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3‐31

 極光が魔王の肉体を貫く。

 空から落ちる無数の炎が更にそこに加わり、魔王の巨大な身体を紅蓮に染め上げた。

 次の攻撃に備えて武器を構えていたアレクシスは、違和感に気付いて眉を顰める。


「……動きが止まった」


 黒い肉の塊が、その脈打つ身体を止めた。

 全身から生えたのたうつ触手も植物の蔦が萎びるように、力を失って地面へと落ちていく。


「やったの?」


 上空で魔導の英雄が尋ねるが、それに回答はない。彼女自身もそれは誰に言ったわけではないようだった。


「おい、見ろ」


 閃光の英雄が指を指す。

 魔王の肉体が支えを失ったように地面に横たわり、次第にぼろぼろと崩れるようにその形を失い始めていた。

 同時に、魔王と組みあっていたルクスのギルドの少女も、闇の塊を体内にしまい込み、大きく息を吐いた。

 何かを迎えるように、いそいそと魔王の元へと近付いていく彼女を見ながら、閃光の英雄が尋ねる。


「やるか?」


 明らかにこの場で、彼女の存在は異物だった。見逃していたのは、あくまでも魔王に敵対しているからに過ぎない。


「いや」


 だが、アレクシスは首を横に振る。


「しかしよ、あいつが俺達の敵に回らない理由はねえぞ。むしろあんなのがその辺のギルドの所有物になってる方が危ねえだろ。最悪こっちで確保して」

「その命令は受けていない」

「そう言う問題じゃ……!」

「みたまえ」


 エーリカが指を指した先に、二人の視線が集中する。

 完全に塵に帰った魔王の中心からは、二人の少年少女がお互いを支え合うようにしながら現れた。

 魔王を宿した少女はその二人を見つけ、一度転んで鼻血を出しながら、駆け寄ってく。

 そのまま二人を巻き込むように抱きついて、人目もはばからず泣いていた。


「彼女の情念は本物だ。ボク達英雄に滅ぼされるかも知れない危険性を知りながら、二人を護ろうとしたのだろう。そんな彼女の心の花を手折ることなど、ボクにはできそうにないね」


 言いながら、エーリカはその辺りの砕けた岩に腰かける。


「俺達英雄の役割は弱き者達の盾となり、人々の幸福を護ることだ」


 だから彼等は命を投げ出して魔王との戦いに身を投じた。

 そして明日からも、名も知らぬ誰かのために武器を振るい、命を奪う日々が待っている。

 しかしそれは、何も英雄に限った話ではない。誰もが自分の大切な者達を護るために、命を賭けて戦っている。今目の前にいる少年達も同じように。


「何かを奪うために戦うわけではない」

「――ああそうかよ」


 閃光の英雄はまだ何か言いたげだったが、アレクシスとエーリカが手を出さないことを悟ったからか、一先ずは納得してくれたようだった。

「こっちの被害も相当だからね。下手を打って敵を増やしたくはないわ」

 いつの間にか降りて来ていた魔導の英雄も、アレクシス達に同意する。とはいえ、彼女の本心はまた別のところにあるようだが。


「まあいいさ。小難しいことを考えるのは俺の領分じゃねえ」


 閃光の英雄は英雄達の中では好戦的だが、流石に命令なしに今の彼等を襲うほどに粗暴ではない。

 彼はもうここには興味がないのだろう。アレクシス達に背を向けると、樹海の奥へと消えていった。


「……あたしももう行くわ。後始末は騎士団の仕事でしょう?」

「ああ。君の魔法には助けられた、感謝する」

「別にあんたには助けなんていらなかったでしょ。新しい魔法の試し撃ちには丁度いい機会だったわ」


 魔導の英雄の身体が浮かび上がり、瞬く間にう空の彼方へと消えていった。


「ははっ、彼女も素直じゃないね。だが、それもまた魅力的だ」

「そう言うものか」

「そうだとも。……しかし、被害の規模こそ抑えられたものの、別の意味で厳しい戦いになったね」

「……そうだな」


 戦場を見る。

 薙ぎ倒された木々を初めとして、戦場一帯は破壊され尽くしていた。そして魔王に飲み込まれなかった者達だけでも、相当数の死者が転がっている。

 生き残った者達の中には重傷者も多く、戦いの終焉を悟ったギルドの医療班達が早くも救護を行っていた。


「ギルドの動きは素早い。果たして今の騎士団にこれだけの統率の取れた行動が取れるかどうか」

「今回の件、立役者はギルド達だ。だが王国政府はその役割をボク達英雄に挿げ替えるだろう。そしてボク達を援護した騎士団が、名脇役となる。だが、最も血を流した彼等はどうなる?」

「……その活躍はなかったことになる」


 ルクス達の方にも医療班が付いて、彼等に治療を施している。


「だが、彼等は全てを見ていた」


 この戦場で生き延びたギルドの兵士達、そしてギルドマスター。

 彼等はこの戦場で各々の有用性を示し、また英雄達の実力をも目にした。


「彼等は知っただろう。最早騎士団に力はないことを」


「そう言うことだ。王立騎士団は最早、ボク達英雄を舞台にあげる役割すらこなすことはできない。彼等にできるのは、公演のチケットを配ることぐらいさ」


 何処からともなく取り出した薔薇の匂いを嗅いでいたエーリカだったが、不意に彼女はアレクシスに問いかける。


「時に、アレクシス」

「なんだ?」

「随分とあの少年達が気になるようじゃないか」

「知り合いだからな」

「そうではなく、君から彼等に対してはある種の期待のようなものを感じられるよ。もしかして、次の英雄候補にでも?」

「そうならないことはエーリカ、君にもわかっていると思うが?」

「ああ、そうだね。彼は人造兵だから、英雄に選ばれることはない。でも、何も英雄だけが何かを成す者だとは限らない」

「君は英雄候補と言ったが?」

「そう言う意味ではないのさ。今の舞台の主演はボク達だが、英雄が主演でなくなる時も来る。或いは」


 エーリカは続きを口にしなかった。

 薔薇を空中に放り投げ、その場から歩き去っていく。


「また会おう、英雄アレクシス!」


 落ちてきた薔薇をアレクシスが受け取ると、その時にはもう彼女の姿は消えていた。


「何かを成すか」

 エーリカの言葉は概ねは正しい。

 アレクシスが少年に着目する理由は、何も知り合いだからと言うわけだけではない。

 命を救った彼のその後を見届けたいという気持ちがあり、エーリカが語った彼の強い意志が何かを成してくれるのではないかという期待もある。

 だが、それとは別にもう一つ。


「君が英雄にならずにそれでもその道を進むのならば」


 あの少年は歪んでいる。


「英雄になれない君は、何処に向かい、何者になるのだろうな」

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