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3‐33

 ギルド・フェンリス本部。

 フェンリスのギルドマスターであるエレノア・スカーレットは、彼女の執務室である人物を待っていた。

 年齢は既に六十を超え、顔には深い皺が刻まれつつあるが、その瞳は全く彼女の衰えを見せることはない。

 部屋の中にはエレノアともう一人、彼女の副官が執務机の椅子に腰かける彼女の隣で、直立不動で佇んでいる。

 沈黙に焦れて言葉を交わすよりも早く、部屋の扉がノックされた。


「どうぞ」


 しわがれた声に導かれるように入ってきたのは、これまたエレノアと年の変わらない小太りの老人だった。

 薄くなった髪に、だらしなく弛んだ腹。息を切らせて汗を拭きながら入ってくるその男は、あらゆる意味でエレノアとは真逆に見える。


「相変わらず時間には正確だねぇ。あんたの数少ない美点だ」

「いやはや、君も変わらず手厳しいねぇ。部下達は苦労しているのではないかい?」


 副官が何も言わず椅子を勧める。

 男はそこに腰かけると、改めて深く息を吐いた。


「ふー……。疲れた疲れた……。執務室は一階にした方がいいんじゃないかい?」


 フェンリス本部は五階建てで、エレノアの執務室はその最上階にあった。


「余計なお世話さ。それに歩く機会を作らないと、この年じゃすぐに鈍っちまう。あんたみたいにね」

「その健脚は見習いたいがね。どうにも、他にやることも多くて、時間がなかなか取れないものさ」

「そりゃ大公様だものね。あたし達みたいなならず者に比べりゃ、仕事も多いだろうよ」

「そう言ってもらえると助かる」

「お茶でも入れてやんな」


 エレノアにそう言われ、副官が部屋を出ていく。

 扉が閉まってから少し間を置いて、エレノアが口を開いた。


「しかし本当に久しぶりだねぇ、ハミルトン。何年ぶりぐらいだい?」

「君のギルドが本格的に始動する前だから……十年ぶりぐらいかな? それ以前には色々と世話になっていたね」


 男の名は『ハミルトン・クロウリー』。このアルテウルで王に次ぐ権力を持つ大貴族にして大公、クロウリー家の当主である。

 幾ら力を持っているとはいえ一介のギルドと大公がこうして気安く会話をするなど、双方の関係者からすれば信じがたい出来事だった。


「最近は年の所為か昔のことを思い出すことも多くてね。君達との冒険の日々を思い返していると」

「冒険ったって、あんたはあたしらにくっついてきた足手まといじゃないか。大公家の放蕩息子、家出小僧のハミルトン」

「はははっ、手厳しい」

「それにあたしは昔話に興味なんかないね。まだまだやることが沢山あるんだから」

「それもまた君らしい。……さて、まずは感謝と労いの言葉を述べさせてもらおうか。今回の魔王再誕、君達の力がなければ被害は甚大となり、大勢の死者を出していたことだろう」

「そう思うなら、今回の件で参加した全部のギルドに頭を下げてきなよ」

「それができれば一番なのだがね。生憎とこちらには金も人員もない」


 ハミルトンは軽く流したが、そう言った小さな行いを怠ることで不満がたまり、やがては綻びとなって行くものだ。それがわかっているのかいないのか、目の前の男は対して気にした様子もない。


「今回、あんたらは英雄と足手まといを数人出しただけじゃないか。報告は聞いてるが、騎士団の連中が暴走をしでかしたんだろう?」

「こちらでは作戦の行き違いと把握しているよ。騎士団のやり方と、ギルドのやり方が違い過ぎたようだがね」

「どっちにしろ魔王を倒せたからいいと?」

「誰もがそのために行動し、結果が出た。なら問題はないと思うが?」


 そんなはずがない。エレノアも報告を聞いて知っているが、騎士団を代表して参加したスコットという男は、功名心に駆られて味方の足を引っ張った。もしフェンリス・ギルドで同じ行動を取るものがいたのなら、処刑ものだ。

 そのために出た無駄な犠牲の数を、ハミルトンは数えない。本来ならば生きていられた数十、数百人程度など、彼等にとっては誤差に過ぎないからだ。


「スコット卿には厳罰を与えるよ」

「へぇ、その内容は?」

「さあ、わしの知るところではないからね」


 彼が知らなければ、他の誰が知っているわけもない。恐らくはこのまま、風化するまで静かにさせておく程度なのだろう。

 貴族達のその体制が国を腐らせ続けていると彼等は自覚することすらしない。


「それから亜人に対する扱いだが、それに関してもこっちに幾つか報告が上がってきてる。何でも非人道的な労役を課していたとか?」

「さてなあ」


 ハミルトンはその件について、本当に興味がなさそうだった。


「こっちでも亜人を雇い入れる話は始まってるんだ。お上にそんなことやられちゃ、人間に対する不信感が増えてくばかりだろうに」

「そうは言うがね。魔王戦役で亜人達が寝返りこちらに甚大な被害を与えたのは事実なのだ。無論わしはそんなしがらみはない方がいいと思うが、末端にまでその思想を徹底させるのは難しいものだよ」

「どいつもこいつも、昔のことはさっさと忘れた方が建設的じゃないか」

「しかし、かつては自分達こそが大陸を支配していたという過去を捨てきれないのもまた、亜人達ではないかな」


 この問題は多くの人々が思うよりも根が深い。亜人達の中には人間への復讐を考えるものも多い。そして人間達の中にも、魔王戦役のことで亜人に対する偏見を強めているものもいる。

 どちらも全体から見ればほんの一部だが、その一部の行いが噂になり、悪意だけは肥大化していく。

 そして肥大化した悪意はやがて、そうでない者達ですらも取り込み始めるのだ。


「それも含めた騎士団の体たらくには呆れたね。魔王再誕にあの程度の戦力しか裂けないんじゃ、自分達にはもう力はないって証言しているようなもんじゃないかい」

「王都の守りを薄くするわけにはいかぬからな。万が一にでも王家が途絶えれば、英雄達に力を与えることもできなくなる」


 なるほど、そこがハミルトン達の本音なのだろう。結局のところ彼等は、人々の犠牲などどうでもいいのだ。王家と、自分達さえ無事ならば。


「それに各地の領主達には近々、大々的に兵を集める権限が与えられる。戦力の増強が成されれば、ギルドに迷惑を掛けることもなかろうよ」

「そうかい。あたし達としちゃそうなったら商売がやりにくくなる。失敗することを願うよ」


 実際、現状で貴族達が兵力を集めたところで、満足できるだけの報酬が支払えるとは思えない。仮にそれができたとしても、今度は各地で軍閥が起こり、内乱へと繋がる危険性もありうる。

 ただでさえ、この国は内側に幾つも爆弾を抱えているのだから。


「ああ、そうだ。最後に一つ聞きたいことがあるんだが、いいかい?」

「なんだね?」

「今回の魔王再誕の件もあって、うちらも装備がボロボロでね。いい機会だから一新しようと思ってるんだが。商会に伝手はあるかい?」

「あるとも。よければ間を取り持とうか?」

「頼むよ。後、いらなくなった装備の廃棄に付いてだけどね」

「下取りか?」

「いいや、古いものも多いからね、どうせ大した金にはならない。だから亜人達のコミュニティに寄付してもいいかい? うちの団員によると、連中の家族は自分達の身を護るのにも難儀してるらしくてね」

「いいだろう。確かに亜人達には自分の身ぐらいは自分で護ってもらわねばな」


 二つ返事でハミルトンは了承する。


「では、わしはそろそろ失礼するよ」

「もうすぐお茶が来るのにか?」

「だからだよ。彼女にはわしは好かれていないらしい。針の筵に座りながらお茶を飲む元気は、この老骨にはないさ」


 ハミルトンは椅子から立ち上がり、エレノアに背を向けた。


「ではな、エレノア。またいつか会おう」

「ああ。お互いにその時まで息災にね」

「わしは大丈夫だよ。ずっと屋敷にいるだけだからね。それよりも荒事ばかりを起こす君の方が心配だ」

「鍛え方が違うさ」


 その返しに、ハミルトンは愉快そうに笑いながら部屋を出て行った。

 程なくして、二人分のお茶を持った副官が戻ってくる。


「遅れて申し訳ございません。来る途中、クロウリー卿と擦れ違いました」

「ああ構わないよ。あの爺もそんなこと気にするような性格じゃないさ。あたしもね」


 副官はエレノアの前にお茶を差し出す。

 そのカップに手を掛けながら、エレノアは副官に視線を向けた。


「うちで働いている亜人がいたろ? そいつらを通じて、連中の故郷に武器を送ってやんな」

「了解しました。と言うことは、ハミルトン卿の許可が下りたのですね?」

「二つ返事でね」

「……そうですか」

「何か言いたいことでもあるかい?」

「いえ。エレノア様とハミルトン卿が旧知でよかったと、そう思いました」

「ま、扱いやすい奴ではあるね」

「自らが育てた悪意にも、内側で燻る火種にも気付かないものなのですね」


 副官は心底、ハミルトンを見下した様子だった。

 無理もない。彼は傍から見れば何の能力もない、家柄だけが取り柄の耄碌した老人にしか見えないのだから。


「それだけ上手くやってるってことさ。ウィルの小僧もね」


 そう言ってお茶を一口飲む。

 エレノアの視線は、今しがたハミルトンが出て行った扉を暫くの間射抜き続けていた。

これで第三章は終わりになります。ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 3章完結お疲れさまでした。 生い立ちからつらい目にあってきたルクスくんに受け入れてくれる、そして帰ってこれる場所ができた事に感動しました。 また、出生の秘密も少し出てきましたね。 本作で…
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