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六話 奴隷ちゃんを救おう

 葉巻をまた一口。トイレへ向かう二人の背を見ていた。


 ……言い過ぎたな。町の生命線に見捨てられるかもしれねえと焦りすぎた。


 産業も特産物も何もあったもんじゃないこの田舎町じゃあ、住民の半分がここを食いぶちにしている。このギルドが終われば、そいつらの生活が立ち行かなくなってしまう。


 あの成金一家が手に握ってやがるのはギルドだけじゃない。町の安全もだ。あの騎士どもに援助して、都に見捨てられそうになったこの町へ、部隊を派遣させるようにしたのもあいつなんだ。


 だが、それは決して親切心じゃあない。


 ただ単純に“所有物を守った”だけだ。アイツは支配している自分に酔っていやがる。寂れた町だろうがお構いなしだ。


 これはあの奴隷──ジュリアにも言えるだろう。パイソンのろくでなしが、ごっこ遊びですら家族できるか怪しいもんだが、所有者なりに彼女を大切にするはずだ。


 ここまで心配しといてなんだが、まあそもそもパイソンの奴隷とは限らねえか。


 また一口吸って、どこを見るわけでもなく、カウンターに視線を落として、ぼうっとしていた。


 誰かの足音が聞こえる。


 それにしても、親切屋があんなに熱くなるとはな。救えるなら救いたいという気持ちは分からんでもないし、俺も若けりゃそうしたかもしれない。


 だが、なんというか……親切屋がムキになったのはそれだけじゃないと、長年の勘がそう言っていた。


 こういうときは大抵、後悔が──。


「──おい」


 思ってもなかった声に、顔を上げる。


 だらしのない中肉中背の中年。やけに豪華な服も身に付けた宝石も、ただ見せるためだけにあるような、噛み合わない着合わせの男。


「……パイソンさん」


 ここに、ろくでなしが居る。それだけで今が最悪の状況だと分かった。


 持っていた葉巻を、備え付けた鉄の箱に投げ捨てた。


「わざわざ大移動中に来るとは珍しいですね。……ギルドへどんな用ですかい」


 入り口にはガードらしい男が2人。小汚ない格好を見るに、大移動中にフィールドで何かを探し回っていたようだ。


「ああ、用や。この町にワイの奴隷、来とらんか」


 ……さて、どうするか。


 昨日、町中の家を尋ねた親切屋のことを聞いたから来たのであれば、それをオレが知らないと言うのは筋が通らねえ。


 だが、あの親切馬鹿を売る気もねえ。


「……どうしたって、この町にいると?」


 ぐっ、と顔が寄ってきた。眉間も口許も、顔中にシワを作れるだけ作った面だった。


「おいコラ。ワシが聞いとんねや。はいかいいえで答えんかい。答えられるやろ。おお?」


 相変わらずチンピラ上がりのような仕草だ。


「……済みません」


「──ふん。まあええわ。47部隊から伝令があった。子ども連れ去った奴がおって、ワイの奴隷かもしれんっちゅうんやわ」


 47部隊といや、ここを守ってやがる騎士どもか。


 ──まさかウィリアムの野郎。やりやがったな。


「それで、どうなんや?」


「その子どもが奴隷かどうかは知らねえですが、知ってますぜ。別の奴がその子の保護者を探すとか言ってましたね。今日はとなり町へ行くそうでさ」


 どうにかこの場は誤魔化すしかない。あの親切屋が誘拐したと伝わっている以上は、もう奴隷を返しに行くことさえ危険だ。


 パイソンは面を伏せ、ため息を吐きながら眉間をつまんでいた。


 それを見る視界の端。2つの動くものが見えた。


 ──不味い。あいつら帰ってきやがったか。


「この……バカが! その目ぇ節穴かボケが!」


「……済みませんね。俺も迷子かと思ったもので」


 二人は構わずこちらに向かってきた。


「ジュリアに何かあってみぃ──殺すぞ」


 畜生。この殺気を感じねえのか。早く隠れろ。


 パイソンの目の前じゃ合図も送れねえ。念じはするが──。


「どうも。お困りですか?」


 ──届くわけもねえか。


 親切馬鹿を睨み付けるが、無視された。なんなんだ。今はケンカに腹立てている場合じゃねえってんだよ。


 パイソンの肩は上がりっぱなしだったが、親切屋の後ろにいる少女を見て態度を一変させる。


「……ジュリア。無事か?」


 優しげな声。こんなにも切り替えが早いとは。大層なもんだ。


 だがこれは、コイツはコイツなりに奴隷を大切にしてやっているということでもある。やっぱり、返した方が良さそうだ。そっちも方が丸く収まる。


「オレは冒険者の親切屋です。あなたがパイソンさんですね。ジュリアさんの雇い主ですとか」


 雇い主か──その呼び方に嫌な予感がした。


「おう。お前、どうしてジュリア連れ回しとんねや」


「保護者さんの所へ帰すためです。あとは、オレが守るためでもあります。大移動という不安定な時期ですから、怪我をさせてはいけないと判断してのことです」


 パイソンはチンピラのような顔のまま親切屋を睨んでいたが──破顔した。


「なんやぁ、聞いてた話とちゃうやないか! そこの無能とはちゃうて、きっちり守っとったんやなぁ! エラい!」


 ついでで無能呼ばわりされてムカつくが、どうにかなりそうな雰囲気だ。だが油断はできない。


 頼む親切屋。ぶち壊すようなことはしないで穏便に済ませてくれ。その子のためでもあるんだ。念じて届かないと分かっていても、祈ってしまう。


「はぁ、ありがとうございます」


「誘拐をうたぐって悪かったわ。ほな、返してもらおか」


「ええ、でもその前に一つ、確認したいことがあります」


 パイソンの表情が曇る。


 嫌な予感が的中しやがった。こいつ、奴隷がどうだこうだと説教かます気だ。


「おい親切屋! 余計なことは──」


「おう黙っとれ! 今二人で話しとんのが分からんのかボケッ!」


 クソ……不味い。


「親切屋いうたか。ワイの奴隷を守りきった礼や、特別に答えたるわ」


「ありがとうございます。ジュリアさんに聞いたんですけど──」


 どうしようもねえ。


 恨むぜ親切屋。


「──“いつも夜に裸にさせられる"

”って、どういう意味ですかね?」


 パイソンが固まる。みるみる、顔が赤くなっていく。


 オレは席を立ち、カウンターを抜けた。


「……おい……なに聞いとんのか……分かっとんのか……」


 パイソンは怒りに震えているようだった。その後ろに立って肩を叩く。


「あぁ!? なん──」


 振り向き様に、全身を使って顔面を殴り抜けた。鼻っ柱が折れる感覚が、右拳を伝ってくる。


 パイソンはあっさりと殴り飛ばされ、少し宙を舞って床に叩きつけられた。


「──クズ野郎が」


 まだ幼いガキに手を出しやがった。俺の娘と同い年ぐらいだぞ。ふざけるんじゃねえ。


 入り口のガードがすっ飛んで来た。一人はパイソンの元へ、もう一人は俺に向かって剣を抜く。


「お前とは年季が違う。……試してみるか」


 剣は構えているが、いつまでも振っては来なかった。


「ふぐ……げ……なに……してくれてんのや……」


 ガードに肩を借りたパイソンが思いきり睨み付けてくる。


「そいつは……ジュリアは返さねえ。とっとと失せろ」


「お前──自分の立場分かっとんのかぁ!? 援助打ち切ったるぞ貧乏人が!」


「そうしろ。イカ臭え金なんざ要らねえよ」


 親切屋とジュリアの前に立つ。


「おいロリコン野郎。今なら鼻の骨だけで済ませてやる。とっとと失せな。2度とこの町に近付くんじゃねえぞ」


 出入り口を顎で指す。


 パイソンは2人のガードに肩を持たせ、言葉にすらなってない怒号の捨て台詞を喚きながら出ていった。


 オレはカウンターに戻って、椅子に身を投げ出すように座る。


 ────やっちまった。


 あれだけ親切屋にするなするなと釘を刺しておいて、まさかオレがやらかしちまうとは。


 当の優男は、泣きじゃくっているジュリアを慰めていた。


「おい、親切屋」


「はい」


「お前も帰れ」


「……スティーブさん。でも──」


「“でも”はいい。……その子の側にいてやれ。色々と、教えてやるんだろ」


 手で追い払う。


 親切屋はただうなずいて、ジュリアをおぶって出入り口へ向かっていった。


 こんな状況でも、アイツは冷静なもんだな。


 静かになった広い部屋で、俺は鉄箱を探ってさっき捨てた葉巻を拾う。火はもう消えていた。


 マッチをつけ、葉巻の先を火で炙り直す。


 こんなものだろうとマッチを鉄箱に捨て、葉巻を一口。ゆっくり、少しずつ。


 “オレが町を殺した”。


 この罪悪感は後になって、俺の首をゆっくり絞めていくだろう。


 それでも今はこの一口が──。


 ──ひどく、旨かった。

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