表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

「赤い世界」の構築

 ルーズベルト大統領の晩年は、第二次世界大戦後の世界体制を構築するための首脳会談に費やされました。


  ワシントン会談(一九四一・一二)

  ワシントン会談(一九四二・六)

  カサブランカ会談(一九四三・一)

  ワシントン会談(一九四三・五)

  ケベック会談(一九四三・八)

  カイロ会談(一九四三・一一)

  テヘラン会談(一九四三・一一)

  カイロ会談(一九四三・一二)

  ケベック会談(一九四四・九)

  マルタ会談(一九四五・二)

  ヤルタ会談(一九四五・二)


 これらの会談で議論されたことは公式声明では発表されませんでした。公式声明はあくまでも表面的なきれい事です。本当に議論され、決定されたことは秘密協定のなかにこそありました。その内容をひと言でいえば、大西洋憲章の破棄です。ルーズベルト大統領は、大いなる理想を大西洋憲章に謳っておきながら、みずから捨て去ったのです。大西洋憲章は高らかに謳っています。

「領土的たるとその他たるとを問わず、いかなる拡大も求めない」

 これは結果的に大嘘になりました。第二次世界大戦後、米ソ両国は広大な領域を獲得することになります。ソビエト連邦はユーラシア大陸の大半を影響圏とし、アメリカは太平洋の覇権を握りました。一方、イギリスをはじめとする欧州列国は植民地を失いました。チャーチル英首相はコケにされたようなものです。

 きれい事で自身を飾り立てることに熱心なルーズベルト大統領が、珍しく本音を述べたのはカサブランカ会談においてでした。一九四三年(昭和十八)一月二十四日、ルーズベルト大統領は次のように記者団に述べました。

「ドイツ、日本およびイタリアには無条件降伏を要求することを決定した」

 この声明はルーズベルト大統領の独断に近いもので、ルーズベルト大統領の側近もチャーチル英首相も困惑しました。

 この声明に対しては、批判や疑問の声が多くあがりました。当然のことです。なにしろ連合国軍は枢軸国軍と激しく戦っていた時期です。そのようなときに無条件降伏を要求したのです。敵軍は決意をあらたにしてアメリカ軍に抵抗することになります。また、講和の意志を持たないことを明らかにしたことからルーズベルト大統領に「戦争屋」のイメージがつきました。

 このルーズベルト声明にひどく困惑させられたのはアメリカ軍首脳です。損害がますます増大すると予想されたからです。日独伊の三国が無条件降伏するまで戦うとなれば、アメリカ軍の損害も増えるのです。ひと言でいって愚劣な声明でした。

 このように愚劣な声明をルーズベルト大統領は、なぜ、発表したのでしょうか。この愚劣な声明は、しかし、スターリンの立場から見ると非常に好ましいものでした。日独伊と英米が最後の最後まで戦い続けるのであれば、結果として漁夫の利を得るのはソ連です。ルーズベルト大統領の親ソ姿勢がこれほど露骨に現れた声明はありません。

 ルーズベルト大統領とスターリンが顔を合わせて会談したのは、テヘラン会談とヤルタ会談においてです。その際、ルーズベルト大統領は常にないほどに高揚し、歓喜の表情を見せました。そして、スターリンに最大限の譲歩をし、ユーラシア大陸の北半分を共産化すると密約したのです。

 そもそもルーズベルト大統領は、いったいどのような戦後世界を構想していたのでしょうか。それを知るには、あれこれと考えるよりも、第二次大戦の結果として生じた世界を見るのが最も簡便にして適切でしょう。

 第二次世界大戦後の世界の最大の特徴は、なんといっても共産主義の世界的拡散です。ソビエト共産主義を封じ込めていた二大防共勢力たるドイツと日本をアメリカが打倒したために、共産主義が一気に世界へ拡散したのです。その状況は次のようにまとめることができます。


 ソビエト連邦に併合された地域

   フィンランド

   東部ポーランド

   ベッサラビア

   ブコビナ

   エストニア

   ラトビア

   リトアニア

   ケーニヒスベルク

   チェコスロバキアの一部

   南樺太

   千島列島

   シベリアアルタイ山脈


 ソビエト連邦によって共産化された国々

   東ドイツ

   ブルガリア

   チェコスロバキア

   ハンガリー

   ポーランド西部

   ルーマニア

   ユーゴスラビア

   ロシア

   中国

   満洲

   モンゴル

   北朝鮮


 共産党が組織化された国々

   フランス

   ベルギー

   イタリア

   オーストリア

   チリ

   メキシコ

   ベネズエラ

   ペルー

   ガテマラ

   ボリビア

   イラン

   キューバ

   ニューギニア

   日本

   インドネシア


 これだけにとどまらずアフリカ諸国も共産化していきました。フーバー元大統領は著書の中でこうした世界の大変革をきわめて客観的に記述しています。

「共産主義者の支配下に入った地域に住む人々の総計は四億七千万人、その面積は一千一百三十八万平方マイルとなった。第二次大戦開始前の共産主義国家はわずか一国であった。それが一九四六年には、二十三の国または地域が共産主義に支配されることになった」

 まさに世界的な規模で共産革命が勃発したのです。世界に共産党が拡散し、世界人口の五分の一が共産主義政権下で呻吟しつつ生きることを余儀なくされたのです。

 世界の覇権は米ソ二大国に握られることとなり、連合国(国際連合)という世界機関に共産主義者が巣食うこととなりました。そして、連合国から発せられる共産主義的な勧告や警告が世界各国に影響を与え、共産主義的政策が世界の隅々へと浸透していきました。

 こうした世界規模の共産革命を起こしたのは、スターリンというよりもむしろ、ほかならぬアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトでした。それまでは世界の日陰者に過ぎなかった共産主義者が大手を振って大道を闊歩できるような世界をつくったのはルーズベルト大統領です。

 スターリンには頼りになる傀儡がありませんでした。蒋介石や毛沢東は日本軍に歯が立ちませんでした。ドイツ共産党はナチス党によって解体されてしまいました。日本共産党も特高警察によって解散させられました。しかし、ルーズベルトがいました。ルーズベルト米大統領こそはスターリンにとって最強の傀儡でした。

 ルーズベルト大統領は世界の共産化を構想していたのです。まず、アメリカ社会に共産主義を浸透させ、アメリカを共産化していく。外交的にはソビエト連邦を支援し、ソ連と敵対しているドイツと日本を打倒する。そして、戦後世界を米ソ両国で牛耳る。そのための世界機構として連合国(国際連合)を形成する。世界の覇権を米ソ両国で握り、あとは徐々に世界に共産主義を浸透させていく。

 その世界共産化構想のためにこそ、ルーズベルト大統領は防共国家たる日独に対して戦争挑発を繰り返し、日本に対して参戦の陰謀を企て、その陰謀の露見を防ぐために真珠湾の真実を隠蔽した。こう考えるとすべてのつじつまが合うのです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ