三話 受付さんの警告を受けよう
通知書をギルドメンバー全ての家に届け、ギルド受け付けに戻ると、スティーブは相変わらず葉巻を吸ってぼうっとしていた。
「よう、もう戻ったか。ずいぶん早かったな」
「体力には自信があるので。今日の依頼表をお願いします」
「戻ってきてすぐ依頼か。本当に体力が有り余ってやがるな。そらよ」
スティーブは苦笑いをしながら依頼表を差し出した。受け取って、改めて依頼すべてに目を通す。
──森林エリアのグリーンウルフの討伐依頼が今日だけで2件も入っているのか。なら、森の深部辺りの草食モンスターをいくらか追い払って、ウルフたちを狩りやすい場所へ誘導しておかないと。……他の依頼は問題なし。今日は草原エリアの薬草の群生地で雑草取りができそうだ。
そうだ、香辛種を切らせていたな。他の食料の事もあるし、今回は草原エリアで依頼を済ませてから、森林エリアで食料採集と追い込みのルートで行動するか。
「では、この依頼を」
「あぁ、薬草採集だな。あと48バルエ分は依頼を受けられるぜ」
「結構です」
「だよなあ……お前の5バルエしねえ依頼しか受けねえ主義ってのはアレか? ルールでもあんのか?」
スティーブは方眉を上げて、答えを待つ合図にように葉巻を咥えた。
「基本的に、いつも5バルエ以下の依頼が残っているからです。オレがルールを作って受けてるっていうより、他の人がルールを作って残した物を受けてるんです」
「へぇ。なんつうか、妙に面白いじゃねえか」
スティーブは納得した様子で手早く書類に記入し、いつも通りにペンと依頼受諾書を寄越す。署名だけして、書類をしまってペンを返した。
「では、行ってきます」
「あぁ、行ってらっしゃい」
いざ今日の作業と出口へ向かうが、声に呼び止められた。
「──あっ、おい! 親切屋!」
「おっ……と。なんです?」
尋常ではない止められ方に、跳ね返るように踵を返して受け付けに戻った。
「悪いな、すっかり伝え忘れていた事がある」
「伝え忘れていたことですか」
「ああ。今日はモンスターに手を出すな。特に凶暴なヤツにはな」
「……? 何か、大移動の影響でもあるのですか?」
スティーブはどうしてか、顔を渋らせた。
「みたいなもんだな。この町は大移動が直撃する位置にあるんだが、それから守る盾ってのがいるんだよ。国の騎士どもさ」
「へぇ、そうだったんですね。でも、それがどうして?」
「あいつら、50年前に魔王が倒されて以来、仕事が無くなっちまったからよ。大移動で大活躍することぐらいしか見せ場がねえんだよ」
言葉を切り、葉巻を吸う。しばらくして、口で転がした煙と頭で整えた言葉を吐く。
「っつうことは、獲物意識ってのがそこいらモンスターが比にならねえぐらい高え。しかも例年より大移動が早く始まりそうと来れば、もうアイツらが配備されているかもな」
「なるほど。手を出すなって、騎士さんたちの仕事を取ってしまうかもしれないからってことですか」
「そういうこった。だから仕事のフリをさせてやってくれ。絡まれたら面倒だぞ」
どうにも、スティーブの言葉には毒が含まれている感じがする。
「分かりました……ところで、騎士さんと何かあったんですか?」
「何もねえよ。だが、あの偉そうな鉄とプライドの鎧を好きになるヤツもいねえさ。オレたちを“可哀想な貧困層”程度にしか思っちゃいねえ」
「獲物意識がどうこうっていうのは、確認をしたんですか」
「いやしてねえ──って、するわけねえだろ。見りゃ分かる」
「それでも町を護ってくれるのでしょう」
「はっ。まぁお前なら出会っても仲良くできるかもな。見下されて何とも思わなそうだ」
好きじゃないというレベルの話ではないな。この話題は避けた方が良さそうだ。
しかたない、ウルフの追い込みは諦めるか……。
「えぇ、まぁ、注意しておきます」
「あぁ、そうしな。ま、会わねえのが一番だ」
スティーブは深くため息をついた。ここまで嫌うとなると、凄まじい嫌な奴なのだろうか。実際会うまでは鵜呑みにはしないが。
受付の奥の方から声が聞こえる。あの声は──成果物回収人のカリヤだったか。
「もう、朝から昼までのちょっとの間で、またそんなに葉巻を……あっ」
オレの顔を見て目を見開いて固まった。
とりあえず手を振ってみると、カリヤも手を小さく振り返した。
「あ、あの。ボーさんっ、です、よね……?」
「はい、ボーさんです。ちゃんと挨拶をしたのは初めてですよね」
「はいっ! 私は依頼成果物回収人のカリヤといいます!」
背筋をぴんと伸ばし、はきはきと挨拶をする。自然と、オレの背筋も伸びてしまう。
「えぇと、オレはボー・ケンシャ……といいます。知っていたみたいですけどね」
「はいっ、もちろん──あっ! その、知っていたのは別に、他意とかなくて、えぇと……ス、スティーブさんからよく話を聞くものですからっ、その……」
カリヤはやましいことを誤魔化すように両手を振ったり、腰の辺りで両手のひらをぬぐったりしている。
「あぁ、俺がするお前の話をバッチリ覚えてるぜ」
「ちょっ、スティーブさん!」
悪い悪いと低く笑うスティーブを、顔を赤くしたカリヤが叩いた。
「そうなんですか。やっぱり、オレは珍しいですかね」
「そ、そりゃもう。突然あらわれて、みんなに親切するって、スゴくやさしい方って噂ですし……ボーさんみたいな紳士、そうそう居ませんもん」
「はぁ、親切冥利に尽きますね。ありがとうございます。カリヤさんのことも聞きましたよ」
「え!? まさかスティーブさんから!?」
まさかと聞いてスティーブが大笑いする。オレも少し笑いそうだったが、口元に力を入れて耐えた。
「……えぇ。しっかり者で、例えバレないズルもしない方と。誠実な方なんですね」
「あっ、あ……その……えへへ、ありがとうございますぅ……」
カリヤが片手で頭の後ろをわしゃわしゃとかき回す。
実際には、「変に真面目なヤツで、力の抜きどころを知らねえ。好きで吸ってる葉巻を毎度注意されるのは勘弁してくれねえかなぁ」だったのだが、まぁ、言い換えればこういうことだろう。
目を合わせたり逸らしたりするカリヤが消え入りそうな声を出す。
「なんか……うぅ、恥ずかしいなあ。なんて……」
「おい、オッサンの目の前でいちゃついてねえで回収しろよ。仕事だ仕事」
「わ、ちょっと──ス、スティーブさんっ!!」
さっきよりも強くスティーブを叩く。
「はは……ちゃんと挨拶できて良かったです、カリヤさん。オレはそろそろ行きますね」
「あ……はいっ、依頼ですね! 気を付けて行ってらっしゃいませ!」
「えぇ、行ってきま──」
はっと気づく。
そうだ、あの重要な問題を解決しなくてはならない。
「おい、どうした」
スティーブが両眉を持ち上げた。
「いえ、カリヤさんに聞きたい事があるんです」
「へっ? は、はいっ! なんでも聞いてくださいっ!」
背筋をこれ以上ないほど伸ばしたカリヤに対して、スティーブが思い切り眉を潜めた。
「おい親切屋、まさか──」
「ありがとうございます。ではカリヤさん──“冒険者の親切屋です”と“親切屋の冒険者です”のどっちが良いと思いますか?」