うちは本題に入ることにした。


「ハルちゃんはさっき、うちと付き合った未来を楽しそうやと言うてくれたやろ? ってことは、うちと付き合うこと自体はべつに嫌じゃないわけや。それなら、うちとチョロちゃんの両方と付き合えば、最高に楽しくて幸せな未来が待っていると思わへん?」

「で、でも……そんなの上手くいくはずがないよ」


 おお、ハルちゃん意外と乗り気である。馬鹿なことを言うなと一刀両断される想定で、次の手も考えていたのだけれど。ハルちゃんも意外とチョロいのかもしれない。これは、変な虫がくっつく前に、うちが説得してしまわないと。変な虫の筆頭である自身のことを棚に上げながら、そう決意する。


「うちはな、この一年の間でチョロちゃんの(ハート)を射抜くための作戦をいくつも考えてきたんよ。せやから、うちと手を組めば絶対に上手くいくで。というか、絶対に上手くいかせてみせる! うちの愛かて、ほんまもんやねんから」


 言いたいことは全て言った。さあ、あとはどう転ぶか。ハルちゃんの選択次第だ。

 内心で指を組んで神様に祈る。うちの恋、どうか成就させてくださいと。


「まったくもう。ほんと、瑞稀といると飽きないね。瑞稀と付き合ったら楽しい毎日が待っているんだろうなって思っているのは本心。だけど、ちょろ子のことが大好きな気持ちも変えられない。正直、瑞稀の言っていることは割と最低だと思う」


 ごもっとも。返す言葉もございません。


「それなのに……幸せを全部掴むっていう考え方、ほんの少しだけ魅力的だって思っちゃった。だから」

「だ、だから……?」

「いいよ、瑞稀の口車に乗ってあげる」


 望んでいた通りの答えが返ってきたというのに、うちには到底それが現実の展開であるなんて信じられなかった。都合の良い夢でも見ているか、もしくは聞き間違えなんじゃないだろうかって。

 だからもう一度「それって、うちと付き合って良いってこと?」と尋ねたら、ハルちゃんは()()()()()()()()()()()()


 …………って、えぇえっ!?


「これがわたしからの答え。今度こそ分かった?」


 は、はい! 大変よく分かりました!

 うちは何度も激しく首を縦に振る。


「そのかわりって言うのもちょっと変だけど……あれだけの大口を叩いたんだから、()()()()()のことちゃんと幸せにしてよね?」

「……っ! もちろんや!」




 こうしてうちは、人生初の恋人という名の共犯者を得ることに成功した。そう、このときまで、うちの作戦は驚くほど順調に進んでいたのだ。


 ただひとつの誤算は、チョロちゃんが思いのほか頑固な性格だったこと。この日以降、うちとハルちゃんはあの手この手でチョロちゃんに迫っているのに、ちっとも靡く気配がない。もしかすると、一発で告白を受け入れてくれたハルちゃんの方がよっぽどチョロかったのでは……?


 そんなことをハルちゃん本人に話したら、顔を真っ赤にしながら何度も脛を蹴られてしまった。照れ隠ししているハルちゃんも可愛いから、うちにとってはご褒美でしかないのだけれど。

 




「ねえ……瑞稀が昨日言っていたちょろ子の落とし方って、もしかしてこれのこと?」


 せやで、と胸を張ってうちは答える。


「昨日、瑞稀は言っていたよね? (ハート)を掴む為には、まずは体からって。だからわたし、今日は覚悟を決めてきたのに」


 まったくもってその通りである。うちは昨日、たしかにそう言った。


「せやから、ちゃんと実行してるやん。胃袋()を掴むために、ご馳走の準備をな」

「えぇえ……」


 ハルちゃんは、どうして拍子抜けしたような表情を浮かべているのだろうか。あっ、まさか。


「ハルちゃんって、結構ムッツリ?」

「……っ! もう知らない!」


 なるほど、なんとも分かりやすい反応。ハルちゃんはムッツリだったようだ。まあ知っていたけど。



◇◇◇



「そんなわけで、今晩はチョロちゃんを招待したってわけ。さあ、身も心もうちらに委ねてええんやで?」

「な、なんて馬鹿正直な女なんだ……」

「ニシシッ、よく言われる」


 瑞稀の口から恥ずかしげもなく、そんなやりとりがあったことを教えられたボクは、ぐぬぬと唸りながら頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 パジャマパーティを開きたいからと突然チャットで呼び出され、何も考えないで両親不在の風切家にのこのこと顔を出してしまったボクも、迂闊っちゃ迂闊だったんだけどもね? さすがにいきなりそんな企みを明かされても困るんだよ、ほんと。せめてボクにバレないようにやってくださいな。いや、それはそれで十分に困るな。


「まったく。これから一晩、どんな顔をして二人と過ごせば良いのさ」

「それはべつに今更じゃない? わたしたち、毎日のようにアプローチしているんだから」

「たしかにそうなんだけど」

「まぁまぁ。チョロちゃんは細かいこと気にせんでええから、うちらの手料理を思う存分に味わってや!」


 ……そうだね。何にせよボクが二人と付き合うなんてあり得ないんだから、変に気にする必要もないか。よし、それなら美少女二人の手料理を遠慮なくいただいちゃいましょう。ふっふっふっ、クラスの男子生徒諸君、羨んでくれて構わんよ。





「ケプッ……ふぅ、美味しかったぁ」

「ふふっ、ちょろ子が満足してくれたみたいでわたしも嬉しい」


 ご馳走に舌鼓を打ってお腹いっぱいになったボクは、幼馴染の晴香に膝枕をされながらリビングでだらしなくくつろいでいた。


「なぁ、食うてすぐ寝たら豚になってまうで」

「ふぁ〜い」


 苦笑い気味の表情を浮かべながら、瑞稀がまるで母親のような小言を口にする。

 食事の後の幸福感に浸り、すっかり思考力が鈍りまくりなボクといえば、気の抜けた生返事をしながら晴香の膝上で甘え続ける。


「ちょろ子、試しにブウブウって鳴いてみて?」

「いいよ。ええっと……ぶうぶう。これで良い?」


 ボクは深く考えずに晴香のリクエストに応えてみせた。今晩はご馳走してもらったからね、そのくらいのサービスはしてあげますよっと。


「あぁん、なにそれ可愛すぎる。ちょろ子ってば、豚の鳴き真似ですら可愛いだなんて反則よ。好きぃ」

「あかん。チョロちゃんもハルちゃんも頭の中がすっかりお花畑モードや」


 むっ、なんだか失礼なことを言われた気がする。

 まあいいか、人は満腹になれば細かいことなんて気にならなくなるからね。きっと世界中の皆がお腹いっぱいになれば、この世から争いは無くなると思うんだ、ボクは。


「せや、今なら上手くいくかもしれん……」


 なにやら閃いた様子の瑞稀が、暫く独り言を呟いた後にボクの耳元へとやってきた。


「チョロちゃん。せっかく一緒に泊まるんやし、一晩だけお試しってことで三人で恋人ごっこせえへん?」

「あぁうん、いいよ」

「……えっ、いいの!?」


 世界平和の実現方法について考え込んでいたボクは、瑞稀が耳元で囁いた提案に対して深く考えずに返事する。一方、ボクに膝を貸していた晴香は何やら動揺している様子。

 ところで、コイビトゴッコってなんだろう。コイビト……恋人、ごっこ。あぁ、恋人ごっこかぁ。うんうん……うん?


「ちょ、ちょっと待って!? ボクは今、一体何を受け入れた?」


 一拍置いてようやく冷静になったものの、既に手遅れ。目の前で瑞稀がニヤニヤと頬を緩めている。こ、こいつ、ボクが適当に返事するのを分かっていて嵌めたな!?


「不意打ちはズルい……」

「すまんすまん。せやけど、チョロちゃんは一度決めたことから逃げたりなんてせえへんもんな?」


 ぐぬぬぬぬ。この親友、すっかりボクの性格を熟知してやがる。前世で男だった影響がしょうもない部分にだけ残っているボクは、瑞稀の思惑通り渋々とそれを認めるしかなかった。所謂、男の意地ってやつである。こうなったら、この状態を逆手に取ってやろうじゃないか。


「男……いや、女に二言はないからね。わかった、いいよ。一晩くらい付き合ってあげようじゃないか。そんでもって、恋人ごっこくらいではボクはちっとも靡かないってこと、認めさせてあげるから」


 瑞稀と晴香がやり切った顔で熱い握手を交わしている中、ボクは必死に強がるのだった。





「ふふっ、どないしたん? チョロちゃんが靡かないってこと、うちらに理解させてくれるんちゃうん?」

「ちょろ子ったら初心で可愛い。けど、恋人同士ならお風呂に一緒に浸かるくらいは普通でしょ?」


 面白がっている二人の声が、前と後ろの両方から風呂場に響く。恋人ごっこを受け入れたボクは、さっそく風呂場へと連れ込まれていた。そして今、ボクは狭い浴槽で二人の間に挟まれている。というか、耳元であれこれ囁かれながら揉みくちゃにされている。

 ねえ晴香、これって本当に普通なの? いや、絶対違うよね? そんな風に頭の中で喚きつつ、ボクは何とか言葉を返した。


「このくらい全然平気だし? ま、まあ、ボクの性別が女だから致命傷で済んでいるけど、もし男に生まれていたらヤバかったかもね!?」

「……チョロちゃん、致命傷はちっとも平気やないんとちゃう?」

「今にも倒れそうなほど顔が真っ赤になっているんだけど、それで平気って言い張るのは流石に無理があるんじゃない?」


 二人揃って、こんなときにばかり正論を吐くのはやめてほしい。こんな状況に陥って平気でいられるわけがないじゃないか。ボクはこの場から逃げ出したい一心で、風呂から上がろうと試みる。


「まあまあチョロちゃん落ち着いて。せや、肩……はチョロちゃん凝らなさそうだし、二の腕をマッサージしてあげようか」

「いや、マッサージなんてしなくていいから。というか、ボクが肩凝りしないってどこを見て判断したのかな。ねえ、怒らないから教えてごらん?」

「げっ。あはは、なんとなくや、なんとなく」


 露骨に視線を逸らす瑞稀。だけど、目を逸らす直前にボクの胸元をチラッと見たの、しっかり把握しているからね?


「ちょろ子って普段はどこか男の子っぽい雰囲気すら漂わせているのに、胸の()()()は割と本気で気にしているよね」


 晴香はもう少し言葉を選んでほしい。ボクの胸はまだ発展途上なだけなんだよ。それに、ボクが胸のサイズを気にしてしまう原因は、親友二人が揃いも揃ってたぷんたぷんな所為でもあるんだからね。一緒にいると、否が応でも格差を意識させられてしまうのだ。揶揄われそうだから絶対そんなこと言わないけど。


「そんなに気になっているんなら、わたしたちが揉んで大きくしてあげようか?」

「うわぁ、発想があまりにもオヤジ臭い」


 普通にセクハラな発言をかます晴香にドン引きしながらさりげなく距離を取ろうとする。が、反対側には瑞稀が構えているわけで……。


「なんやなんや、うちに揉んでほしいんか? よっしゃ、うちのテクニックに任せとき」

「ちょっ、テクニックって……うひゃあ!?」

「瑞稀、ズルい。わたしもぉ」


 飛んで火に入る夏の虫。一緒にお風呂に入った時点でこうなることは避けられない運命だったのだろう。抵抗虚しくも、ボクはまんまと二人の餌食にされてしまったのである。





「ぐすん、もうお嫁にいけない……」

「それについては安心してね。わたしたちが責任を取ってちょろ子を嫁に貰うから」

「チョロちゃんのご両親にも挨拶せんとな」


 ほんと揺るがないね、二人とも……。そもそも嫁にいくつもりなんてないから、ちょっとした冗談にすぎないんだけど。


 お風呂から上がって1時間以上経つにも関わらず、ボクは今だに赤面したまま。そんなボクは、いじけるように布団の中へと潜り込んでいた。まあ本当は、ただ単にお風呂で身体が温まって眠たくなってきただけなんだけどね。なんたってボクは、毎晩21時には布団に入る健康優良児だから。

 どこか遠くから、小学生かよってツッコミが聞こえてきた気がしないでもないけど……うん、気のせいだろう。要するに、ボクはそれほどいじけていない。

 ちなみに布団は何故か一枚だけしか敷かれていなかったけれど、とりあえず深くは考えないことにした。これは気にしたら負けってやつだ。


「せやけど、うちらのマッサージテクはなかなかのものやったやろ?」

「それは、まあ……たしかに気持ち良かったけど」


 そうなのだ。最初こそおふざけから始まったマッサージだった割に、なんだかんだでがっつり全身の凝りを揉みほぐされたんだよね。おかげでボクの身体はすっかりコンディション絶好調という。


「大体、そんなテクニックどこで覚えてきたの?」

「いつもストレスを溜めてそうなちょろ子のために、こんな日が来ると信じて二人で練習していたのよ」


 ストレスの原因は大体二人にあるんだけどね。まったく、これじゃとんだマッチポンプだ。

 それはそうと、互いにマッサージし合いながら練習している光景はちょっと見てみたかったかも。こんな目にあったばかりでも百合愛好家としての血は騒いでしまうのだから、ボクも大概業が深い。


「こんなの味わって癖になっちゃったらどうしてくれるのさ、まったく」

「ふふっ、恋人になったら毎日でもマッサージしてあげるから大丈夫よ」

「そんなわけでうちらと付き合ってみようや。な?」

「な? じゃないから。馬鹿っ」


 突き放すようにそう言うと、何を思ったのか二人揃ってボクの寝ている布団の中に侵入してきた。あっという間に、またもや挟まれてしまうボク……。それはそれとして、二人の体温で布団の中の温もりが増して実は意外と心地良い。

 そのまま数分、二人は静かにボクの身体に抱き着いていた。こんな状況でもいやらしい気持ちにはならないのだから、ボクも立派な女の子になったものだとしみじみ思う。もっとも、他の二人がどんな気持ちでボクに抱き着いているのかまでは分からないけれど。


「……ねえ智代子。わたしたちとこんな風に付き合うの、本当に嫌?」


 おもむろに身体を起き上がらせた晴香の口から、久方ぶりにボクの名前が飛び出した。これまでにだって似たような話題は散々ぶつけられてきたけれど、そのときのような冗談めかした雰囲気は感じられない。

 ふと、彼女の身体が小さく震えていることに気づいた。まさか緊張しているのだろうか。だからというわけではないけれど、ボクもいつものようにはぐらかそうとせず、正直に答えてみることにした。


「嫌ってわけじゃ……ないよ」

「それなら……っ」


 これは嘘偽りないボクの本心。だって、二人と一緒に過ごす時間が嫌なわけないじゃないか。二人のことは、当然ボクだって大好きだ。じゃなきゃ今日だってこの場にいない。ただ、それはそれ、これはこれ。ボクは二人(百合)の間に挟まるわけにはいかないから。

 晴香に加勢するように、瑞稀も口を開く。


「うちはな、チョロちゃんともっと一緒にいたいんや。そのために、もう一歩踏み込んだ関係になりたいって願っている。ただそれだけのことなんや」

「う、うん」


 もっと一緒にいるために。ただそれだけ。滅多にない真面目な雰囲気に影響されて、耳元で囁く瑞稀の言葉がすっと頭に入ってくる。

 もしかすると、ボクは創作物としての百合の理想系に囚われるあまり、付き合うという行為を深く考えすぎていたのではないだろうか。そんでもって、目の前にいる二人の想いを無視して、勝手に百合という型に嵌め込んでしまっていたのではないだろか。そんな考えが頭を過ぎる。


「わたしは正直、今の状況は智代子だけ一線を引いているみたいで寂しい。こんなことになるなら、瑞稀とだって付き合うべきじゃなかったのかもって、そんなことすら考えてしまうときがあるの。もちろん瑞稀のことだって大切だから、本当に一瞬そんな考えが過ぎってしまうだけなんだけどね」

「晴香……」


 違うんだ、ボクはそんな風に考えてほしくて一線を引いていたわけじゃない。まさかボクの行動が逆効果になるだなんて、そんなこと想像だにすらしていなかった。たしかに、いつもそれっぽいことは言っていたけど、ぶっちゃけ揶揄われているだけなんだと思っていたし。だって、相手はこのボクだよ?

 ……いや、突然距離を取られた幼馴染の気持ちをちゃんと考えていれば、そのくらい想像できてもおかしくはなかったのかもしれない。つまり、ボクは百合愛好家としての自分や貧相な身体を言い訳にして、彼女たちの本心と向き合うことから逃げていただけ?


 なら、ボクが二人の想いを拒む理由はどこにあるのか。ボクは二人のことが大好きだし、二人もボクに対してこんなにも愛を囁いてくれているのに。


「お願い。もう一度だけ、告白させて。それでダメなら、もう今晩は諦めるから」

「なら……うちも。まあ、ハルちゃんと違ってうちは何ひとつ諦めるつもりないんやけどな」


 そう言って、ボクの目をじっと見つめてくる晴香と瑞稀。まるで一世一代の覚悟を決めたような空気になっているけれど、よく考えてみれば晴香が諦めると言っているのは今晩に限った話である。瑞稀に至っては、この場の流れにしれっと便乗しているだけだし。ここにきて、このやりとりも二人の策略の内なのだろうということに気がついた。

 それなのに……ボクの鼓動が今までになく早く激しくなっている。顔も熱くて熱くて堪らない。これはつまり、()()()()()()なんだろうね。


「智代子のこと心の底から愛しているわ。だからわたし()()と付き合って」

「チョロちゃん、うち()と幸せになろうや……!」


 どこまでもブレない二人からの告白。頭を掻いて小さく苦笑いしながら、ボクは答える。


「じゃあ、二人の邪魔にならない程度に……よろしく、お願いします?」


 緊張しすぎて意味もなく疑問形になってしまった。ううっ、これは思いのほか恥ずかしいぞ。顔から湯気が上りそうな気分。


「……っ!」

「ええっと……要するに、満を持して告白成功したってことでええんやんな?」

「う、うん」


 ボクは小さく頷く。


「あぁん、やっぱり可愛すぎ! もう一生……いいえ、死んでも絶対に離さないから」

「えっ、それはちょっと重いかも」


 急にヤンデレ感を出さないでほしい。告白を受け入れたこと、さっそく後悔しそうになったじゃないか。


「それにしても、邪魔にならない程度にって……。チョロちゃんは、ほんまブレへんなぁ」

「そんな心配しなくても、ちょろ子が邪魔になることなんてあるわけないのにね」


 いやいや、百合を愛するものとして、それだけは譲れない一線なのだ。


「さぁて、今夜は寝かせへんで」


 ……ん? 寝かせないって、何で? ボクもうだいぶ眠たいんだけど。睡眠は大事だよ?

 うーん、どうにも雲行きが怪しくなってきた。嫌な予感がプンプンする。


「ふふっ、遂に念願の3ピ『言わせないよ!?』」


 たしかに告白は受け入れた。それを覆すつもりはない。だけど、そういった類の行為となれば話が別だ。というか、絶対にするつもりないからね! 心の準備だってできてないし……って、違う違う。


「なるほど、所謂『押すなよ、絶対に押すなよ』ってやつやな? うち、そういうの詳しいねん」

「……絶対分かっていないでしょ。当たり前だけど、フリじゃないからね? 恋人ならボクの気持ちも尊重してよ。そんなわけで、ボクはもう寝るからっ」


 身の危険を感じたボクは、恋人になったばかりの二人を躊躇なく布団から蹴り出した。いつまでもやられっぱなしのボクではないのだ。





「おはよ……あっ!」


 目が覚めるや否や、ボクは自分の身に何も起きていないことを確かめる。布団の枚数が増えていない点から判断するに、結局三人で寝たっぽいし。

 パジャマはどこも乱れていない。身体にも特に違和感なし。……うん、大丈夫。流石の二人も自重してくれたようだ。ボクはホッとして息を吐いた。


「おはよう、愛しのチョロちゃん!」

「ふふっ、寝起きのちょろ子も可愛い」


 ボクより先に目を覚まして既に着替えも終えている様子の二人が、ボクの顔を見てニコニコと微笑んでいる。もしかすると、ボクが眠っているときからずっと観察していたのだろうか。まあ、べつにそのくらいは許すけど。


「それにしても……わたしと瑞稀、そしてちょろ子が恋人かぁ。なんだか夢みたい」


 それにはボクも同意する。まさかこんなことになるだなんて、今だに少し信じられないし。それも、あんなにあっさりと。


「やっぱりちょろ子はチョロかったね」

「チョロちゃん、ほんまチョロチョロやで」


 そうなのかも、とほんの一瞬納得しかけたものの、すぐさま思い直して首を大きく横に振る。


「それは違うよ。ボクは、その……大好きな二人が相手だから告白を受け入れたんだもんっ」


 そう。だからボクは、絶対の絶対にチョロくなんてないのだ。


「……そういうところがチョロいんだけどねぇ」

「ニシシッ、せやな」


 ちょうど布団を畳んでいた所為で二人の囁きを聞き取れなかったボクは振り向いて尋ねる。


「ねぇ、今なんて言ったの?」

「ううん、べつになんでもないよ。好きぃ」

「チョロちゃん愛してるでって囁いただけやで」

「むぅ……」


 まったく。寝起き早々に調子の良い台詞ばかり飛び出すんだから、この二人は。

 自然とニヤケてしまいそうになる表情を抑え込みながら、ボクは恋人たちのもとへと歩み出した。


挿絵(By みてみん)


ちょろ子さんはチョロくない(本人談)


というわけで、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

感想や評価などいただけますと、作者がぴょんぴょん跳ねながら喜びます。




最後に余談ですが、ハーメルンにて『ヤンデレごっこはやめられない』という作品を連載し始めました。

もしよろしければ、そちらにも是非お付き合いくださいませ。

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[良い点]  ちょろくない(ちょろいとは言ってない) [気になる点] >なんたってボクは、毎晩21時には布団に入る健康優良児だから。  普通なら成長ホルモンがちゃんと出て、大きくなるはずで、ちんまい…
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