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魔王再誕と呼ばれた事件から既に一ヶ月。
事件自体は人々の生活に大きな不安を与えたものの、戦い自体はターラント樹海の中で行われたため、人間の社会に対して大きな被害はなかった。
そして今、ルクス達のギルドは大変なことになっていた。
青味がかった髪に、中性的な容姿。よく覗くと不思議な彩色の瞳をした少年ルクスは、朝の支度を整えて一階へと降りていく。
二階をルクス達の居住空間としているギルド会館は、一階が広めのロビーとなっている。本来はここで受付などの業務を行うのだが、人手が足りないこともあってか、先日までは殆ど使われることはなかった。
それも過去の話で、ここ数日は違う。
申し訳程度に用意されていたカウンターには長蛇の列が出来上がっていて、その奥で白金の髪に不健康なほどに白い肌の少女、アディ・ルーが目を回している。
「いいいいえいえいえいえ、ですからその件はですね、東区にある他のギルド様に一任していますのでぇ! 見ての通りわたし達のギルドは少数精鋭と言いますか、あまり人を増やすのをよしとしていない空気がありまして……でもでも冷静に考えると人が増えないのってアディが気味悪いからかも知れないとか、そんな気がしますぅ」
見ての通り、明らかに受付に向いていないどころか本人もお客も精神的ダメージを受けるアディが窓口を担当しているような有り様だ。
ここ数日で、ルクス達のギルドに対する依頼は倍増どころではないぐらいに増えていた。
少数精鋭ながら魔王再誕から全員が無事に帰還したギルドにして、ギルドマスターは魔獣殺しの異名を持つ上に、魔王とも戦った。
言葉だけ並べれば嘘ではないのだが、それをそのまま受け取れるほどの活躍はしていない。あの戦場は、英雄がいたからこそ成り立ったものだ。
しかし、人の噂というのは尾ひれがつくし、広がるのも早いもの。生き残った他のギルドの人達がルクス達のことを喧伝したおかげで、このように繁盛しているというわけだった。
とはいえ、幾ら箔が付いたと言ってもルクス達が劇的に強くなったり、人数が増えたわけではない。結局のところ、少ない仕事をこつこつとこなしていくことしかできないのが現状だった。
ルクスもアディの隣に立って、受付業務を始める。暫くすると、夕立亭の朝の仕込みを終えた、豊かな胸が特徴的な柔らかな雰囲気に少女エレナが助けに来てくれた。
「はい、はい、そうですね。そちらの件に関してはこちらよりも東区の大通りにあるギルド・ケルピーに依頼された方が、地図ですか? はい、こちらにありますよ。ええ、ケルピーとは提携している関係ですので、はい」
エレナはてきぱきと業務をこなしてくれている。初日にルクス達が目を回し、エリアスが逃げだそうとして、ベオが怒りのあまりギルド会館ごと焼け野原にしそうになったところを手助けしてくれたのが、救世主エレナだった。
彼女は元々人当たりもよく物怖じしない性格なので、ルクス達に比べて倍の速度でお客を捌いてくれている。
この事態になって、この街ミリオーラの他のギルド達と連帯することになった。彼等は魔王再誕を生き延びたルクス達の頼みならと、快く引き受けてくれた。単純に、仕事が回ってくればお金になるという下心もあっただろうが。
次々とやってくるお客さんから仕事を聞き、自分達にできそうなものは受け、そうでないものは他のギルドへ紹介状を書く。
ルクス達は少数なので、人数が必要とされることはあまり得意ではない。反面戦力には自信があるので、魔物の討伐などは積極的に引き受けていた。
時刻も昼に回る頃に、全ての受付が終了する。午後からは実働の時間だ。
「もうこんな時間ですね。それじゃあ、わたしは夕立亭に戻ります」
エレナがぺこりとルクスに頭を下げる。
「いつもありがとうございます」
「いえいえ、好きでやっていることですから」
「でも本当に、辛かったらいつでも言ってくださいね」
「大丈夫ですって。それにルクス君たちのおかげで、夕立亭の売り上げもすっごく上がってるんですよ! サンドラさんは相変わらずの態度ですけど、喜んでますから」
「だったらよかったです。あ、でもちゃんと手伝ってくれた分のお給料は払いますから、安心してください」
困っていたところにやってきてくれたので、必死で頼ってしまったが、本来はその辺りの話を先にしておくべきだった。
「別にわたしはそんなつもりじゃ……」
「それこそ僕がサンドラさんに怒られますよ」
「あ、確かに……。あー、でも」
一瞬、エレナはルクスから視線を逸らす。
「べ、別にお給料じゃなくても、他のことでお支払いいただいても、わたしとしては構わないんですけど」
「他のこと?」
「えぇ、はい。その、何と言いますか……もしわたしのしたことに感謝してくださっているのなら、プレゼントとか、で、でー……もぐぅ!」
アディの足元から這いずっていった青白いスライム状の物体が、その身体を伸ばしてエレナの口元を抑える。
「アディの存在を忘れないでください。マイナス10アディポイント!」
「もごごっ!」
「る、ルクス君、ルクス君。ここは普通に、ちゃんと、お給料をお支払いするのがいいよ。是非そうすべき。健全にお賃金を支払うことが経済活動を活性化させ、いずれはこの街の発展に繋がり、最終的にはルクス君の利益に繋がるのではないかとアディは考えているのです」
「別に僕の利益はそんなになくてもいいけどね。給料はちゃんと払うよ」
「だ、だそうですので。そろそろ夕立亭にお帰りくださいー。アディのお昼ご飯はお魚料理がいいです。そうすれば500アディポイント差し上げますから」
まだ何か言いたげなエレナが、ずるずるとアディのスライムに引きずられてギルドの外へと連行されていく。
「はー、疲れた……。直接現場に出るよりもこっちの方が疲れる気がするよ」
「ふへへっ、ルクス君は身体を動かす方が好きだもんね」
「そうだね」
「で、でもちょっと心配。ルクス君、働き過ぎだから」
「……そうかな?」
「だって、受付業務に加えて現場にまで行ってるし、るし」
人手不足極まるこのギルドでは、確かにルクスが過剰に働くしかないのが事実だった。
アディは真面目にやってくれるのだが、彼女の性格上一人で行動はさせられない。エリアスは午前中はあちこちのギルドと連絡を取るのに駆けまわっている。魔物の討伐になるとエリアス一人だと手が足りない場合もある。
交渉、戦闘、その他の雑務を全てこなせるのがルクスしかいないというのが目下の問題だった。
「べ、ベオさんがもっと働いてくれればいいんだけど」
当然、ベオは気が向いた時にしか行動しない。ルクスが行くのならついてくるが、一人では行ってくれないし、交渉も本来ならルクスよりはるかに得意なのだが、性格的に色々と問題が出てくる。
受付など論外だ。まず彼女は炎を放ってやってくる人数を半分にするところから始める。
「一応、新人の募集を始めたから、少しは楽になると思うよ」
ルクスとてこの事態を何とかするべきだとは考えている。エリアスと相談し、人員の募集を掛けていた。
先日張り紙を張ったり、夕立亭に宣伝をお願いしたので、早ければ今日にでも人が集まってくれるかも知れない。
「僕は午後からちょっと仕事に出てくるから、アディ。もしそれっぽい人が来たら待っててもらってくれる?」
「は、はいぃ。ど、どんなことをお話ししていればいい? 一応、アディの会話のレパートリーとしてはルクス君の格好いいところ百選というのがあって、ルクス君の素敵なところに加えてアディの妄想もプラスした大ボリュームの」
「取り敢えずお茶を出してもらえればいいから」
その話はアディの心の中だけに留めておいてもらいたいものだ、叶うのなら永遠に。




