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――それは、ある意味ではありふれた光景でもあった。
小さな集落が炎に巻かれている。
そこに暮らしていた人々は、一瞬何が起こったのかさえも理解することはできなかっただろう。
最初は空から炎の矢が降り注いだ。それが魔法であることに気が付いたのはほんの一部だけだった。
一瞬にして木造の家屋に火が回り、次々と中から人が飛び出してくる。否、それを行った者達からすれば、彼等は人ではない。
一様に獣の耳や尻尾を生やした種族、人間達からは亜人と呼ばれ蔑まれる者達だ。
外に出てきた者達に、何かが襲い掛かる。
馬に乗った、全身を鎧で固めた威圧的な騎士達が、まるで狩りでも楽しむかのように出てきた老人や役に立ちそうにない傷病者を無残に踏み潰していった。
家族や友人が一瞬にして殺された事実に戸惑ったのも束の間のことだった。次に彼等が行った暴虐は、残った女子供を捕らえることだった。
一切の情け容赦もなく、暴力を用いて次々と捕縛する。
獣人の中では男は戦士だ。多かれ少なかれ、技を磨き戦闘の心得を得る。その身体能力は個人では人間を凌ぐ。
しかし無意味だった。
かつて獣人はこの世界を支配していた。その圧倒的な個の力でエルフを始めとする他の部族と共に大陸を分割し、最も広い領地を持っていた。
彼等がそこまで数を増やせた理由は、単純に生殖能力にも一因がある。エルフなどは高い魔力を誇り高度な魔法を操るが、子供ができにくい。反面、獣人は人間に近くそれよりも多産であり、身体も強く死ににくい。
――かつて彼等が大陸を広く支配できた理由は、皮肉にも人間にとって労働力としての優秀さとして評価されることになってしまっていた。
戦士達が武器を構えて、人間達に次々と襲い掛かる。
先手の拳が頭を打ち、倒れたところを武器を持って打ち据える。
複数人で取り囲んで彼等を袋叩きにして、可能な限り時間を稼ぐ。
兜の奥からくぐもった悲鳴が響き、獣人達は自分達の勝利を確信する。
だが現実は非情だった。
伸ばされた腕が、一人の獣人を殴打し跳ねのける。
立ち上がった騎士は剣を抜くと、その一振りで獣人達の剣ごと胴体を切り裂いて致命傷を与えた。
人間がここまで獣人達を蹂躙できるようになったのは、英雄と呼ばれる超人的な力を持つ存在だけが理由ではない。
彼等はその知識を深め、技術を磨き、強い装備を生み出しそれを大量に生産した。
魔法刻印が刻まれた装備。それらは古い時代の、単純に重さと引き換えに防御力を高めた装備とは全く異なる代物だった。
生身よりも早く、強く、硬く。
それらを装備した人間の兵士一人一人は、本来ならば負けるはずの獣人と同じかそれ以上の力を手に入れた。
そして更に、破裂音が戦場に響く。
見えない小さな何かに足を撃ち抜かれて、獣人の少女がその場に倒れた。
逃げる者を撃ち抜くそれは、銃と呼ばれる武器だ。炎と風の魔法を原理として作用するその武器は、高い命中精度と射程を誇る。
「おのれ」
獣人が悔しそうに叫ぶ。
彼の持つ剣は手入れこそされているが、その材質も何もかも、人間の武器に劣っている。同じだけの力で打ち合えば、折れてしまう程度のものでしかない。
「おのれぇ! 道具に頼る弱い者達め!」
悔しまぎれの叫びに意味はない。
彼の言葉はある意味は正しいが、ある意味では間違っている。
確かに人間は弱く、個の力では勝つことができない。
だからこそ徒党を組み、道具を鍛え、戦術を生み出した。
果たしてそれを弱者と呼ぶかどうか、獣人達が人間によって敗北している理由の一つに、その事実を正確に見極められなかったということが挙げられるだろう。
「刺し違えてでも!」
一人の騎士へと立ち向かう。
武器を構え、突撃する。
一方の騎士は剣を抜くこともしなかった。魔法によって強化された鎧の小手でそれを受け、そのまま反撃に頭部を殴打する。
獣人の男が気は付いていなかった。
彼等は獣人達と戦いに来たのではない。正々堂々の勝負をして、優劣を決めるためにここにやってきたのではない。
そんなものはもう既に決まっている。人間達が、獣人を蹂躙する側なのだ。かつて彼等が弱きものと見下しそうしていたように。
これは単なる狩りだ。労働力が必要になったから、まだ健在の村を襲っているに過ぎない。
その証拠に人間達は女子供を抵抗さえされなければ可能な限り傷つけないように捕まえ、次々と縛り上げて連行していく。
最早戦いすらも起こらない。
一方的な蹂躙に過ぎないどころか、人間達にとって獣人は蹂躙するにも足らない相手でしかなかった。
ただ機械的に倒し、連れて行くだけ。作業にも等しいその行いに、獣人はふらつく身体を支えながら吼える。
「俺と戦え! 俺は戦士だ! 貴様達の労働力ではない!」
その咆哮も意味はない。自分の位置を知らせるだけの愚かな行為だ。
相対していた騎士の上官らしき、一際豪華な鎧を着た人物がやってきて、騎士に言葉を放つ。
「何を遊んでいる?」
「余りにも張り合いがないものですから、獣人の戦士と戦ってみようかと」
「馬鹿なことをしているんじゃない。斥候の知らせではこの辺りにまだ村がある。今日中に後二ヵ所は回るぞ。魔法鉱石の採掘には人手が足らんのだ。それに公爵閣下は、よくわからん遺跡掘りにも人員を回せと仰っておられる」
「了解しました」
最早獣人の男のことなど眼中にないようだった。
その怒りを込めて、拳を振り上げる。
確かにそれは、普通の人間からすれば素早い一撃だったであろう。その騎士も生身まらば、一撃で頭蓋を砕かれて死亡していたはずだった。
騎士は獣人の腕を掴み、そのまま地面に叩きつける。
一瞬気を失った次の瞬間には、手に縄が掛けられていた。それもやはりただの麻などではなく、幾ら力を込めても引き千切ることができない。
「これで最後だな。こいつらを送り届けて、次に行くぞ」
「了解です」
淡々と、彼等は次の目標に向かって行く。
最後まで抵抗をやめなかった獣人の男は、だからこそ全ての気力を失って、赤く染まる自分の村が遠くなるのを見ていることしかできなかった。
――これがよくある光景の一幕。各地で起こっている、獣人達への保護業務の一つ。
これが起きたのは魔王再誕の一年前のできごとであった。




