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一話 親切屋さんになろう

 受付の列に並びながら成果を確認する。


 傷に効く薬草8株と、かさぶた草を2と半株。かさぶた草を薬とする為のメモ。ついでにメモの参考文献も。


 依頼では薬草を8株のみだったけど、この薬草だけよりも、素早く乾いてかさぶた(・・・・)のように傷を覆う薬も併用すれば段違いで治りは早くなる。


 依頼主が医者ならば単純に材料不足ゆえの依頼なのだろう。だがこれは一般家庭の依頼だ。ということは、この事を知らないかもしれない。だから一応プレゼントとして渡しておこう。


 自分の順番が来て、受付の卓上に成果と依頼受諾書、そしてギルド手帳を並べる。


 目の死んだ受付の中年──スティーブが、葉巻から立ち上る煙越しにオレの顔を見て、成果に視線を移し、葉巻の灰を横に備え付けてある鉄の皿に落としてから受け取り手続きを始めた。


 受諾書の内容と成果物を見比べて、スティーブが顔を上げた。


「……いつも言ってるが、報酬以上のモンは払えねぇぞ」


「分かってますよ。頂けるだけ十分です」


 スティーブは成果を種類ごとにまとめ、別の子袋に入れる。最後にメモを取って眺め、葉巻を咥えたまま苦笑いした。


「おい、どこまで親切なんだよお前」


「はは……一応、ね」


「全く、お国同士がヒリついているこのご時世になぁ。呆れすぎて憧れてくるぜ」


「そりゃ親切冥利に尽きますね」


 スティーブが呆れ顔のまま依頼受諾書と中袋を交互に見ながら、中袋の記入欄に必要事項を書き込む。


 ペンをオレの前に置いて、今度は見慣れない別の紙を出した。


「……これは?」


「また手続きが増えやがった」


 受付手続承認書と書かれた紙には、日付や署名を記入する欄や、ギルドのスタンプを押す欄があった。


「一度に受けられる依頼は3つまでと言っただろう」


「えぇ。あと、50バルエ以下に収めるんでしたよね」


「そうだ。ちゃんと言ってなかったんだが、依頼には日をまたいで良いのとそうじゃねえのがあるんだ」


 スティーブが依頼表を取り出して、適当な依頼を見せた。指差す欄に、"当日"と書かれてあった。


 他の欄には2日や、長くて1週間と書かれているのもあったが、大半は当日だ。


「で、依頼は3つまでの制限を抜けようと、どっかの馬鹿が日をまたいで手続きをしようなんざバカな事を考えた」


「……それが広まって、社会問題になったと。ペナルティとかはあるんですか?」


「ペナルティっつうか、1日遅れで無報酬、2日遅れで失効だな」


「むしろ、2日は待つんですね……」


「そういうこった。これからは達成報告も日付付きだ……ったく。どいつもこいつも大して楽でもねぇ裏道を行きたがりやがる」


 スティーブは葉巻をゆっくり吸い、こっちの身にもなれってんだと、愚痴と煙を吐き出した。


「オレが書くのは日付と……署名ですか?」


「何でも、依頼の成果物やら受諾書やらをかっぱらって、報酬金だけ貰ってくヤツもいたんだとよ。署名はそういう都合でらしい」


 聞きながらペンを取り、ペン先を走らせた。


「あぁ、そう言うことですか。なら、ここのギルドでは別に不要ですね──はい、どうぞ」


 記入した受付手続承認書とペンを滑らせて渡す。


「まぁな。俺はどうせ、全員の顔を覚えてる」


 依頼受諾書と受付手続承認書にスタンプをかしゃりと押し、それをメモや小袋とまとめて中袋に放り込んだら、それを更に大袋に投げ入れた。


 それから足元にあるらしい金庫か金袋から適当に鷲掴みして、硬貨を3枚だけ取り、受付に置いた。


「そら、きっちり3バルエだ」


「どうも」


 受け取り、さっさと踵を返して出口に向かう。


「……おい」

 珍しく、スティーブに呼び止められた。


 他に人もいないし──無視するのは不自然か。


 振り向き、顔色を伺うと、スティーブは椅子の背もたれに体重を預けたまま、煙越しに死んだ目をオレに向けていた。


「何ですか?」


「どうして安い依頼ばかり受けてんだ」


 さてどう答えたものかと考えながら、受付に引き返す。


「そんな親切しているだけ余裕があるんなら、もっと金になるモン受けりゃいいじゃねぇか。この安い依頼だって、ギリギリ隣エリアのフィールドだ。割りに合わねえって思わねえのか?」


 エリアは町を中心にして大きく区切られた地域で、フィールドは地形ごとにエリアを区切ったものだ。


 報酬と仕事とを比較してみれば、確かに隣町まで薬草狩りというのは割りに合わない依頼だった。


「意外でしょうが、余裕はないですよ」


「嘘つけよ。噂じゃあ、フィールドで依頼に関係ねぇモンスターを狩ったり、今日なんか雑草抜きしてたって聞いたぞ」


「……人違いじゃないですか?」


「おいおい、分からねぇと思うか? 俺を舐めるんじゃねぇぜ」


 スティーブがだるそうに身体を起こし、受付に肘を付く。


「いかにもお前がしそうじゃねぇか。お陰で、うちの地域だけはモンスターが偏るだの、植物が軒並み枯れちまうなんて話を聞かねぇ」


「はぁ。えぇ、そうですね。問題が起こる前に解決するのが好きなもので」


「高々そんな理由で、ゴブリンの群れに喧嘩売ってんのか」


「そうです」


 スティーブは葉巻を鉄の皿に置いて、珍しく葉巻を咥えていない姿を見せる。


「……国に申請でもすりゃ、そういう仕事だって用意できねぇことはねぇよ。1日食って底をつくような報酬で、ロクな生活できてんのか?」


「何も、金がなければ生活できないなんて事無いですよ。出先で採った食材や、ちょっとした生活の知恵があれば1バルエも使わずに過ごせます」


 "聞きてぇのはそこじゃねぇよ"と表情で訴えてくるが、気付いていないフリをした。


「なぁ、いい加減に教えてくれよ。何だってクソみてぇに安い、誰もやらねぇような依頼ばかりなんだ。お前が来てからもう半年だ。気になっちまって夜も眠れねぇ」


 スティーブはそう言うが、答えに期待しているようでもなかった。いつもはぐらかしているからだろう。オレの旅路は隠し事ばかりだったから、やましいことがなくても癖でそういう答え方をしてしまう。


「だからですよ」


「あん?」


「誰も受けなきゃ、依頼した人は困ったままでしょう」


 スティーブは珍しく目を丸くして、オレを見た。


 少しの間見つめあって──スティーブは聞いたこともないほどの声で大笑いした。


 笑いすぎて咳き込んだあと、何故か財布を取り出す。


「──ったく。天晴れな野郎だ。面白ぇ……ぐははっ!」


「そこまで笑うことないでしょう」


「あぁ、悪い悪い──そらよ」


 財布から取り出した硬貨をオレに投げ寄越した。キャッチしてみると、5バルエ硬貨だった。


「──これは?」


「スティーブおじさんから、お小遣いだ」


「報酬以上の物は、出せないんじゃないんですか?」


「お前にならっての親切だ。たまにはまともなモン食えよ、間抜けな親切屋(・・・)さんよ」


「そう……ですか。では、ありがたく頂きます」


 硬貨を指で弾き上げながら、また出口へ向かう。


「……親切屋さんね」


 親切屋というぐらいなら、親切が商品なんだろう。


 商品の代金をポケットで握って、家路についた。

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