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七話 ペテンにかけよう

 一日が経ち、ジュリアとまたギルドへ来た。彼女はオレの手をぎゅっと握ってくれている。


 雇い主を失わせてしまい、その原因であるオレがあちこちへと連れ回し、実質軟禁したような状況にしてしまったことへ、ただただ申し訳なく思っていた。


 甘えてくれるような様子だが、オレの勝手な行動に怒ってはいないだろうか。ジュリアの顔色をうかがうと、微笑みが帰ってきた。


「……ありがと……」


「何です?」


「……でら……んと……すごく楽しがね……」


 にっこりと笑う。ずいぶんと肩の力が抜けたようだ。その様子に、ほっと胸を撫で下ろしたくなった。


 これから色々なことを──色々な生き方を教えて行こう。色々な選択肢を探すお手伝いだ。


 この国に住むでも、ラズリブ族の国へ帰るでも、別の国へ旅をするでも。いつかする決断のために、オレがこの子を守り続けよう。


 玄関から入る。だが、人の気配はない。


「……やはり、いませんね」


 大移動の期間中は依頼の受注が停止される。ならばギルドマスター兼受付に仕事があるわけもない。


 一時の避難所として開けているとも言っていたが、スティーブがそこに居る義務は無いらしいし、本人も居るかどうかは気分次第だと言っていた。


 スティーブが心配とはいえ、突然家に押し掛けられても迷惑だろうか。そう思い、もしや昨日のように居ないかと来てみたものの……。


 さてどうしようかと悩んでいると、ジュリアに手を引かれた。


「……ん……そこ……」


 彼女が指差した先は、待ち合いのソファだった。よく見れば、足が背もたれの陰から突き出ている。


 寄って見れば、スティーブがソファで寝ていた。


「スティーブさん? 起きてください。昼前ですよ」


 喉の奥でわだかまったような音を出しながら、もぞもぞと寝返った。


「……あぁ……わかったよ……」


 その口から、強烈な酒の臭い。どうやら昨日は飲んだくれていたようだ。


 ジュリアに水を取ってくるようお願いして、スティーブを起こす。


「どうしてそこで寝てたんです?」


「……帰れねえだろ……」


「でも、娘さんが心配しますよ?」


 町中を巡っているときに知ったが、スティーブにはジュリアと同い年ぐらいの、アウロラという娘がいる。しっかり者な子だったが、父親が帰らないとなれば不安だろう。


「合わせる顔がねえよ……娘になんて言やいいんだ……パパは町を破滅させました。ってか?」


「正しい方法だったかは分かりませんけど、正しいことをしたというのは分かります」


 背後からの足音。振り向くと、背の高い青髭の男が入り口にいた。


 男はオレを見て、それからスティーブの姿を認めると目を見開いた。


「おいスティーブぅ! そんなとこにいやがったのか!」


「あぁバーンズ……何か用か?」


 男──バーンズは小走りでスティーブに駆け寄った。


「用もなにもあるかよぉ。アウロラが泣きながらおれんち来たんだぜ? 帰ってこねぇってさぁ。何があったかと思えゃこんなとこで寝てんじゃねえよぉ」


「……娘が悪いな」


 スティーブは戻ってきたジュリアから水を受け取って、一気に飲み干した。礼を言ってコップを返す。


「まぁ……色々あってよ」


「色々ったってよぉ。そんなグデグデになるまで呑むなんざ、奥さん時だってそんなにゃならなかったじゃねえの」


 バーンズは言い終わってからハッとして、ばつが悪そうにした。


「……わ、悪い。とにかく! アウロラ連れてくっから、そこで待っとけ。いいな?」


 スティーブに釘を刺し、オレに向き直った。


「よぉ、飲んだくれを介抱してくれたんだな」


「いえ、オレも今来たばかりです。ちゃんと挨拶するのは初めてですよね? オレは“冒険者の親切屋”のボー・ケンシャです」


「うはっ! ウワサ通りまどろっこしいなぁおい」


 苦笑いしながら握手に応じてくれた。


「おれぁバーンズ。一応、ここの古参だぜ」


 “必殺槍投げ”の二つ名は町で有名なので、その名は知っていた。


 何でも、鋼鉄の槍を投げる狩りのスタイルで、本人いわく外したことがないし、必ず一投で仕留めるのだという。


「一昨日うちに来たってウチのに聞いたんだけどよ。親探しとかって。お前だろ?」


「ええ。ジュリアさんの保護者を探してたんです。お陰さまで見つかりました」


「おお! よかった……なぁ?」


 バーンズは表情を明るくした。だがオレの陰に隠れているジュリアを見て、顔が笑顔のまま曇った。


「見つかりはしたんですけど、色々あってオレが預かっています」


「そー……うか。まぁ解決したなら何よりだわなぁ。ところでよ、フィールドの整備みてぇな事してるって噂、ホントか?」


「ええ、整備、と言えば大袈裟ですけど。モンスターの間引きと、雑草抜きと、落石の撤去と、あとは他の方の手伝いを少々」


「うっはは! ホントにやってやがった! 親切屋の名前は伊達じゃねえな!」


 げらげらと笑っている。何がそんなに面白いんだろう。


「ふぅ……わりぃわりぃ。じゃあおれぁちょっと行ってくるぜ。そこの酔っぱらいがふらふら逃げねえように見ててくれよ」


「分かりました。行ってらっしゃい」


「──おい、おい待て、バーンズ」


 また小走りで去ろうとするバーンズを、スティーブが止めた。


「ぅおっと。どうした?」


「町のやつらも呼んできてくれ……できるだけ、全員だ」




──────────




 酔いも覚めたらしいスティーブは、いつも通りカウンターに構えている。葉巻が入った木箱を気にしているが、安心で泣く娘──アウロラを抱いて我慢しているようだった。


 振り向くと、いつもは広く閑散としたホールが町中の人でごった返している。こうして見れば大人数だが、町の全員が一つの建物に収まると思うと少ないものだ。


 集められたのが何のためかも分からず、ざわめいていた。


 その喧騒をかき分け、バーンズがカウンターの前まで来た。


「これでみんな集まったぜ!」


「あぁ。ありがとうよ──おいみんな! 聞いてくれ!」


 ざわめきを終わらせる声。集まった人々は不安の答えを聴く用意ができているらしい。


 スティーブは一つ深呼吸してから、語り始めた。


「まず先に、これは最悪のニュースだと伝えておく────」


 スティーブが今までの経緯を話し始めた。


 その話を聴き、人々はざわめき、互いに顔を見合わせていった。


 そのざわめきさえ、話し終わる頃には静かに沈んでいた。


「────オレが町を殺しちまったんだ。詫びて済む話じゃないのは分かっている。ただせめて、オレの口から言いたかった」


 スティーブはそれきり、うつ向いて黙ってしまった。


 きっとみんなが思っているだろう。どうしてそんなことをしたのか、と。


 彼はパイソンがジュリアにしたことを、わざと黙っていたのだった。


 全ての罪を一人で背負おうとしていた。ジュリアの心を守るためでもあるのだろう。


「──まだ言っていないことがありますよね。スティーブさん」


「……おい、余計なことを言うんじゃねえ」


 スティーブが握りこぶしを作る。だが、怯むわけにはいかない。


 強欲だが、オレはジュリアもスティーブも救いたい。


「いいえ。オレが襲われそうになったこと。黙ってなくていいんです」


「………………あぁぁぁん?」


 延びきったほどに間延びした声を出すスティーブへ微笑みだけ送って、カウンターから振り向き、聴衆へ語りかける。


 ──下準備には信頼を。材料には真実を。


「オレがジュリアさんを保護して、親を探していたことは皆さんも知っていると思います。一昨日の夜に皆さんの家に行きましたからね」


 聴衆の注目が十分に集まっているか、手応えを探りながら話を続ける。


「そして昨日。ついに保護者が見つかりました。それがパイソンさんだったのです。なんとジュリアさんは養子としてではなく、奴隷として支配されていたのです。そして当然、奴隷を返せと要求してきました」


 驚く声はないが、疑う声もない。完璧だ。


 パイソンならしかねない、という町の人たちの真実は根深いらしい。ちゃんとオレの話を信頼している。


「皆さんはそれをどう思いますか? ……可哀想だけど、仕方のないこと。それが常識で世の摂理。そう思うのがきっと自然なことなのでしょう──しかし」


 間を大切に。一人で騒ぐのではなく、一人一人に語りかけなければならない。耳を傾ける人々は頷き、真剣にオレを見ている。手応えはある。


 スティーブの選択を誤りだと思わせないためには、納得が必要だ。納得には、感情が必要だ。


「……オレは違いました。いえ、正しくは単純に世の中を知らなかった。力の差を理解せず、パイソンさんに立ちはだかってしまったのです」


 ここからが難しいところ。メインディッシュは嘘の領域。


「するとパイソンさんは……なんと……オレを、要求したのです。威勢の良い若い男が好みだと。誰がそんなことを予測できました? オレはそれを拒否しましたが、パイソンさんは屈強なガードを二人連れていました」


 聴衆はそこで初めて驚いた様子を見せた。


 人々が疑問を持つ瞬間に、まさか信じられないだろうと被せる。信じた人たちはそんなことないと思い、信じていない人たちは共感に引っ張られる。


「ガードに捕まって、パイソンさんに服を脱がされ始めてしまい、もうダメだと思ったその瞬間──芸術的な右ストレート! スティーブさんの鉄槌がパイソンさんの鼻の骨を粉々に砕いたのですっ!」


 大きな嘘と真実を織り混ぜていく。ペテンは料理と同じだ。根本の嘘は大胆に。スパイスの真実はさりげなく。滑らかに繋いで、互いが邪魔にならないようにする。


「これが本当に起こったことです。スティーブさんは力の差を理解していた上で、勇気をもって立ち向かった。そして今でさえ、よそ者であるオレの心の傷をえぐらまいと、全て一人で背負おうとしたんです。この場所に──いえ、この町に、スティーブさん以上の英雄がいますか?」


 言葉を終える。すると自然に、一つ、二つと拍手の音が響く。


 それがまた拍手を呼び、雪崩のように喝采が起こった。人々はみなスティーブの名を呼ぶ。


 ちらりと見ると、当のスティーブは口をあんぐりと開けていた。オレはちょっとした罪悪感を感じながらも苦笑いした。


 悪も正義もありゃしない、ちょっと煙に巻けりゃそれでペテンよ。かつて仲間だった男の言葉を思い出す。


 バーンズがスティーブの前へ立ち、喝采のなか話しかける。


「よぉよぉスティーブ! 一つ答えてくれ……そのロクデナシの変態オヤジを殴った気分はどうだった?」


「……そりゃ……まぁ、最高だったぜ」


「フゥっ! いいぞぉスティーブ!」


 その喝采は、しばらく止むことはなかった。

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